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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『胸騒ぎ』

 レグルスたちが盛り上がる中、彼らがいる村へと馬を走らせる一行がいた。


「止まれ。今日はここで野営をする。各自準備を始めろ」


 鈴のようでいて針のように鋭い声が鎧に身を包んだ者たちに指示を出した。そう、この人物こそレグルスの気になる相手――マクシス・セベルツィアである。


 翠色の瞳が特徴的で整った顔立ちの少女と見紛うほどの美貌の持ち主。“美少年”という言葉は彼のために存在してきたのではないかと思えてくるぐらいだ。


 彼がニステア村に向かう騎士たちを率いている。数は十数名程度で、男性の中に女性も何人が含まれていた。


 この世界では女性が戦場に赴くことは多くないが珍しくもない。


 女性の方が内包する魔力量が多かったりするのだ。そのため、接近戦から後方支援まで多くの魔法を覚えている。


 だがやはり遺伝子上で既に男性より劣る身体能力に関しては考えものである。マクシスはしっかりと部下の体調を把握し、的確に休息を取っていた。


 若いが故に反抗する者も最初の頃は当然のようにいた。しかしここに集っている騎士たちは彼に忠誠を誓った者だけだ。


 統率力があり、情報収集能力も高く判断力も兼ね備え、実力も名だたるもの。

 そんなマクシス率いるこの一行は性格はくせ者揃いと言われているが、実力は彼にも負けず劣らず。


 ちなみにこのくせ者精鋭たち全員がマクシスよりも年上である。


 もしコジュウロウタがレグルスなしで反抗していたら、ニステア村は敗北していたことだろう。


 何処ぞの姉とは精鋭の出来が違うのだ。


「――隊長、どうかされましたか?」


 野営の準備を終え、各自で休息を取る部隊メンバーから離れ、村の方を難しい表情で見つめるマクシスに如何にも物腰柔らかそうな声が届けられた。


 ――トール・アルカン。伝承で伝えられる、かつて存在した神の名を持つ、今回の遠征部隊の副官を担っている茶髪で黄色い瞳の青年。


「いや……妙な胸騒ぎがしている。こんなのは生まれて初めてだ」


 マクシスは誤魔化そうとしたが、素直に打ち明けることを選んだ。何を隠そう、ふたりは幼馴染みである。


 つまりは隊長としての振る舞いではなく、友人としての解答を選んだのだ。


 故にトールは彼の言葉に目を細めた。


「胸騒ぎ、なんて言葉を隊長の口から出るなんて、天変地異でも起こりそうだ」


 大袈裟な身振り手振りで冗談を言うトール。表面はおどけているが、腹の中では撤退も視野に入れるべきか……などと思案していた。


 トール自身、遠征部隊の中での強さはマクシスと同等、またはそれ以上と噂される。ただ本人が本気で戦うのを面倒だと嫌っているため、本当の実力は未知数とされる。


 逆を言えば、本気を出さずとも既にそのレベルまで到達していることが末恐ろしいのかもしれない。


「亜人種たちを匿っている可能性がある以上、そう易々と撤退はできない。偵察部隊のメンバーを再編成する。隠密、及び防御、撤退に秀でた者にだ」

「ハッ、了解しました。不肖トール、協力させていただきます!」

「頼りにしている」


 冗談をやり取りに織り混ぜるトールは、お堅いマクシスと丁度良い塩梅になっているようだ。


 ふたりは偵察部隊メンバーの選出と作戦の最終確認を終えてから床に就いた。




 ――空が雲に覆われ星は見えず、月明かりはか弱いマッチの火のように心許ない深夜。草木も眠る時間にマクシスは目を覚まし、バッと勢いよく起き上がった。


 同時。大地が揺れた。


「なっ!?」


 地面が割れ、マクシスらの行く手を阻むように壁が突如として出現した。


 それは横に長く展開され、迂回の選択肢は即座に消し去られた。かといって飛び越えるにしても、一国の城塞のように高い。


 壊して進行か、潔く撤退かの二択を提示されているのかとマクシスは拳を握りしめた。


