『血の気』
「レグルス……あなたは本当にバカですね」
「――何だとっ!? おいグリム、今俺を馬鹿と言ったな!」
明るさを感じて、いつの間にか閉じられた瞼を上げればもといた霧の谷に戻っていた。
そして、戻った早々グリムに叱咤される。
「言ったよ。だって、このまま続けると保たないよ――お相手がね」
と、意識を逸らしている間も重い斧が振り下ろされる。
真相意識らしきものとの対話は済んだが、吸血衝動には抗えない……か。
「言われなくても、わかってるっての」
真相意識内では夕焼けの如く榛色の瞳が、今や綺麗な赤に染まりかけているからな。
過去に似た傾向の症状を見たことがある。
――アカネだ。
〈鬼人族〉と〈吸血種〉の〈混血種〉であるアカネが、吸血衝動に駆られた時にほとんど同じ状態に陥っていた。
つまり……、
「いやー、ほんと〈吸血種〉なら先に言ってほしいものだ」
「気付くのが遅いよ、レグルス」
「うるさいわ! 俺は貴様より〈吸血種〉との遭遇経験が少ないのっ」
「ほらほら、早くしないと暴走するよー」
グリムの野郎、絶対に楽しんでやがる。
後で燃やしてやる。……て、俺は火属性の適性がないから、火は木でも燃やすしかないか。
あー、方法は後でどうとでもなる。
悔しいが今はとにかく、こいつを何とかする方法を考えろ。
「――と、頭を働かせてみたものの、やはりこれが一番だろ」
〈吸血種〉には血を吸わせるのが一番だ。
タイミングを見定めて斧を足で踏みつけて固定し、上半身の服を脱ぎ差って我が筋肉を露にする。
グリムの方からため息が微かに聞こえたようだが気にしない。
「さぁ、来い! 存分に俺の血を吸うが良い! 特別にきょあ~~~」
飛び付いてきたかと思いきや、アカネよりも凄まじい勢いで血が吸われていく。
まずい。
非常にまずい。
意識が……遠退いていく。
「――おや? 川の向こう側で誰かが手招きしているぞ」
「いやいや、そこを渡ってはダメだよ。回復魔法をかけるから頑張って意識は保って」
全身から血の気が引いていく感覚を味わいながら、温かい何かがそこを埋め合わせて調整するのがわかる。
温かい……いや、熱い。熱い熱い熱い。
「なめるなよ――〈解放〉!!」
ものの数分の出来事だったにも係わらず、俺の疲労感は数時間戦場を全力で暴れた時以上だった。
認めてやろう。
〈吸血種〉を……甘く見ていたと。
◆◆◆
意識を失ってしまった俺が目を開けて最初に見たのは、木造の天井だった。
「――やっと起きたようだ」
「グリムか。俺はどのくらい眠っていたんだ?」
「2日。レグルスさ、こうなるのはわかっていただろうに。魔王が無茶ばかりすると、心臓がいくつあっても足りないよ」
苦笑している辺り、怒ってはいないようだ。
ちょっとした苦言だな。
「お目覚めになられたのですね」
耳に抵抗なくすっと入ってきた凛とした聞き覚えのある声。
「戻ったようで何よりだ」
「レグルス、それはこっちの台詞だよ」
「あー、すまんすまん。――改めて名乗ろう。俺はレグルス・デーモンロード。一応7代目の魔王の名を冠した者だが、堅くなる必要はないからな。でだ、名を聞かせてもらおう」
さすがに立ち上がるのは体力的にきつかったので、上半身だけ起こして自己紹介をした。
「はい。ワタシは――ユイラ=インベリュームと申します」
「ユイナか。良い響きだ」
「レグ――」
「はいっ、ユイナです。どうぞ何度もお呼びください、レグルス様」
まるで転移の如く俺の手を取って頬を染めるユイナ。
後からグリムに聞いた話だが、俺は聞き間違えをしていたらしく、本当はユイラが正しい名前だった。
これは俺が悪いと謝罪し、訂正しようと試みた……が、本人が断固としてユイナだと譲らなかったのである。
名付けていただいたお名前は返上できません、と。
「瞳の色が戻っているな。吸血衝動の方はどうなんだ?」
偶然にも顔が近くなることで、瞳の色を確認できたので一応訊いておいた。
「お陰様で収まりました」
「顔色も良さそうだし安心した」
「その代わりにレグルスが青くなってたけどね」
「小言は城に帰ってからいくらでも聞こう」
転移魔法で戻っても良かったが、グリムが念のためと言うのでもう1日休むことが決まった。
その間、ユイナの今までどんな風に生活してきたのかなどの話を聞いた。
余談だが、とても料理が美味しかった。
そして翌日。
「ああは言ったが、再度確認する。俺と一緒に来るか?」
真相意識内での出来事はユイナも覚えていたのは、昨日話した内容にもあった。
しかし、当初予定していた俺の記憶に関する手掛かりは得られなかった。
もちろんユイナには教えていない。
代わりに記憶がないと言うのだけは話してある。
「仰せのままに。ワタシはどこまでもあなた様と共に行きます」
「改めてよろしく頼む、ユイナ」
「はい!」
真相意識内でも思ったが、ユイナは良い笑顔を見せてくれる。
見ているこちらまで笑顔になりそうな、そんな優しい微笑みである。
唯一、口角の上昇を拒ませるのは、ユイナが背負う物騒な戦斧だ。
それさえ無ければ優しい微笑みを浮かべる少女なのだがな。
圧倒的な存在感を放つ戦斧のせいで、素直に笑顔になれない俺である。が、いずれ慣れるだろうと楽観的に捉えた。




