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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『大丈夫だよ』

「私に任せて。その間に得意の回復魔法で早く傷を治して」


 傷を治して早くと助けろと。


 格好良かった背中が、いつものイーニャの背中に元に戻った。


 だがな、回復どころか魔法すらまともに使えないのだよ、今の俺では……。


「なんだなんだ、面白い女が出てきたなぁ」

「じゃ、あれの相手はあんたに任せた。早くしないと魔王殺しちゃうよー」

「ちっ。わーったよ。とっとと終わらせて――っぶね」


 〈瀑布〉と呼ばれた軒並み背の低い幼い顔立ちの威張り少女と話をしている最中に、〈煉獄〉の顔目掛けて小刀が飛ぶも間一髪のところで躱わした。


「あーたま来た。とっとと燃やしてやるよ!」


 両手と両足に炎が灯されたと思った矢先、地面を蹴っての跳躍によりイーニャの目の前に接近。


「おぉら!!」


 炎による加速で速度を増した回し蹴りを繰り出すが、イーニャは難なく避け、更には懐に入り込んで――


「〈衝波〉」


 手を〈煉獄〉の腹部に添えるように翳し、そこから衝撃波を放った。


「がはッ――!」


 衝撃波をもろにくらい、紙のように吹き飛ばされて瓦礫に突っ込んだ。


「はぁ……。長引かせるのは得策じゃない。アズサ、ミカゲ、手伝ってあげて。その内に魔王(こっち)を始末するから」

「ちぇー。特別だからね!」

「了解。ラストルも気を付けて」


 こいつらなりに、仲間への気遣いができるのだな。


 世界滅亡を望んでいる点以外は人間らしい一面もある。


「個人的に魔族には恨みがある。楽に死ねると思うなよ」


 〈烈風〉が俺を見下ろしながらニヤついた。


「光栄だ。人間の拷問にはいささか興味があってね」

「余裕ぶっていられるのも今の内さ」


 多勢に無勢。

 イーニャは俺の近くに寄ろうとするが、3人がかりで阻止されて思うように動けずにいた。


 俺も意識が遠退きかけている。


 こういうこともあろうかと、フレン、バルム、そしてグリムには万が一の時のことは伝達済み。

 〈魔王〉のひとりやふたりが死んだところで〈魔族〉は滅ばん。


「風よ、悪しき魔王を容赦なく貫け――〈風牙鉄槍〉」


 風の槍が6本生成される。


 ご丁寧に、見えるように風に黄緑色を付与しやがった。


「鉄をも貫く風の槍だ。体でじっくり味わえ!」


 手足を貫かれるのか。


 引き千切られるよりましだ。


 抵抗できる力が入らない以上、俺が死んでイーニャが逃げるのに懸けるしかない。


 覚悟は既にできている。あとは槍が刺さるのを待つだけ――のはずだった。


「……ん?」


 風の槍はたしかに、何度見ても俺の手足を刺し貫いている。と言うのに、血も出たければ、痛みすら感じない。


 頭痛のせいで痛覚がイカれたのかと思ったが、血が出ないのはおかしい。


 ――まさか。


 最悪の考えが頭を過り、イーニャを見上げた。


「冗談はよしてくれよ」


 そんなことが現実にあり得るのか?


 俺が槍で貫かれたのと同じ箇所から血を流すイーニャの姿がそこにはあった。


 まるで〈血の代償(ブラッド・ペイン)〉じゃないか。


 魔城デーモンパレスの図書館で見つけた書物に記されていた〈吸血種(ヴァンパイア)〉の秘技。傷や痛みを肩代わりする秘技をイーニャがどうして……。


 少なくとも頭痛が続いている、つまりは外部からの痛みにのみ作用するのなら完全ではない。


 ――いや、いつ、どうやっては後回しだ。

 すぐに解除させなければイーニャが死ぬ。そんなことさせてたまるか。


「な、なぜ、傷がない。なにをした!?」

「――」


 動け、動けよっ、俺の体!


 イーニャを守らなければ、いち早く秘技を解除させるんだ。


「――っ!!」


 そして、突如謎の傷を刻み、動きが鈍った隙を奴らが見逃すはずもなく、勝ったと笑みを浮かべる。


 しかし、その有利故に奴らは気付いていなかった。


「やめろっ、イーニャ!!!」


 止めようと叫びながら力いっぱい手を伸ばす。


 ――間に合わない。


 ――止められない。


 俺は――


「やめろおおおおお!!!!」

「――――」


 最後にイーニャが俺に微笑みかけ、口元が動いたが声は届かなかった。


 旅の案内人の最期の言葉を聞き取ることは叶わなかった。だが、俺にはしっかりと伝わった。


 そして次の瞬間、目を覆いたくなる程の凄まじい閃光が全てを呑み込んだ。


「……イーニャ?」


 辺り一帯を吹き飛ばす大爆発を起こし、イーニャの姿は完全に消滅していた。


 あいつは自分に仕掛けられた魔法を知っていた?


 だとしても俺が解除したはずだ。

 なら……イーニャが自ら魔法を構築させた、のか……。


「危ねえ……。もうちょっとシールドが遅れていたら死んでたな」


 炎の球体で身を守ったらしい赤髪が笑った。


「最後は自爆なんて、厄介な真似をしてくれたよ」

「ちぇ、つまんないのー」


 電気野郎と水の小娘がつまらなそうにイーニャに文句を言う。


「ぶ――あははははっ、みんな見た? 魔王のさっきの顔。すごく必死に自爆したあれを止めようとしてたよ、あはははは、お腹痛い」


 風を操る緑野郎は、俺を指差して腹を抱えて楽しそうに笑っている。


「おいっ、ラストル、前!」


 電気野郎が焦ったように緑野郎の名前を呼ぶ。


「ははは、え? なに、前?」


 俺はゆっくりと立ち上がった。


「何が……大丈夫(・・・)だ。死んだら、文句すら言えないじゃないか」


 独り言のように呟いた。


 いや、イーニャは悪くない。


 悪いのは全部俺だ。守るって、約束したのにな。何やってんだろ。


「あぁ――頭が痛い」


 イーニャが消えた辺りを見上げた。


「仲間が死んでようやく復活ってわけ?」


 緑野郎が何やらぶつぶつ言っている。


 見上げたあとは、自分の手を見下ろした。


 胸の奥からもやもやと煙のような感情が込み上げてくる。

 抑えられない、いや、抑える気などない。


 そのもやがいったい何の感情なのか、全身を支配してようやく理解した。


 押し寄せる無力感。どうしようもない喪失感。だから込み上げてくるのは約束を守れなかった不甲斐ない自分への、自分からイーニャを奪った全てへの――


「そうか。俺は今……怒っているのだな」


 イーニャの大丈夫を本当にしなければ。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ、すぅぅぅぅ。ふぅ……」


 たったひとつの言葉が心の中に浮かび上がる。


 ――殺してやる。

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