表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
154/285

『ふたりの剣聖』

 王都の城壁、正門前にてふたりは邂逅を果たす。


 魔族も人間も関係なしに、ふたりの間には誰も入ろうとしなかった。


 わかっているのだ。


 そこに割って入ろうものなら、それ即ち死を意味するのだと。


「久しいな、この胸の高鳴りは……。当方は〈隻眼の剣聖〉――ギルシア・S・アイオン。汝の名を聞かせていただこう」


 先に口を開いたのはギルシアだった。


 訊かずともわかるが、この相手には礼節を尽くしたいと勝手に身体が動いていたのだ。


 自分よりも昔から〈剣聖〉と呼ばれていた、敵でありながらも幼き日より憧れを抱いてきた人物が……目の前にいる。


 歓喜のあまり飛び上がりたい。


 感激のあまり膝を屈してしまいそう。


 形容しがたい感情が、昂りがギルシアを襲った。

 しかしそれらは決して不快なものなどではない。むしろ心地よいと思えた。


「〈漆黒の剣聖〉――バルレウス・ウィル・リンデベルトです。いやはや、私こそ光栄の至り。貴方とは一度、剣を交えてみたいと思っていたところでした」


 いつもの微笑みを浮かべて、バルムは迷わずに名乗った。


「陛下も罪なお方だ。周りの方々も始めたことですし、私たちも始めましょうか」

「ここは通さない」

「……では、力尽くで通りましょう」


 〈魔族〉は戦うことが好きな種族。


 常に冷静沈着を保つバルムと言えど、それは例外ではなかった。


 故に事前にレグルス(ノルン)の許可を得ていた。

 〈漆黒の剣聖〉バルレウスが本気で戦うために必須の〈魔剣〉の使用をだ。


 〈聖剣〉の対となる存在――〈魔剣〉。


 強大な力を秘めているが、人が剣を決めるのではなく、剣が主を決める特異な武器である。

 遥か昔から存在する遺物とされている。


「あれが、神をも殺す……〈魔剣グラム(神怒の剣)〉」


 バルムが背中に携えていた魔剣を構えたのを見て、ギルシアも刀を鞘から抜き去った。


 〈聖剣〉の中で唯一の刀――〈雷斬之村正(ライキリノムラマサ)〉である。


 故、魔剣をバルムが抜き去るのも自然であろう。


「いざ――参る!」


 先手を取ったのはギルシアであった。


 村正に雷を纏わせ、更には全身にも光を帯び、電光石火の如し速さでバルムへと斬りかかった。


 目にも止まらぬ速さ。

 瞬間移動にも似た、雷光(ギルシア)の一刀は敵を容易く貫く――はずだった。


「――ごはッ!?」


 片目の剣聖が、困惑と驚愕で胸をいっぱいにし、代わりに肺に溜められた空気と体内の血液の一部を口から吐き出した。


 彼の身体は飛ばされ、無様に地面を転がるかと思われた。が、自身の身体を雷に変換して体勢を立て直し、大地に2本の筋を刻みながらも踏み留まった。


「ぐっ――よもや……」


 移動し始めた段階では、バルムは剣を構えていなかった。だと言うのに、距離を詰めて斬ろうとした時には眼前に魔剣が迫っていた。


 仕掛けたはずのギルシアが、仕掛けられていたのだ。


「見事。他者ならば、両断されていたでしょうな」


 真剣な表情で相手に素直な称賛を送る。


 咄嗟の判断で魔力障壁を張っていなければ、彼の身体は上下に分かれていたことだろう。


「間一髪でしたが……」


 一度の攻防で、隻眼の男は相手の力量を理解した。


 そして、ギルシアは生まれて初めての感情を抱く。


 ――勝ちたい、と。


 人間の中で強者として位置する彼は、勝利することが当然となっていた。


 そんな強者が今はどうだ?


 たった一撃。たった一撃で〈隻眼の剣聖〉は敗北と死の両方を味わうところだった。

 当然の勝利を、ギルシア・S・アイオンは初めて、自ら欲したのだ。


 そして、相対するふたりの剣聖の周りにいる者たちは、種族関係なしにその手を止めていた。


 自分の身を守るために。

 それは敵からではない。


 他の誰でもない、彼ら――剣聖からだ。


 力と力の衝突には必ず余波が発生する。


 なればこそ、元の力が強大であればあるほど、周囲に与える影響は比例して大きくなるのが必然。


「斬られるのは、随分と久しいな」


 胸に刻まれた傷に手を添えながらそう言った。


 〈剣聖〉のギルシアに傷をつけられるものは数多くない。

 更に昨今は戦争があまり行われなかったことも加え、負傷するのは年単位で久しぶりだったのだ。


 ――戦いとはこうでなくては。


 ほんの少しの判断の違いが、手元の狂いが命を落とす原因となりかねない。

 まさに手に汗握る緊張感。死と隣合わせの争い。互いの手の読み合い。


 それら全てをギルシアは求めていた。


 不謹慎なのだと十分に理解しながらも、思わずにはいられなかった――つまらない。


 だが、目の前の人物は今まで戦ってきた誰よりも強く、敗北すら予感させてくれる。


 これを騎士に生きてきた男が喜ばずして何とするか。


「大地に響け、天に轟け、吼えろ雷鳴――〈青天の霹靂〉」


 振り下ろされた刀は、音を置き去りにした。


 後から追いかける役目の音と共に、縦一筋の光が戦場を突き抜ける。


 音よりも速く迫る光の正面に、バルムは逃げも隠れもせずに立っていた。


「斬れよ――〈闇空〉」


 穏やかな川の流れのような滑らかな所作で魔剣を振り下ろし、闇を放ち――光を両断した。


「ふっ――ぐぅッ!!」


 そして、ギルシアは雷を纏った刀で、手こずりながりも闇を断ち斬り消滅させた。


 刀を振り払った影響で生じた反対側の隙に刃が迫る。が、刀を巧みに操り、何とか受け止めることに成功した。


「ぬっ、重いッ」


 一撃一撃が、まるで巨大な鋼鉄と衝突しているかの如く手に伝わる衝撃。


 油断すれば、刀は壊れずとも吹き飛ぶのは理解できた。


 それが両手で振るわれていたならば、どれほど勝利への希望を抱けただろう。だと言うのに、現実は常に残酷である。


 生きる者に試練を与える。


 〈隻眼の剣聖〉は人生で一番の試練に直面していた。


 そう。

 バルムは魔剣を――片手で持っていた。


 ふたりの剣聖の、聖剣と魔剣の衝突により生じる余波は周囲の地面を容易く削り取る。


 その一回一回が、爆発のような破裂音を生じさせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