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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『挑戦あるのみ』

 ――いくつものクレーターを背に、ようやく安寧の時間が訪れた。


「ふっははははっ。やってくれるではないか、あんにゃろう」

「レグルスは、いつでも元気だね……」


 息を切らしながら褒めてくれるグリム。


 まったく、こんな状況でも俺を称賛するとはなんともありがたい限りだ。


 恐らくこの場合は皮肉になるのかもしれないがな。


「――にしてもあいつは何者だ? 衝撃波はまだしも、地割れ攻撃だのあの凄まじく重たい戦斧だの、お話が叶わんではないか。奴の頭には平和的解決なる言葉は存在せんのか」

「同感だよ。こんな魔族すら寄り付かない辺境に住んでる人物が本当にいたことも驚きさ」


 然り気無く俺の言葉を信じきっていなかった事実が露呈したのは忘れよう。


「魔族だけではなく、物好きな魔物連中ですら、だろ」


 魔物の生態系は正直言って異常だ。


 例えば、人間が1000年の時間をかけて進化をするとしよう。


 魔物はこの進化を数年でやってのけるのだから、新種だの亜種だのを見つけるのは毎年恒例の行事とも言えた。


 そんな摩訶不思議な魔物を研究する機関まであり、中立の立場を確立してのけた。更には全種族に情報を提供してくれているのだから、本当にありがたい話だ。


「ご丁寧に小屋まであったぞ」

「私も確認した。まさかここに住んでいるとは……」


 戦いの影響で俺たちの近くの霧は吹き飛び、若干だが先程までよりも遠くを見れるようになった。


 その先で人が住んでいそうな小屋を見つけたのである。


 誰もいない白い霧の世界でたった独りで生きるのはどんな気持ちなのだろうな。

 ふとそんな疑問を抱いてしまう。


 決して同情ではない。純粋な疑問だとも。


 理由がある。

 あの馬鹿(リュウヤ)でもわかりそうな案件だ。


「しつこい男は嫌われるらしいが……時には正面からぶつかることも必要だろ。――よし、行くぜ!」

「ちょっ、レグルス!? せめてなにかしら作戦を――」


 風を切る勢いで渓谷を走り抜ける俺の後ろから、グリムの声が聞こえたが内容まではわからなかった。


 突き抜けて進む影響で霧が耳元で、高いのか低いのか曖昧な音を立てているせいだ。

 決して聞こえていない振りをしているのではないとも。


「せめて名前くらいは聞かせてもらおう! 俺はレグルス・デーモンロード。お前の名前は何だ!!」

「……ハハハ、レグルスらしいよ」


 嘘偽りなく文字通り正面からぶつかりに行ってやった。


 何処ぞの勇者みたく猪突猛進の俺に、温かい眼差しを向けるグリムだった。


「――っと」


 先程グリムを呑み込もうとした黒い靄のようなものが、今度は俺を標的に襲いかかってきた。


 少女が行使しているのは明らかだ。が、俺が知る限りではこの魔法は見たことがない。魔法陣も見当たらないし、となると導き出される答えは……。


「〈特異能力(レガリア)〉だな」


 先程のグリムの発言と自分で受けた印象から思い至るのは、黒い靄で呑み込んだ対象を消し去るか、何処か別の場所に転移させる能力だろう。


 と、上下左右から繰り返される重たい連撃を捌きながら思案する。


「良い攻撃だ。理性を失いながらも確実に俺の攻防の癖を理解し、やり辛い方向や手段を的確に突いてくる。実に面白い! お前面白いぞ!」

「アァアッ!?」


 右上段から振り下ろされた戦斧を、鎌で受け止めるようにして左へ流し、斧少女の体勢を無理やり崩す。


「唸れ――〈大地の躍動(タイドグランド)〉。咲け――〈月花蓮閃〉」


 斧少女が前に踏み出していた右足で地面を蹴り、崩れた体勢ながらも後ろへと飛び退くが……。


 着地位置の地面を揺らして足取りを崩す。


 更に鎌を回転させ、月夜に咲く華を描くかの如し軌道で相手を切り裂く。


「アアアァァアァアアッッ!!!」

「――ありかよ」


 一際大きな咆哮が耳を劈き、片目を閉じかけの状態になってしまう。

 次にしっかりと視界が開かれた時には、俺は例の黒い靄に囲まれていた。


「レグルス!」

「大丈夫だ。すぐに戻る」


 抵抗をしようとしたものの、そのまま大人しく靄に呑み込まれてやった。




 ◆◆◆




 靄の中は完全なる闇。

 右も左も、前も後ろも、上も下もない。


 もはや自分が立っているのか、寝転がっているのか、はたまた浮いているのかさえわからなかった。


「何事も挑戦してみるもんだな」


 そんな暗黒の空間にひとりの少女が膝を抱えて座り込んでいた。


「あの靄に呑み込まれれば、本来なら次元の狭間に行くはずなんだが……ここはお前の真相意識とでも言うべきか?」

「……」


 少女は顔を上げずに、反応すらしてくれない。


 ゆっくりと時間をかけるのが良いのかもしれないが、残念ながら悠長にしていれば逆に危険を招く。


 この子には悪いが荒療治といかせてもらおう。


「お前は〈吸血種(ヴァンパイア)〉の血を引き継いでいるな?」


 少女の肩が軽くピクッと動く。


「それもかなり高位の。たしか――〈吸血者(ヴァンパイエ)〉。なのにお前は自分の本能を、吸血衝動(在り方)を否定した」


 故にもともと制御が難しかった〈特異能力(レガリア)〉が暴走し、人から遠ざかる要因が増えた。


 やはりここは少女の真相意識か、そこと繋がる場所で間違いないらしい。

 苦しみが、悲しみが、辛さが、あまつさえ自分自身への存在否定だのと感情が流れ込んでくる。


「もう大丈夫だ。何も心配することはない、俺の傍にいれば良い。偶然にも既に〈吸血種(ヴァンパイア)〉と一緒に暮らしていてな、ひとりがふたりになろうがそう変わらん」

「……ほんとに、いいの?」


 ようやく少女が顔を上げた。

 恐れを抱いた瞳が俺を捉える。


「ワタシは生きていていいの?」

「力の暴走は心が不安定だからだ。吸血衝動や自身の在り方と向き合い、心身共に安定すれば自ずと制御できるようになるとも」


 頭にポンと手を乗せて安心させるように微笑みながら軽く撫でる。


「まぁ、それでも無理そうなら俺が何とかするさ。魔王レグルス・デーモンロードの名に懸けてな」

「……うん!」

「うむ。良い笑顔だ」


 そうして視界が暗闇に包まれた。

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