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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『好敵手』

 まさしく光と闇の衝突。


 ふたりの剣聖の攻防は、周囲の空気を震わせ、大地を抉り、互いの同胞に恐怖を抱かせた。


 刃が交える度に世界が震えているような気さえしたのだ。

 衝突の際に生じる凄まじい衝撃波、彼らの領域に何者も寄せ付けない。


 まさに両種族の常識からの逸脱者同士が戦っているのである。


「〈雷刃衝〉!」

「――クク」


 彼らが行っているのは紛れもない命の奪い合い。


 なのに何故だろう。


 バルムも、ギルシアも――笑っていた。

 楽しそうに、嬉しそうに、無邪気ささえ感じさせる笑顔を見せた。


「――血湧き肉躍る、など、最近では陛下以来です」


 優勢だったバルムから距離を取った。


「ギルシア・S・アイオン。あなたへの敬意として……本気でお相手します。ですので、どうかあなたも悔いなきように」


 〈漆黒の剣聖〉の口元から笑みが消えた。


 本気でかかってこい。続きは言葉にしなくてもギルシアには伝わった。


 賢い選択をするのならば、ここで本気を出すわけにはいかない。

 ギルシア・S・アイオンは、王国の最後の砦と言っても過言ではないからだ。


 だが……彼は騎士である前に、刀を握ったひとりの男だった。


「我が行くは雷の如く覇道なり」


 ギルシアは眼帯を取り外し、瞼を下ろして刀を鞘に納めた。


 戻した刀を抜きながら詠唱を始めた。鞘から刀が抜かれていくと共に、彼の全身を迸る電気の強さが目に見えて強力になっていった。


「隼刃雷神流、抜刀――〈雷神〉」


 刀を抜き終え、正眼に構えるのと同時――雷を全身に纏いしギルシアは瞼を上げた。


 見る者に神々しさを感じさせる姿。

 手首と足首に白いリングを装着し、背中には手足のそれらよりも大きな円形の雷が浮遊していた。


「……似ている」


 その姿は、伝説に語られる〈雷神〉に見間違うほどそっくりであった。


「開放――〈魔剣グラムヘリター(神を屠りし魔の剣)〉」


 今度はバルムの番だ。


 一言告げると、魔剣が彼の言葉に呼応して、まるで脈打つようにドクンと動く。


 次の瞬間――周囲の人間や魔族は突風に吹き飛ばされた。


「うわあああー!」

「なんだなんだあ!?」

「お助けえー!」


 飛ばされながらも彼らが目にしたのは、雷撃の()と獄炎の()の激突。


 聖剣が纏う雷と、魔剣が纏う黒い炎が衝突し、周囲の空間を歪ませる。


 大地は抉れ、空が割れた。


「こ……こんなの……」


 彼らは自分たちと同じ種族なのか。

 当たり前のことさえ疑ってしまいたくなるほど、壮絶な戦闘が繰り広げられた。


「勢ッ!」


 斜め右上方からの振り下ろし。

 それを正面から受け止めるバルム。


 ふたりの間で、刀と剣がバチりと火花を散らしながら押し合って互いに相手を牽制する。


 力を緩めれば押し負けて、逆に入れすぎると利用される。


「ほぉ……では――」


 長年の積み重ねが成せる巧みな剣捌きで力の流れを操られ、ギルシアは体勢を崩し、若干の前のめり状態に陥る。


 こんなのは斬ってくれと言っているようなものだ。


「――ッ、くっ、まだだ!」


 ギルシアが纏う全身の雷が一際目立つ主張をした直後、彼の身体は雷撃として昇華された。


「――〈六芒雷閃〉」


 雷による分身が5人分生成され、ギルシア本人を含めて6人がバルムを中心に展開する。


 以前、レグルス(ノルン)が受け、〈四天影心流〉を使うきっかけとなった技である。


「6方向からの同時攻撃」


 刹那の際に〈漆黒の剣聖〉は相手のこれからの攻撃を冷静に分析。あまつさえ目を閉じるのだから、何を考えているのか行動が予測できない。