 だが彼の一番の気がかりは眠る前に村の偵察に向かわせたメンバーがまだ戻ってきておらず、壁の向こう側にいるのは明白だった。


 しかしそんな心配はすぐに無用に帰す。


「――ごきげんよう、騎士団の方々」


 岩や砂や石で作られた壁の上に一つの人影が立っていた。呑気に挨拶してきた声の主はどうやらあの影らしい。


 マクシスの本能が警鐘を鳴らす。


 ――すぐにあれ(・・)から逃げるべきだ、と。


 震える手を頬に叩きつけて強制的に気持ちを切り替えた。


「なにをボサッとしている! 敵襲だ、各員配置につけ!!」


 若干の動揺が走る部下たちに命令を下した。思考が眠りから覚めるに連れて加速する。そして疑問が浮かんできた。


 ――なぜこのタイミングで攻撃してこなかった?


 襲撃や奇襲、目的がなんにせよ、単純に考えて敵の数を減らす絶好の機会を人影は逃したことになる。そこまで戦闘慣れしていないのだろうか。


 疑問が生まれた代わりに、一つの答えを導き出した。――胸騒ぎの原因はあの人影に間違いない。


「何処から攻撃が来るかわからない、全員警戒を怠るな!」

「隊長!」

「トールか。無事だったか」

「当然です。部下をおいてやられません」


 心強い副隊長も駆けつけた事実は、マクシスの精神的に大きな安らぎを与えた。


 トールも隊長につられて視線を上げると、雲に遮りた月明かりの下で、人と思しき影がこちらを見下ろしているようだった。


「……」


 一瞬でトールの表情が険しくなる。


「トールも感じたか、あの人影の圧倒的な存在感。その裏にある得体のしれない力を」

「ええ、はっきりと。しかし妙ですね、これほど巨大な壁を用意する力量を持ちながらこちらに仕掛けてくる様子はない。壁を作るより奇襲を仕掛けた方が我らとしても手痛かった」


 ――さすがは副官(トール)だ。


 心の内で誇らしい幼馴染みを称賛する。声に出てしまうのがたまにきずだが、と苦笑した。


 既に部隊の展開は終わっていた。数を活かしてマクシス側から仕掛けられもしたが、冷静に敵の出方を待った。すると――


「何だぁ、全然来ないじゃないかー。随分な腰抜けたちだなぁ!」


 声からして人影は男だろう。

 簡単な挑発だ。その程度ではマクシスの部隊が惑わされはしない。


「5秒だけ待ってやる。その間に攻めるなり撤退なりを決めな」


 人影はそう告げて欠伸をするような素振りを見せた。


「いつでも我々を倒せると言っているようてすね」

「実際そうなのかもしれない。……だけど、王国の脅威となりえる存在を野放しにもできない」


 マクシスは確認するようにトールの方へ顔を向ける。

 コクンと頷く副官。


 彼らが考えを纏める間、人影は「ごー、よーん、さーん」とタイムリミットをわざわざ大きな声で知らせていた。


 ここでマクシスとトールにとって予想外の光景を目の当たりにする。


「まさか……?」

「偵察部隊のメンバーです」


 数字が減っていくと一人、また一人と人影の周りに浮遊して存在を認識させた。


 一目でその人物たちの正体を理解したマクシスの拳には力が入っていた。


 偵察部隊のメンバーの姿がはっきり認識できると言うことは、人影は何らかの認識阻害の魔法を施しているのだろう。トールは冷静に分析して、隣の隊長の様子を確認する。



 ――以前、別の任務で似たような状況になった時、マクシスは怒りで暴走したのである。


 仲間は確かに助かった……が、騎士にあるまじき行いだったのは明白。トールと言えど止めるのにかなり苦労した。


 これは一部の人間しか知れない極秘の情報なのだ。



 その時と同じ事態が発生しないかを危惧しての行動だった。


「――許さない」


 しかし副官の心配をよそに、マクシスは怒りに呑まれかけていた。自我を失わないように必死に耐えてはいるものの、いつまで保つかはわからない。


 一か八かやるしかないとトールは腹を括った。


 マクシスの胸騒ぎは最悪なことに、的中してしまったようだ。

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