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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『渇望』

 他者を殺める。


 その行為は、人が犯す罪の中で最も重い罪とされる。


「……俺は……」


 赤に染まった手を、魔王は見下ろした。


 悲しみも、怒りも、後悔も、何も感じていないのだと言わんばかりの表情で、死しても残った、生きていた者の証が瞳に映る。


 記憶の片隅に、失われた欠片に、同じ光景があった。とうの昔に、己が手は血に染まっていたのだと知った。


 そして、イーニャは血の一滴たりとも残らなかった。

 仮に本当に、心臓に埋め込まれた魔法が発動したのだとすれば、文字通り跡形も残ってはいまい。


 あれはそういう魔法だ。


 命を弄ぶ最悪の魔法だ。


 だからこそ、レグルス(ノルン)は旅のお供たちにバレないよう、寝る間を惜しんで解析に専念したのだ。


 それでようやく解除したはずのものが、どんな理由で元に戻ったのか。彼はイーニャの最期の言葉でおおよその見当はついていた。


 表には出ていない感情が、たったひとつの感情が、彼の心を、心の器を満たしていた。


 地脈の抑制魔法の陣は既に先程完成し、空中に控えてある。あとは発動を残すのみ。


 そう。発動するだけで今にも地割れが起きそうな地響きは止み、ひとまず王都は落ち着きを取り戻す。


「何故……躊躇う……?」


 自分自身でもわからない。どうしてなのかわからない。


 ただ、思うのだ。


 ――帰るべき場所も、何もかも壊してしまえ。


 ――大切な友(・・・・)も、生者全てを殺してしまえ。


 ――迷うことはない。同じ事を繰り返す(・・・・)だけだ。


「ああ……俺はまた(・・)……守れなかった……」


 レグルス(ノルン)自身、自分が喋っているのか、別の何かの意思で口を動かされているのかわからなかった。


 喉の渇きを癒す水のように求めるは、己が手で他者を殺すこと。


 罪を罪として理解しながら、それを自ら犯そうと言うのだ。


 そうすることで、最大の罰が下されると信じて疑わず、彼は殺したいと望む。


 上空に展開している魔法陣の構造が変化していく。

 端から見ても色と形が変わっていった。


「俺は……俺は――」


 葛藤。


 イーニャの言葉を真実にする。

 それを成し遂げるには、王都を地脈の暴走から救うのだと。


 最期の笑顔が、レグルス(ノルン)に力を与えた。


 溢れ続ける黒い感情に抗うための――想いを。


 故にそれは砕け散る。

 彼の首もとに下げられていたものが、パリンッと小さな音を立てた。


 ニステア村で、アリサに貰った手作りのネックレスだった。


「――感謝する、アリサ」


 ふとレグルス(ノルン)は口角を上げた。


 まさに自分自身を取り戻した瞬間であった。


「我らを支えし始まりなる大地よ、魔王がここに祈りを捧げる――〈母なる大地への祈り(マドレアシオン)〉」


 空中で展開していた魔法陣が光を帯びた状態で王都へと降り、そのまま地面に溶け込むように発動した。


 やがて地響きは鎮まり、地脈も安定していった。


「あとは城にいる連中を生き返らせて…………おいおい、不死身かよ?」


 贈り物のおかげで自我を取り戻したレグルス(ノルン)が城へと身を翻すと、そこには消滅したはずのドレイアスの姿があった。


「自動術式だな」


 大方、地脈に対しての魔法がきっかけだろう。


「蘇生……いや、形だけの偽物――〈自動人形(オルドール)〉」


 人間とは思えない白く発光する体。体そのものが魔力の塊としてドレイアスの形をしているだけだ。


「――はぁ、はぁ、はぁ……たはぁー。やっと着いたぁ」


 魔力の供給源となる核を破壊すれば、霧散し消滅するなとレグルス(ノルン)が分析に結論を出したタイミングで、駆け寄ってくる人物がひとり――いや、ふたり。


「遅かったな。待ちくたびれたぞ、ふたりとも」


 息を切らす少年と少女に、気軽に話しかける。


「ぜぇ……ノルンが、遥か彼方まで、転移するからだろうが!」

