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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『囚われし者』

 〈人間族〉と〈魔族〉の戦争が激しかった時代。


 日に日に苛烈さを増す戦場で、人間たちは疲弊しきっていた。


「思い出せ! 我らが倒れれば、家族が、愛する者が蹂躙される。そんな悲劇を許していいのか!!」


 いつも先陣を切り、王国騎士たちを鼓舞するひとりの男がいた。

 その男がいなければ、恐らくは歴史が変わっていただろう。


「ハッハッハッ、勢いが落ちているな魔族ども!」


 男は疲れを知らず。


「我らは勝利を持ち帰る。そう誓ってここに来たはずだ! 思い出せ、誇り高き王国の騎士たちよ。人間の尊厳と平和を守るのだ!」


 男は諦めを知らず、仲間たちをいつも奮い立たせ、勇気を与えて戦う。


 その背中に、もう一度立ち上がる力を与えられた者は数知れず。


「我らの正義の安寧のために、魔族と言う悪を滅ぼすのだ!!」


 自分たちをまるで餌のようにしか思っていない〈魔族〉を絶対悪と、その根元を立てば世界が平和になると心の底から信じていた。


 そう。


 男は真っ直ぐだった。


 それ故にばらばらだった者たちを、仲間として率いることができたのだろう。


 しかし、それ故に絶望を知らなかった。




 ◆◆◆




 翌日、男が率いる部隊は、たったひとりの〈魔族〉に壊滅させられることとなる。


「お逃げください。あなただけでも――」

「我々が時間を稼ぎます。どうか――」

「あなたがいれば、私たちは何度でも戦えるのです」


 撤退を余儀なくされ、隠れた場所も見つかりそうになった時、男と共に戦ってきた者たちが皆、口を揃えて「生きてほしい」と彼の生存を望んだ。


 己が命を犠牲にしてでも。


「断る! 仲間たちを見捨てて、命欲しさに自分だけ逃げるなど、私にできるわけがないだろう!」


 予想していた反応を前に、しかして仲間と呼ばれた者たちは悲しげな表情を見せ、後に微笑みを浮かべた。


「あなたと共に戦うことができたのは、我々にとって何よりの幸福でした」

「許さない、これは命令だ。私と共に生き、る――」


 男は命令を伝える前に気を失った。


「ご無礼を。この罰は、次にお会いした時に」

「どうか、ご無事で」

「あなたは我々の希望です――ドレイアス様」


 意識を失い、その場に寝かせた指揮官にお辞儀をし、彼らは戦場(死地)へと駆けた。


 負けるとわかっていながら、全力を尽くして立ち向かった。


 死を待つだけだった自分たちに希望を与えてくれ、更には仲間(・・)と呼んでくれた、彼らの〈英雄(・・)〉を守るために。


 腕が飛ばされても怯まず、足が飛ばされても這いずって、最期の最後まで彼らは戦った。


「――これでは私が悪か」


 そして、死んでも立ち上がる諦めない精神を前に、部隊を壊滅にまで追い込んだひとりの〈魔族〉は身を翻し、その場を立ち去った。


 ついに守りきったのである。

 圧倒的な絶望を前にしても、諦めなかった者たちの命を懸けた奮闘のおかげで、全滅は免れた。


 しかし、自分たちの死が〈英雄〉の心に影を落とす原因となるなどとは考えていなかったであろう。


「――く……あぁ……ぁぁ……うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 気絶させられてから数時間が経過し、ようやく意識を取り戻したドレイアスが目の当たりにしたのは――絶望だった。


 言葉にならない声が、死者へと届かせんとするように空気を震わせた。


 共に戦い、共に笑い、時には反発した仲間たちの無惨な死体が辺り一面に(・・・・・)広がっていた(・・・・・・)


 彼の心が呼び寄せたのか、雲が空を覆い、次第にポツリポツリと滴が落ち、やがて雨となって降り注いだ。


「…………」


 雨に濡れ、服が肌に引っ付いても気にせずに――否。


 もはや気にする余裕など、彼の心には残されていなかった。


 ただ、ただ、自分を慕ってここまで共に過ごし、命を()して守ってくれた者たちを埋葬する。


 それだけを行うために、ドレイアスの腕は、足は、頭は動いていた。


 全ての仲間を埋葬するまで、彼は何も食べず、何も飲まず、無心に動いていた。


「…………最後だ」


 最後の埋葬が終わる頃には雨は止み、日が沈んだ空には無数の星が瞬く。まるで散っていった仲間たちが、別れの挨拶を告げているようだ。


「お前たちが生き残らせた我が命。決して無駄にはせぬ。ここに誓おう。我、ドレイアス・ウィル・ヴァンダグリーフは、必ずやお前たちの命を奪った奴を殺し、忌まわしき魔族を滅ぼすと! そして、お前たちの無念を、必ず……必ず晴らしてみせる!」


 男は後に王国の歴史上で最高の国王と称される――ドレイアス・ウィル・ヴァンダグリーフ・アインノドゥスとなる。


 民を憂い、民を思い、民を大切にして身を粉にして王の務めを果たし続けた。それが散っていった者たちへの手向けだと信じていたから。


 だが、その思想は時の流れと共に――崩壊していった。

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