「――な、なぜ……?」


 〈隻眼の剣聖〉が何が起きたのかと疑問を言葉にするのと、雷の分身が消え去るのは同時だった。

 次いで、胸から腹にかけて火に焼かれるような熱を感じ、やがて痛みとなることで斬られたのだと認識した。


 口から乾いた音で血を吐き出し、数歩後ろへ下がったのはギルシアであった。


 ――見えなかった。


 ギルシアは思う。見えるはずの敵の動きが、見えなかった(・・・・・・)と。


 彼の〈聖眼〉――〈先見ノ眼(プロメシウス)〉は未来視の眼。紋様が現れない唯一無二の聖眼。


 そして、本来ならあり得ないふたつめの〈聖眼〉――〈真眼〉で視界外を見る。こちらが眼帯で隠していた方である。


 それら2種の〈聖眼〉の能力を組み合わせることで、死角を無くしていたのだ。


「ふっ……戦はやはり――こうでなくてはな!!」


 ギルシアの手のひらから放たれた無数の雷が、大地を駆け抜け、宙を舞い、あらゆる方向からバルムに襲いかかる。


 どう対処するかを今度こそ見逃さないように、距離を取って様子を窺う――それこそが無難な策と言えよう。


 しかし、ギルシアは踏み込んだ。


 ここで待ちぼうけなど許さない。


 ――誰が?


 もちろん彼自身がだ。


「ハアァァァァアッ!!!」


 その身を一撃の雷撃と成し、馬鹿正直にも真正面から突進した。


 避ける、往なす、受け流すなど楽な方法はいくらでも存在し、バルムほどの実力者なら容易く成し得よう。


 安全とおぼしき距離まで後退した〈魔族〉の味方たちもそう考えていた。真面目に相手をする必要がない。攻撃の後の隙が生じた時に止めを刺せば良いと。


「――これぞ」


 しかして現実はどうか。

 バルムは突進してくる雷撃を馬鹿正直に正面から受けてたったのだ。


「……ぐっ」


 前方に防御を集中したため、多方向から襲いかかってきた雷を全身に受け、火傷や切り傷などが数知れず。


 思わず眉を歪めてしまう痛みが、バルムの身体のあちこちが主張した。


 ギルシアは思う。――当方が求めていた強さは、こうなのだ。漆黒の剣聖バルレウスに感謝を。



 幼きあの日より、少年は強きに憧れ、弱きを恐れた。


 たったひとつの後悔を払拭するために。2度とあんな思いを味あわないために。


 手を伸ばせば届く。


 たったそれだけの勇気が出せなかった自分を許せないから、強くなると決めた。何処の誰よりも、生きとし生ける全ての存在より強くなるのだと。


 通ってきた道を振り返らず、強さだけを求めてただ前だけを見て歩みを進めてきた。


 道中、いろんなものを失った。


 故にここまで至れた。

 〈人間族〉の最強を名乗ることを許された。


 それとて彼からすれば通過点に過ぎない。


「当方は必ず勝利する。当方の敗北は――当方が許さない」

「……左様ですか。あなたの覚悟は相当なものであるとお見受けしました。ですが、私とて――負けられない」


 お互いの視線が交錯する。まるで火花を散らすかのように鋭いふたりの眼光。


 そして、憂いも、迷いもない表情。


 それぞれが、それぞれの決意を秘めているのだと、ふたりは改めて自分が戦っている相手の覚悟を知る。


 簡単には刃は納められず。


 例えば、どちらかが死ぬまで、ふたりは刀を、剣を納めることはないだろう。


 奇しくもふたりはレグルス(ノルン)が望む〈人間族〉と〈魔族〉の垣根を刃を交えることによって越えたのである。


「「――?」」


 さあ、これからだ――と言う頃合いを見計らってか、上空に気配を感じてふたりの剣聖は同時にそちらへと視線を移す。


「ふふ」

「なるほど……」


 バルム(ひとり)は苦笑し、もうひとり(ギルシア)は納得すると共にため息を少しだけこぼす。――悠久の時を過ごしたかったのだが、そうはさせないと言いたいようだ。

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