「元気は有り余ってるな。よし、この戦争の最後の役目だ。あれを倒すぞ」


 リュウヤの皮肉なんて気にせず、ふわふわと浮かぶ白きドレイアスを指差した。


 それに素直に従って上を見上げる〈勇者〉のふたり。


 彼らの声が聞こえる頃には〈四聖〉たちは何者かの転移魔法によって連れ去られていた。


 こんなことなら血だらけの状態を何とかしておくのだった、とレグルス(ノルン)はため息をつく。


「白いな。それに比べて……血だらけだな」

「俺を見るな、俺を。戦場である以上、多少の返り血は浴びるものだ」


 多少、と言うには些か無理があった。


 服の半分以上の面積が、血の色に染まっていたのだから仕方あるまい。


「あれは、いわば思念体。ドレイアスの魔族滅殺を掲げているのは明らかだ」


 ドレイアスが〈魔界〉に向けて展開された魔法陣を破壊しながら説明した。


 行動を阻害したレグルス(ノルン)へと顔が向けられる。


 彼の狙い通り、優先順位が変更された。

 目的を遂行するから、目的の遂行を邪魔する者の排除へと。


「ね、ねぇ、ノルン。ひとつ聞かせて」


 周りに転がる、胸を貫かれて絶命している〈四聖〉を見てからレグルス(ノルン)へと視線を移す。

 答えは先に出していながらも、確かめずにはいられなかった。


 魔法を操る才があるカグラは、ここら一帯に残る魔力の残滓に気付いた。


 ふたりもよく知る人物の魔力が、散布されたように広がっているのに、当の本人の姿が何処にも見当たらない。


「――訊いてくれるな。目の前の倒すべき相手にだけ集中しろ。お前の疑問への返答は……あいつを倒してからだ」

「……うん、わかった。約束だから」

「……っ」


 約束(・・)、その言葉にピクッと反応を見せたのを、カグラは見逃さなかった。

 女性特有の勘が導き出した答えが、一番望んでいなかった結果が現実になってしまったのだと理解した。


「――で、あれはどうやって倒すんだよ?」


 何となく居心地の悪い空気を感じ取ったリュウヤが話題を変えた。


 そんな少年勇者の心境を察したレグルス(ノルン)は、獣のような嗅覚を身につけたのだな、と苦笑する。


「倒すのは簡単だ。奴の体の何処かにある、核を破壊すれば消滅する」


 白ドレイアスから放たれた魔法を相殺しながら、簡潔に対処法を伝えた。


「どっかにある核……。どこにあるのかわかんないのかよ!?」

「ははは、わからん。だからここでカグラの出番だ」

「えっ、私!?」


 急に名指しされて驚くカグラに、リュウヤは思わず笑ってしまい怒られた。


「核は他とは魔力の収束の度合いが異なる」

「魔力が密集している場所を探せばいいのね?」

「そうだ。何処ぞの馬鹿と違って、話が早くて助かる」

「おーい、ちょっと待てー。どこぞの馬鹿って誰のことだー?」


 飛んできた黒い球体を剣で斬り裂きながらも、リュウヤは聞き捨てならない言葉に反応する。


「カグラは魔法で援護しながら核を探してくれ」

「任せて」

「無視するなー!」

「猪突猛進馬鹿はカグラに攻撃がいかないように守りながら奴に突っ込め」

「おうっ、任せ――猪突猛進馬鹿だと!!」


 あまりにも自然に馬鹿にされた時、人は反応が遅れるのだとレグルス(ノルン)は学んだ。


「油断してると危ないぞ?」


 ドレイアスの側面に展開した魔法陣から放たれた黒い閃光がリュウヤに迫る。


「だぁーっ、さっきから鬱陶しいんだよ!」


 剣を思い切り振り下ろして光の斬撃を飛ばす。それは黒い閃光を斬り裂きながら進み、魔法陣を真っ二つにした。


「お見事」


 ドレイアスの周囲に無数に展開していく魔法陣を見上げ、完全に標的が自分たちに移ったことを確認した。


 そして、その決定打になったリュウヤに称賛を送る。


「のんびりしていると置いていくぞ」

「なっ、ちょ待てってのっ! ノルンっ、後で覚えてろよ!」


 文句を言うのか、攻撃を防ぐのか、走るのか。器用にそれらを同時にこなせるリュウヤを、我が子の成長を喜ぶ親のようにレグルス(ノルン)は微笑んだ。


 もちろん、ふたりには見えないようにだ。

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