『乱入せり』
ふたりの剣聖が見上げた上空から飛来した巨大な物体は、砂煙と轟音を巻き起こして地面と衝突を果たす。
「――悪いな、邪魔をする」
やっと宿命の相手と巡り会えたギルシア。その宿命の相手として定められたバルム。彼らの意識は自然とそちらへと向くのだった。
そこから両者に聞き覚えのある声が届けられる。
「……これは陛下。そちらも楽しそうで何よりです」
序列3位を倒してから、転移魔法よりも確実だと言って大地の大剣に乗って飛んできたレグルス。
傷だらけの姿を見て、バルムは状況を察しつつも苦笑しながら冗談を述べた。
「おいおい、冗談はよしてくれ。あんたの相手と同等の厄介な奴を相手していたのだ。こう見えても苦労しているのだよ」
巨大な剣を土へと還しながら反論する魔王陛下。
「邪魔をするとは――」
雷撃が飛んでくるかもしれないのに悠長なものだ。いや、これは強者故の余裕なのだろうか。
「ん――汝はあの時の……ふっ、面白い。汝だったのか」
何かに対して納得したようにひとりで何度か頷くギルシアに、不思議そうに首を傾げるレグルス。
どんな理由があるかは定かではないが、〈隻眼の剣聖〉にとって一世一代の大勝負を邪魔された怒りは、何処かへと去っていくのであった。
さながら霧散する煙の如く。
しかし、代わりに彼の心を彩る――否、染めるものがあった。
「魔王自らが戦場に赴くなど、どのような風の噴き回しなのか。是非とも理由をお聞かせ願いたい」
「部下だけ戦わせ、己は座して待つなど退屈だからな」
お互いにまごうことなき敵同士。
律儀に答える義理はない。だと言うのに、レグルスはあっさりと返答した。
あまりの潔さにバルムが目を見開いたほどである。だがすぐに――これが選んだ理由なのですね、と口角を上げてしまうのであった。
前魔王フレズベルクが何故人間を選んだのか、長い時を共に過ごした者だからこそわかる心情があるのだ。
「などと格好良く言ってはみたものの……俺には合わないな。本当はもっと単純だ――失いたくないから。そう言うわけだから、そこを退いてくれると助かる」
あっけらかんとした態度で問いに答えられ、ギルシアは面食らう。
自分が想像していた〈魔王〉とは見た目も中身も違いすぎたからだ。
レグルスが〈魔王〉だと知った者の多くが同じ感想を抱いた。
人間よりも大きく、角を生やし、禍々しいオーラで身を包む恐ろしい存在を思い描かれているのだ。
人間側に伝わっている伝承や噂だけ聞けば、事実とは異なる方向へと転がってもおかしくはない。
それに間違っていると断言もできない。何故なら前魔王フレズベルクは彼らが想像する、末恐ろしい姿そのものなのだ。
現魔王のレグルスでさえ、初めてのご対面では冷や汗を流したくらいだ。
「失いたくないから……か。――解せんな。そう答える汝が、如何なる理由で我が国に争いを仕掛けた? 大事なものは守りたいが、争いを好む本能は抑えられないか。その行いが、自らの大切な者を危機に陥れると知らずに」
魔族への印象は、決して偏見ではない。
〈人間族〉ならば誰もが〈魔族〉を野蛮、または獰猛な種族と思っている。まるで獣のような、野獣のような種族だと。
両種族の見た目はほとんど変わらない。なのに、血に刻まれた本能とでも言おうか。
〈人間族〉ならば〈魔族〉を恐怖し、〈魔族〉ならば〈人間族〉を殺したいと願ってしまう。いや、行動してしまうのだ。
人間は狩りを行う。生きるために。
魔族にとって狩りの最高の獲物が彼ら人間である。
たた、それだけの理由だ。
「否定はしないさ。理由のひとつではあるからな」
「汝ら魔族が争い以外に望むものが存在すると」
「全員が本能に溺れていないと断言は俺とてできぬよ。だがな、逆に全ての魔族が本能に溺れたわけではない――それは断言できる」
お前ほどの人物が認める者も〈魔族〉にはいるのだ、とレグルスは続けた。
「もうひとつ言っておこう。戦争を望んでいたのは〈魔族〉だけではないと」
その言葉にギルシアは眉間にしわを寄せる。
「我らが汝ら魔族の如く、争いを望んでいただと?」
