『煌めき』
ギルシアが居合い抜きをするような姿勢で刀を構える。
「空を貫く刃よ、閃光を纏いて闇を斬り裂け、これぞ我が一刀の煌めき……隼刃雷神流、奥義――〈麗迅雷光閃〉」
光の速度を越え、もはや神速の領域。
瞬きをすれば、次に目を開くときには全てが終わっている。
そう断言できるほどの圧倒的な速さ。
眼帯で隠されていた剣聖ギルシアの瞳が光を帯びた次の瞬間、俺は雷を纏った刀に斬られる――はずだった。
「――やはり、貰ったものは大切にするべきだな」
言いながら俺を通り越したギルシアの背中に斬りかかる。が、身を翻して意図も容易く防がれた。
「あれを受けて未だに刃を振るうか」
厳しい顔つきでそう言い放つ。
背中に目がついているのかと疑いたくなるような的確な反応だな。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
俺もギルシアも傷と疲労が蓄積し、なおかつ残存魔力も少ない。戦いがこのまま続けば勝利も敗北もなしの結果に終わる。
長引かせるつもりはお互いになし。
「あんたこそ、気配は消していたはずなんだがな?」
悪態を口にするも、俺は片膝を地面につけてしまう。
どうして防げるのやら。
「ぐ……やはり痛いものだ」
背中の傷の痛みをしっかりと感じながら、膝をついた事実に悔しさを抱いた。
長刀の軌道は常識から逸したものだった。
単純な話、剣を振り下ろして相手が正面を向いているなら前面を、つまりは胸や腹を斬ることになる。
こんなのは魔城にいるあの子どもたちでもわかる当たり前だ。
しかし、ギルシアの奥義は振り下ろされたのは確かだったが、痛みは腹からではなく背中から感じたのだ。
どういう原理かを見抜ける思考を持ち合わせていないのが歯痒い。
と言うか、悔しい、ね。まさか自分が負けず嫌いだったとはな。
「……はぁ……はぁ……」
背中の傷を治すために回復魔法を使えば、魔力は尽きてしまう。魔力を持ち得ない身体能力のみでの勝負になるわけだ。
もちろん、魔力なしでの戦いも想定して鍛えてきた。自信がないわけでもない。――相手がギルシアでなければの話だがな。
体内から体外へと出た証拠に、背中を伝う血は温かい。
それがまだ俺は生きているのだと教えた。
「魔王とは、かくも軟弱な者だったようだ。当方ひとりすら殺められないなど失望にも程がある」
痛む背中に、追い討ちの言葉が投げつけられる。
言ってくれるぜ。
自分だって立っているのがやっとだろうに、皮肉を言う余裕はあるらしい。
立ち上がって振り返り、血を滴らせながらも己が足でしっかりと立つ剣聖の顔を見据えた。
俺がただで斬られるはずがないだろう。
どうやら斬り返したのが良い具合にギルシアの体力を削っているようだ。
背後から斬りかかったのは初撃ではない、追撃だった。
あわよくばと思ったのが防がれたのだ。
白銀の外套が徐々に紅に染まっていく。
「お互いに一撃を刻んだようだ。命の危機を感じたのは、最近では〈獣王〉以来だ」
「光栄だ。なら、もうひとつの栄誉を貰い受けようか。――〈魔王〉を妥当してな!」
強い気迫はまるで己自身を鼓舞するかの如く。
「他の方法だってあるんじゃないか――。そんな理想を現実にするために、俺は戦っているのだがな。いやはや、なかなかうまくいかないな」
苦笑する。
嘲笑う。
自分の不甲斐なさに。
無力さに。
死を求めるギルシアは、いずれ俺がたどり着くひとつの終着点のように見えた。
そんな男を止める術を俺はまだたったひとつしか見出だせていなかった。
「……」
だから、俺は刀を鞘から抜いた状態で居合いの構えをする。
「――」
ギルシアは長刀を肩の高さまで上げ、刃を空へと向けた構え。
実際はほんの数秒の時間だったのだろう。
だが俺には、とても長い時間に感じられた。
目標に希望を抱き、進み続ける過去。
目標を失い、歩みを止めてしまった未来。
「――ギルシアァァァアァァァ!!!」
「――レグルスゥゥゥウウウ!!!」
お互いの咆哮が終わる前に、俺とギルシアは地面を踏みしめ、正面へと駆け抜けるように跳躍した。
「――っ」
刀と長刀が一度だけ金属の音を奏で、次の瞬間――鮮血と共に宙を舞う一振り。
それは俺がバンガスに造らせた刀よりも長い一振り。
魔法も、魔力もなしの最後の勝負は――俺が征した。
「――すまない。今の俺には、こうする以外の答えが出せなかった」
ギルシアの心臓を貫いた刀から、手に温かい血が伝ってくる。
「謝罪は不要だ。これは当方が望んだ、ごふっ……結果故に。汝には感謝を……」
抱き止めるように支えたギルシアが吐血し、肩に飛び散ったのがわかった。
不思議とその血の温かさが消えていくのは早く感じ、この男はもうじき死ぬのだと改めて俺に自覚させた。
俺が殺したのだと、突きつけるのだ。
「感謝はいらん。俺はお前を殺したのだから」
身体に力が入らなくなったギルシアから刀を抜き去り、倒れいく姿を一瞥してからリュウヤとカグラのもとへと歩み寄った。
一振りの長刀が主の命と共に、その輝きが失われていくのが視界の隅で捉えた。
「……」
俺と入れ違いに、それまでことの行く末を黙って見守っていたネメシスが倒れたギルシアのもとへと駆け寄った。
一発くらいは殴られる覚悟をしていたのに、杞憂に終わってしまった。
「どうしたんだ、泣くのを我慢しているような顔をして」
顔の中心にしわを寄せるリュウヤに笑いかける。
「だって、だってよ……こんなのってねえよ……」
その場で悔しそうに軽くじたんだを踏むリュウヤ。
こいつにはまた胸ぐらでも掴まれると思っていたのに、警戒している俺が馬鹿みたいではないか。
「リュウヤはリュウヤなりに、ノルンとアイオンさんの気持ちを汲み取ったんだと思うよ」
リュウヤにつられたのか、はたまた別の理由なのか。
悲しげな笑みを浮かべたカグラが説明してくれた。




