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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『何のため』

 その有り様は、敵ながらあまりにも痛々しい。


「――哀れな」


 何処からともなく聞こえた声を、俺は知っていた。


「ネメシス。傍観者が俺に何か用か?」


 普段話すような大きさでは声が届かない距離にいるはずのネメシスのものだった。


「傍観者……そうですね、あなたの仰る通り、わたくしは見ているだけです」

「それはお前が人ではない(・・・・・)のと関係しているのか?」


 情報を引き出そうと、はぐらかせれても構わない精神で問いかけてみる。


「見抜かれていましたか。いえ、あなたなら(・・・・・)当然(・・)でしょう」


 ふふ、と笑いながらも肯定したことに少しだけ驚く。


「わたくしは今となっては、ひとりの人間にしか興味はありません。ですが、その方ならあの方(ドレイアス)を止めるでしょう。言いたいのはそれだけです」

「俺に止めろと?」

「解釈はお任せします。――ただ、あの方を放っておけば、世界は滅びてしまうかもしれません」


 ネメシスが会話を終えるのと、ドレイアスが行動を開始するのは同じタイミングであった。


 ああいう奴のことを女狐と言うのだろう。


「今のドレイアスを抑え込むとか、何者だよ」

「滅ぼす、滅ぼす滅ボス滅ぼすほロボすウゥゥアアアアアアア!!!」


 理性をなくした獣。


「その力を使えば、滅ぼす以外の道とて選べただろうに」

「〈破滅への鎖(グライアガイル)〉!!」

「――つっ!!」


 次元の裂け目のような黒い穴から突如現れた鎖が、俺の両腕と両足を貫いた。


 理性を失った方が強いとは、してやられたな。


 俺の身体は鎖の能力なのか、言うことを聞かなくなっていた。


「――かはっ」


 鎖にされるがまま、地面へと叩きつけられる。


「〈深淵の大槍(ディア・アビシス)〉!」


 追い討ちとして漆黒の大槍を現出させ、地面に磔の俺目掛けて投げつけた。


「それを受けるわけにはいかないな――〈破壊(ヴァル)〉〈転移(テイル)〉」


 忌まわしい鎖を破壊し、槍を投げて終わりを確信した隙だらけのドレイアスの正面に転移し、手を翳す。


「裁きの時だ――〈十字葬天(ジャッジメント)〉」


 対象を内側から壊す(体内から殺す)魔法。


「ウガアッ!!」


 十字架は現れず、闇で鋭利化したドレイアスの爪を躱わすために後ろへと飛び退いた。


 無理矢理押し潰したな。


 一度では飽き足らず、何度も爪で俺を引き裂こうと振り回してきた。


「負ケぬ、負けらレヌ、余は人間ノタメニ、世界を――変える」


 もはやそこにドレイアスとしての意識はなく、ドレイアスが求めた理想の世界へと手を伸ばす獣でしかなかった。


 大振りの攻撃など躱わすのは簡単で、バッカスが認めるほどの人物の面影は残されていない。


「見ていられん」


 振り回される爪を掻い潜り懐へと入り、拳を無防備な腹へとぶつける。


「――ゴハッ」


 即座に背後に回り込んで背中に蹴りを入れ、更に――


「光よ――〈裁きの聖天(ジャッジメントロアー)〉」


 空より降り注ぎし白く輝く光がドレイアスを呑み込んだ。


「グアアアアアアアア!!!!」


 全身を襲っているであろう痛みに叫びながら、国王は光の中、地面へと落ちていった。


「アァ……まだ……終われぬ……余は……余は……」


 古びた粘土細工のように崩れそうな全身ボロボロ状態なのに、まだ立ち上がろうとする。


 願望と言うより、ここまで行けば執念だな。


 あれだけの光の奔流でも消滅しないのか。それに与えた傷の再生速度も解放前より向上している。

 一部でも残っていれば、そこから再生することが可能だと思える。


「完全に消滅させるしかない、と……」


 思考が一瞬だけ停止した。


 俺はこいつを殺すことを……迷っているのか?

