『奏でる者』
ニステア村に進行してきた王国の騎士は、もはや残すはクェルムのみ。
コジュウロウタと睨み合い、今にも飛びかかるような気迫で彼らは互いに大地を踏みしめる。
そんな時――
「――ッ!?」
「む、これは……?」
ふたりの耳に聞き慣れない音が届けられた。
戦場にて奏でられる、悲しいような怖いような音の波長。
コジュウロウタは、これは何だと目の前の相手を警戒しながらも首を傾げた。
しかし、警戒される相手――クェルムは彼のように悠長に音に耳を傾ける余裕がなかった。
――身体が動かない。
身体どころか指すらまともに動きそうにないのだ。
もしこの状態がコジュウロウタに勘づかれてしまえばクェルムは一太刀で容易く両断されるであろう。
「――無駄ですよ」
聞こえたその一言は、動けない身にとっては死刑宣告にも思えた。
冷や汗を流す序列9位の心境を知ってか、そこにゆっくりと歩み寄るひとつの影。
クェルムと共に村に攻めた、彼の部下の騎士たちを相手にしていたダンテであった。
「ダンテ殿」
「もはや、指の1本たりとも動かせないでしょう」
告げられた言葉に顔が引き吊りそうになるも、身体は言うことを聞いてくれない。
なんと言う皮肉だろう。
動かないおかげで、表情から心境が読まれることはないのだから。
「あの数を単身で……お見事」
「造作もありません。多数を相手にするのは得意ですから」
対多数の戦闘においては、魔王ですら一目置く彼ならば、数を揃えただけの人間の相手など欠伸をしながらでも可能であった。
〈地獄の奏者〉――ダンテの魔法は〈魔界幻奏曲〉と呼ばれる様々な効果を付与した音を操るもの。
音が届く距離が効果範囲であり、音速で対象に作用する。敵にすればなかなかに脅威な種類の魔法である。
「コジュウロウタ様。戦いに横槍を入れてしまい、申し訳ありません」
「構わぬ。某とて状況は理解している故、我が儘は申さぬとも」
ふふんと鼻を鳴らす裏表のないコジュウロウタに笑みをこぼすダンテ。
彼はクェルムに向き直って表情を引き締めた。
これから尋問するのだから下品に笑ってなどいられない。
王国の主力となる戦力〈王国の守護者〉の一員。情報を得るには十分な相手だと判断できた。
決して久しぶりに行える尋問に頬が緩みそうになったからではない。
「あなたにはいくつか質問を行いますが、嘘偽りなく素直に答えることをおすすめします」
あくまで優しい微笑みを。
隣にはコジュウロウタがいるため、本性を露にするのは許されない。
保護対象に恐怖や敵意を抱かれては、命令の遂行が困難になる可能性があるからだ。
「率直にお聞きします。王国の――いえ、あなた方の国王の目的はなんですか?」
声を出すのに必要な器官は動かせるようにして問いかける。
「話すわけ――ぐあああああああ!!!」
耳触りの良い琴のような音が聞こえたかと思いきや、突然苦痛に満ちた大声を上げるクェルム。
外傷は何処にも見当たらないのに、物凄い激痛を味わっている顔だ。
声を聞いてコジュウロウタはすぐにこれが尋問に等しいのだと察した。
「もう1度お聞きします。あなた方の目的はなんですか?」
それから聞き惚れる琴の音と、耳を塞ぎたくなるクェルムの叫び声が何度も周囲の空気を震わせた。
手出しをするべきではないと判断し、1歩引いてその光景を眺めていたコジュウロウタは不思議な印象を抱いた。
まるで琴の音と叫び声が混ざり、ひとつの曲のように聞こえてきたからである。
そして、クェルムが痛みに負けて目的を果たすのにあまり時間を要さなかった。
「――呆気ない」
ぐたりと地面に倒れて痙攣するクェルムを見下ろしながら吐き捨てるように言った。
気は失っているが、身体だけが勝手に反応してしまっているのだ。
「人間は他者に痛みを強要するのに、自分への痛みには滅法弱い。これで少しは自分の行いを反省してほしいのですが……難しいですかね」
「ダンテ殿。自分の行いとは……この青年が如何なる所業を?」
ことの一部始終を黙って見守っていたコジュウロウタが、気になるの単語を聞いて問いを投げかけた。
「この方は筋金入りの拷問好きのようです」
「……?」
「私は他の方々よりも些か耳が良いらしく、聞こえないはずの音が聞こえるのです」
「まさか死びとの声が……!?」
「よく、わかりましたね」
当てられると思っていなかったダンテは苦笑した。――本当に面白いお人だ。
音だと言ったのに、迷わず声なのかと最初に訊いたのだ。
「貴殿から怒りを感じるのでな」
「理由になってませんよ」
「うぅむ、それは失礼」
「あなたは不思議な方だ。2度目になりますが、陛下が守れと命じた理由が身に染みて理解しました」
「褒めてもなにも出ぬぞ」
くしゃりと笑いながら照れ隠しに頬を掻く。
そして、別々の種族であるふたりは横に並び立つ。
共に同じ戦場を生き延びれば、もはやその者――戦友となろう。
コジュウロウタは幼い頃に言われた言葉を思い出し、隣に立つ戦友の顔に視線を向ける。
「某は、レグルス殿が目指す未来が必ずやって来ると信じている」
「全ての種族が共に――ですね。果てしなく遠い道のりです」
「たとえ地平線の彼方に求める理想郷があろうと、あのお方なら辿り着く。他の誰でもない、レグルス殿ならば必ず――」
レグルスが望む世界への1歩が着実に踏み出された。
それは不幸にも、破滅への道も同時に進んでしまっていた。
彼の者が事態に気付くのはもう少し後である。




