『残ってしまった』
空に青色が増していくのをぼんやりと眺めていた。
〈勇者〉の顔がくしゃくしゃから通常状態に戻りかけた頃、ふたりの人物が俺たちのもとまでやって来た。
神出鬼没ネメシスと――ギルシアだった。
本当に手出しをしなかったな、と呑気に感想を抱いている場合ではないな。
「…………」
奴のあんな顔は初めてだった。
いつも決意に満ちて、迷わず己の道を突き進んでいた。
その真っ直ぐで迷いのない姿に憧れや、羨望すら抱いたことさえある。
「――まさかお前、死のうとか考えてないだろうな?」
「…………」
なのにどうだ?
今は見る影もないではないか。
「お前を見ていると、人は可能性を秘めているのだと思い知らされる」
俺の言葉に力なく首を降る。
「当方はそのような人物ではない。助けられなければ、生きることすらままならなかったのだ」
拳をぎしりと握りしめ、込み上げて来る感情にどう対処すれば良いかを悩み、決めあぐねているようだった。
「何を言うか。犠牲なくして何かを得ようなど烏滸がましいことだ。重要なのは、生き残った我々が何を成すかだ」
人も、魔族も多くの者たちが戦場に散っていった。
故に残された、残ってしまった俺たちがどう未来を紡ぐかが大切なのだ。
「彼らの犠牲を無駄にするか、否か。それは俺やお前のこれからの行動で決まる」
落ち込むなとは言わない。
だが、俺もお前も他者よりも力を持つ者なのは事実。
なのに王都はこの有り様だ。
「汝は、当方にまだなにかを成せと言うのか!!」
「そうだ。それが残された者の使命だ」
心の中では、逃げても良いと俺は思っていた。
ここで舞台から降りても良いのかもしれないと。
仕えるべき王を失い、守るべき民を失った。
生きる意味を全て失った者の末路。
大切な誰かを失う思いを知った今の俺には、死にたがりの男に生きろとはっきり言えなかった。
「……なら……ならば剣を取れ、魔王! 汝を殺し、王の仇を取る!」
「そして自分も死ぬ、か」
ギルシアは否定も肯定もしなかった。
ただ長刀を抜いて、主の仇に向けるのみ。
語る言葉は既に持たず、己が最後に残された心に従う。それがギルシアの選択だった。
「……ふぅー」
軽く息を吐き、黒い刀を現出させる。
俺の反応を見て、了承だと理解したギルシアは少しだけ微笑んでから構えた。
話し合いでは、言葉だけでは伝わらないものがある。
わかっていたつもりが、わかっていなかったのだ。
俺は武器を手に取り、認めた相手であっても殺すことでしか思いに応えられないのだから。
リュウヤが言っていた。――ノルンならもっといい方法だってあったんじゃないか、と。
……買い被りにも程がある。
俺は完璧超人でもなければ全知全能の存在ではないんだ。
思考を重ね、いくつもの策を考えては捨て去り、挙げ句に選んだ。
「ギルシア・皇・アイオン」
「レグルス・デーモンロード」
相手への敬意を表すべく互いに名乗り、各々の武器を構える。
皇に連なる者だったのなら、あの刀を持っている理由が判明したのも同然だ。
彼の国に伝わる宝刀の一振りだからな。
ギルシアは肩まで長刀を持ち上げ、先端をこちらに、刃を天に向けた構え。
俺は刀を腰に、鞘を左手で支える。右手はいつでも抜きされるように柄に添え、中腰の姿勢で相手を見据えた。
「いざ――参る」
「さぁ――行くぞ」
始まりの合図などお互いがわかれば十分。
俺も、ギルシアも瞼を下ろした。
一秒にも満たない僅かな時間を、とても長く感じたのは俺だけではあるまい。
そして――相手の掛け声が聞こえた時には、互いの武器は衝突し、金属同士が摩擦による火花を散らした。
――キンッ。
一度幕が上がれば、演者は物語を進めるのみ。
木霊するは甲高い音、聞こえるは互いの息遣い。
「〈闇空刃〉」
刀の軌道に沿った黒い斬撃がギルシアを斬り裂くべく飛んでいく。
「〈雷鳴刃〉」
それに対して即座に雷の斬撃を放って相殺する。
大地を蹴り、距離を詰めて刀を振り下ろす。
ギルシアは長刀を横向きに防御の構え。
「――〈転移〉」
「――っ!?」
刃と刃が触れ合う直前に転移魔法で、背後でも側面でもなく、正面――上方から攻められていたが故の下方の隙間。
後ろも横も回転すれば済むが、相手の攻撃を防ぐ役割で上げていた手を下ろすにはどうしても時間がかかる。
常識で考えれば、これで下腹部を斬って終わりだ。
……常識ならば、終わりなんだ。
「――甘い」
左足で地面を蹴ったのか、右足を軸にその場で回転。体の回転している最中に、隙だらけの体勢と長刀の軌道を調整。
「やるぅ!」
自分の持つ刀を弾かれて、今度は俺の下腹部の隙を曝け出す始末だった。
体勢を崩した俺に、追撃の突きが空を斬る勢いで迫りくる。
刀を弾く以前に次を想定していた相手には行動が一手遅い。
迷いも、躊躇いもない一突きは確実に俺の心臓を標的にしていた。
あれが当たれば比喩ではなく、文字通り雷に打たれることになる。
「〈転移〉」
甲高い音が耳を劈く。
「そうでなくては……」
ギルシアの口角が嬉しそうにすっと上がった。
弾かれた時とは反対側の手に刀を転移させ、長刀の軌道を辛うじてずらしたのだ。