「そうだ。この俺が直々に断言してやろう」
刃を突きつけられても|レグルスは意に介さず、飄々とした態度で問いに答えた。
しかしながら〈魔王〉は、両種族の遺恨の深さは筋金入りだと理解させられていた。
主に〈人間族〉の〈魔族〉に対する偏見にも近い印象が極めつけだ。
彼自身が悪魔だの鬼だのと罵声を浴びせられたのが何よりの証拠だった。
狙って印象操作でもされているのかとも考えたが、やはり長い歴史が積み上げてしまった結果だと結論付ける。
「此度は俺たちがお前たち人間に、アインノドゥス王国に宣戦布告を行ったが、立場が逆になっていた可能性があるのだよ」
「戯けを――」
「少なくともお前たちの王は、争いを望んでいた」
ギルシアの言葉は遮られる。
飄々とした態度が一変。急にレグルスは威嚇する獣のように低い声で真実を語った。
「陛下が……あり得ん」
「何故断言できる? お前はその陛下の心中を全て知っているとでも言うのかね?」
「――っ!」
「王だけではない。お前とて強者との命を懸けた戦いを求めていたのではないのか? 違うのなら、我が剣聖と刃を交えた際に、あんなに楽しそうにしていたのは演技なのかな?」
立て続けに相手の痛いところを突く質問を繰り返した。
レグルスに言われ、先程までの自分を思い出して奥歯を噛みしめる。――この者の言う通りだ。当方は漆黒の剣聖との戦いに心を躍らせていた。
表情から己の行いを悔いているのが良くわかる。
真面目な奴が相手だと楽で助かる。そんなことを目の前に立つ〈魔王〉が考えているとも知らずに己が所業を懺悔する。
「なーに、気にすることはないぞ。闘争を求めるのは生物として当然の本能らしいからな」
再び〈魔王〉は口角を上げ、ギルシアに慰めの言葉を送った。
「――隻眼の剣聖、ギルシア・S・アイオン。あ、そうだ。丁度良い、俺も訊きたいことがあったのだ」
身構えたままギルシアは問いを待った。
真面目な剣聖を前にしてレグルスは感心する。
――この性格でよくもまぁ、今まで生きてこれたものだ。
不利な状況を招いたとしても、それを覆せるほどの実力があるのだろう。
「お前は何を守りたいのだ? 民か、それとも王か?」
――何のために戦うのか、ではなかった。
「無論、王国に住む全ての者だ」
「それはおかしいな。本当に守りたいなら俺とこうして長話をしている暇はないと思うのだがな」
「当方がここを離れれば王都が滅ぶ。これは王からの勅命、放棄することなど許されぬ」
「……」
刀の束を握る手に力が込められたのが見てとれた。
己が実力に慢心はしていないだろうが、叶うのならば方々の街へと駆けつけて民を守りたいと願っているのがふたりには伝わった。
〈隻眼の剣聖〉と呼ばれ、民からどれだけ讃えられようと、王国の騎士である以上、彼は国王の命令には逆らえない。
もしかしたら救えたかもしれない。守れたかもしれない。
自分さえその場にいれば――。
心中にどれだけの、どのような葛藤や後悔や懺悔があるとしても、彼はここに立っている。
それがギルシア・S・アイオンの――選択だった。
「……陛下」
堪えかねたのか、後ろで一歩身を引いて控えていたバルムが口を開く。
「――つまらぬ。何のために騎士なったのか、何のために剣聖と呼ばれるように、はたまたどのような経緯で刀を握るに至ったかは知らない」
バルムが敬意を払う相手だから言葉を交わしたが、ここまで挑発しても引かないとは予想外だった。
その行い自体は間違いだとは思わないし、悪くないと言える。
しかし、レグルスが気に入らなかったのはそこに立つ理由だ。
「言葉にできるほどの信念を持ちながらもそれを捨て去り、あまつさえ勅命だからと言い訳をするとは……剣聖が聞いて呆れるわ」
「ならばっ、汝は当方にどうしろと言うのだ! 王の命令を無視しろとっ、王都の民を見捨てろと言うのか!!」
「――良いことを聞いた。お前は仲間に信じず、頼ることをしない身勝手な奴だと」
ふたりの剣聖は、ここでようやく〈魔王〉の真意を悟った。




