『流せない』
「いきなりなに言ってんだよ」
魔法陣に巻き込まれないように転移させたリュウヤが隣で言う。
「笑わせるなと言ったんだ」
俺はもう、何があっても立ち止まることは許されない。
「格好いいこと言ってるとこ悪いけどよ、あんなのどうやって壊すんだ? 俺はもう力が残ってないぞ」
「私も、もう……」
自分よりも格上相手によく戦ったさ。
自然から魔力を分け与えてもらうリュウヤの特性のようなものを使えば、あれを破壊して世界を救うのは可能だ。
代償にリュウヤの体は魔力の使用に耐えきれず、散ってしまうだろうがな。
そうすればカグラはどうなる?
まだ未熟者のこいつは、塞ぎ込むに決まっている。
たとえそうならなかったとしても、精神が不安定な状態で魔法の行使は危険だ。
そして、そんな役立たずの仮初めの〈勇者〉を生かしておく理由はない。早々に殺されるのが目に見えている。
次のためにも、今いる奴は目障りになるからな。
友好な関係を築けたのに、またやり直しは少々面倒だ。
「少年少女は大人しく傷の手当てでもしていろ」
そう言って身を翻してふたりに背中を向け、刻一刻と巨大化していく球体を見上げる。
「ひとりでやる気かよ」
「無茶だよ」
親を心配する子どものような純粋な瞳だ。
こんな綺麗な瞳だからこそ、こいつらは〈勇者〉に選ばれたのかもしれないな。
なら、言うことは決まっている。
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
親指を立てた拳を突き出した。
そうしたらふたりの苦笑が返ってきた。
「終わらせるとしよう」
悔いたところで、失ったものは2度と戻ってこない。
故に進むのだ。それが生き残った者の義務であると信じて。
「天に瞬く星あれど、我らの手は届かざる。故に我は言葉を紡ぐ。其の輝き短し時なれど、降り注ぎて夢を覚まさん。落ちろ――〈デストロ・イア・メテオ〉」
雲よりも更に上、人類が未だ到達し得ない領域より来訪せしは、地を割る鉄槌となろう。
かつて、空の彼方から降りしそれを、人は畏怖を込めて――隕石と呼んだ。
隕石は球体を守る結界を容易く打ち砕いて中心部へと到達した。両者の強力な力と力の衝突により、凄まじいまでの爆発が起こり、閃光が〈魔界〉にまで届けられた。
「断絶する――〈四方界絶〉」
爆発が起こる寸前、それらを覆い囲む世界から断絶した空間にする四角い結界を何重にも張った。
衝撃は抑え込めても、光までは無理だったらしく、「強い光が魔界まで届いたぞ」と後にフレンに聞かされることとなった。
やはり、完全な結界にはちゃんとした詠唱が必要だったな。
「……終わった、のか?」
目映さ故に目元を腕で隠していたリュウヤが細い目で呟いた。
「ドランが消えた、それと同じ意味ならそうだな。終わったぞ」
自分でそう言ったからか、足の力が抜けてその場に座り込んでしまう。
視界に入る前髪が黒くなっている。
〈解放〉状態も解除されたようだ。
「……くそっ、俺は……守れなかった!」
リュウヤが立ち上がって瓦礫の山となった周囲を見渡しながら胸の内の悔しさを吐露する。
「ノルンは知っていたのか? 国王が、国民をただの使い捨ての道具としか見てなかったって」
まだ傷も癒えていない体だ。剣を支えにリュウヤは辛うじて立っていた。
へこたれている場合ではないと自分に言い聞かせるように。
座ってしまったら後悔に押し潰されそうになるんだろう。
だからこいつは立ち上がってその瞳に、この光景を刻んでいるんだ。
〈勇者〉として守れなかった者たちを忘れないために。
体の前に心が先に壊れそうだ。カグラが一緒に召喚されたのはこいつにとって何よりの幸運だな。
「俺はお前たちと違って国王と対面したのは、さっきのが最初で最後だ。知っていたんじゃない、奴の人と成りを聞いて予想していただけに過ぎない」
「……」
傷口に塩を塗るとは、大人げないかもしれない。
だが〈勇者〉の道を歩むと決めた者を甘やかせても世界のためにはなるまい。
いじめるのは趣味ではないが、ここは先達者として心を鬼にするか。
「誰彼構わず疑えとは言わん。そんなのは心を削るのと同義だ。かといって信用しろとも言えないのが、人と言う生き物だ」
我ながら笑ってしまいそうだ。
どの伝説にも、文献にも〈魔王〉が〈勇者〉を諭した記録はなかった。
前代未聞の事態かもしれないと思ったら、口角は自然と上がっていた。
「お前たちはまだまだ経験も実力も浅い未熟者。実際に騙し騙されて成長していくのが一般的な考えで、生きていくだけなら程よい道程なのだろう」
大切な仲間を守れなかった俺が言えたことではないがな。
よっと声を出して俺も立ち上がり、ふたりに回復魔法を施す。
「しかし、リュウヤ、カグラ。お前たちふたりは〈勇者〉として世界に、人々に選ばれた。宿命とも言えるそれから逃げることも可能だったろうに、過酷な道を進むと決めた」
拳を握りしめている。
血が滲むほどに強く、強く握りしめている。
「覚悟を持ったのは素晴らしいと称賛に値する。これからも多くの生を、そして、それを越える死を見るのがお前たちが選んだ道だ」
ふたりの拳が震えている。
肩が震えている。必死に抑えようとしても抑えきれないものが、彼らの内側から溢れ出そうとしている。
「だから、敢えて言おう――恥じる必要はない。ここにいるのは俺たちだけだ」
石で固めた強固な城でも、大地が割れれば崩壊する。
きっかけがあれば、駄目だと蓋をしていた思いも外へ出ていってしまう。
勇気ある者、即ち勇者と呼ばれ祀り上げられようと、ふたりはまだ伸び代がある若者なのだ。
「――」
俺は背中を向けて、ふたりの心から溢れ出る感情を聞いた。
素直になった途端に止まらなくなるものが自然に止まるまで時間を要した。もちろん、誰も近付かせないように周りに気を配りながらだ。