 守るべき民を供物と言い、あまつさえ他種族を滅ぼそうとする奴だぞ。


「何を今更迷うのだ」


 首を振って雑念を振り払う。


「俺の手で終わらせる。それだけが、お前にできるせめてもの手向けだ」


 改めて覚悟を決め、戦いに終止符を打とうとしたその時。


「――殺させん」


 一筋の雷光が、俺とドレイアスの間に割って入った。


「…………来てしまったか」


 突然現れたその人物に驚きはしなかった。

 バルムが認めた者だ、来なければ失望していたがな。だからこそ、来てほしくなかった。


「残念だよ、ギルシア」


 〈隻眼の剣聖〉――ギルシア・S・アイオン。


 薄々こうなると予想していながら、動けなかったこの者を俺は見逃したんだ。


「王は――当方が守る」


 民を犠牲にしたのを教えたらどう反応するのやら。

 疑問を抱くも、この男なら変わらぬ、とすぐに結論に至る。

 勝手ながら、思わずギルシアらしいと苦笑した。


「守れるものなら、守ってみせろ!!」


 距離を詰め、斬り伏せるべく振り下ろした黒刀を、ギルシアは自らの聖剣で受け止める。俺たちの刀は火花を散らし、衝突の勢いを知らしめた。


「貴様にも守りたいものがあろう。故にこそ、貴様はここにいるのだろう。当方とて同義。譲れぬ、退けぬ、負けられぬのだ!」

「聖剣に選ばれたほどの者が……違うか。選ばれたからこその、信念の強さなんだな。ならば俺は、その信念を正面から叩き潰そう!」


 剣技では敵わない。それは先の戦いでわかっていた。バルムに敵わない俺が、同じ〈剣聖〉のギルシアに追いついていないことくらいは……。


「ぐっ!」


 傷を負ってもなお、反撃の隙を与えない高速の剣技。防ぐので手一杯だ。


 剣技だけなら、俺はギルシアには勝てない。魔法を駆使して初めて追い返せる。

 俺は俺の戦い方で、目の前の強者を倒す。


「ふっ」


 ニヤリ。自分の口角が上がったのがわかった。


 雑念を振り払うような、純粋な強者との対峙に心を躍らせた。それが、一瞬の判断を鈍らせると知らずに。


「――ギルシアっ、避けろ!」

「――ぐッ……かはッ……」


 自分の前に身を盾にして飛び出した剣聖の心臓を、ドレイアスはその手で貫いたのである。


「馬鹿野郎が……っ!」


 魔力を吸い取っていやがる。


 せっかく与えた致命傷が再生していく。


 戦争が終わった後の王国のために、生きていてもらわねばならんのに……ここで死なせるのか?


「ぐうッ……アアッ!」


 葛藤する間も、ギルシアは苦しみの声を上げる。


 当然だ。

 魔力を強制的に吸い取られるなど、全身の血液を無理矢理引っ張り出されるのと同義。


 耐え難い苦痛に襲われているのだ。


「……何故だ……?」


 身体が動かない。

 魔法によって阻害されているのではない。


 動けないのだ。


 目の前で起きている光景に恐怖している。額から湧き上がった一雫がが頬を通り地面へと落ちる。


 ――俺はまた(・・)救えないのか。


 脳裏に過る言葉。

 そうか、なるほど。過去の俺は、守りたいと思った誰かを守れなかったのだな……。


「――ふざけるな」


 手を全力で握りしめる。


 口から空気を思いきり吸い込み、肺へと送り込む。


 足に力を入れて、大地を踏みしめる。


「動けよ俺の身体。過去に何があったかは知らない。もしかしたら、とんでもなく辛いものなのかもしれない。だがな、ここで動かずしていつ動くのだ?」


 俺は語りかけた。

 ギルシアでも、ましてやドレイアスにでもない。


 後退りして、この場からすぐにでも逃げ出しそうな己が身体にだ。


「俺は魔王――レグルス・デーモンロード。この世の全てを支配せし者ぞ。後悔したくないのなら、俺の言うことを聞きやがれ」


 全身に力が戻っていくのがわかる。震えも止まった。


 心と共に身体も覚悟を決めた。


「ならば、やるべきことはひとつだよな。飛べ――〈影斬華〉」

「ガアアアアァァァア!!!」


 ギルシアの胸を貫いている腕を、ドレイアスの影から現れた刀が斬り飛ばした。


 追撃は俊敏な動きで躱わされてしまった。


「光の加護を――〈光覇守護法陣〉」


 瀕死の重傷の剣聖が倒れかけるも、足下に展開した魔法陣から空へと伸びた光が優しく包み込むように受け止めた。


 ドレイアスの腕は光によって消滅し、傷も光によって治癒される。

 更には悪しき者から守る結界の役割も担っている。


 助かるかどうかは本人次第だがな。


「人としての生を捨て、蛮族に成り果てた愚かな王よ。お前がもう少し民を思いやる心を残していれば……」

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