『圧倒』
俺と言う名の盃から落ちた滴が波紋を描き、世界の状況を教えてくれる。
「何処でこんな数を用意したのかねぇ……?」
鎧に身を包んだ騎士団連中を丘の上から見下ろしながら呟く。
思えば、盲目のフィーネはどうやって周りの状況を把握しているのだろう?
今度訊いてみよう。
「まさかお兄様。真正面から迎え撃つ気じゃないよね?」
恐る恐る上目遣いでイーニャが尋ねてきた。
それに満面の笑みで返す。
「当然。俺は正面から受けて立つとも」
「…………やっぱり」
諦めたと肩を落とすイーニャに対して、アカネは決意に満ちた表情だった。
「ふたりとも気を付けろよ」
忠告しておきながら内心ではまずあり得ないと理解している。
シグマは必要ないと言われてしまったので解いたが、イーニャとアカネのふたりの傷は俺が肩代わりするようにしてある。
以前黙っていたのを怒られてしまったが、血の契約は俺が主導権を握っているのであいつらがどうしようと解かれることはない。
「まぁ、お前たち程度に傷つけられるふたりではないがな」
「魔族めぇ!!」
騎士が俺を取り囲んで剣を振り下ろす。
まるで動きが素人のようだ。
これでは単なる数合わせに用意されたただの駒だ。
「そういえば……」
俺としたことが忘れられていた記憶が呼び覚まされる。
奴らは国民から騎士として志願した連中なのだ。
「はあぁぁぁぁ!!」
隙だらけで、これでは殺してくれと言っているようなものだった。
俺を中心に球の形をした風の壁を形成。一気に弾けさせることで近寄ってきた騎士たちを吹き飛ばした。
「うわあ!」
「だあ!」
「でへ!」
とても正規の騎士とは思えない情けない声を上げながら無様さを丸出しで倒れる。
「イーニャの懸念はこういうことだったのか」
あいつらとっくの昔に気付いていたのだろう。
だから俺を試すために、あえてあんな回りくどい言い方をしたのだ。
俺に気を遣って、わざと確かめようなことをしたんだ。
我ながら勘違いも甚だしい。
後で謝らないとな。
「お前たちのような半端者で何とかなる相手ではないことを示してやろう」
深呼吸で精神と体内の魔力循環を落ち着かせる。
前方に展開する無数の魔法陣を見て笑ってしまう。
俺の情報は伝わっていないようだ。
あんなに暴れたのだから警戒しても良いだろうに。
それとも、あの程度は取るに足らない規模だと言うのだろうか。
「そっちが遠距離なら、俺も遠距離で対抗しよう」
騎士団員たちが展開した魔法陣と同じものを、同じ数だけこちらも展開させる。
「いっけぇ!」
「やっちまえー!」
「魔族を滅ぼせー!」
一斉にそれらから多種多様な魔法が放たれた。
しかし、その全てが消し飛ばされることとなる。
「なめるな――だはあ!」
「ハァッ!」
イーニャも騎士を蹴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりと順調のようだ。
あいつ、あんなに蹴るの好きだったか?
「来いよ、お嬢ちゃん」
「受けて立つぜ」
「可愛がってやるよ」
アカネの相手はどうやら下品3人衆のあだ名が似合いそうな連中だった。
「――フッ」
短剣を構え、次の瞬間には彼らはバタバタと倒れていった。
アカネはと言うと、一番後ろにいた下品の背後に移動していた。
以前より一段と速さが増したな。
「こちらですよ」
グリムのほうは面白いことになっている。
「こんのー!」
「当たれー!」
「避けるなー!」
これぞまさに圧倒。
まるで子どもと戯れる大人のように、グリムは襲いかかってくる騎士たちの攻撃をひらりひらりと躱わして見せる。
主に避けてばかりで、転ばせたりバランスを崩させたりなどの軽い反撃しかしなかった。
「楽しそうだな」
あいつの相手が可愛そうに思てくるほどに、見事に遊ばれていた。
グリム本人は楽しそうに終始笑顔である。
対して攻撃を当てられない周りの騎士たちは怒る者もいれば、どうして当たらないんだと嘆く者もいた。
「さてと――」
遠距離から魔法攻撃を仕掛けようとしていた連中の頭上に闇属性の精神汚染の魔法陣を展開する。
精神汚染と言っても、極端に物凄く落ち込むだけのものだ。
上空の紫色の魔法陣が怪しい光を放つと、意気込んでいた騎士たちは自責の念にかられて膝を折った。
予想通り全員には効かないようで、抵抗ができる者は引き続き平然と魔法攻撃を発動させている。
「怯むな! 攻撃し続けろ!」
「〈フレイムストーム〉!」
個人差はあると学んだが、実際に見るとこんなにも差が出るのだと実感する。
他の戦場も拮抗した場所もあれば、さっさと済ませて進行を再開している者たちもいた。
「予想より遅いな……」
こちらが優勢ではあるものの、全体的に進行具合が想定していたものより遅かった。
「とりゃああああ!」
不意打ちをしたいのだろう。
背後から掛け声と共に駆けてくる。
「ふんッ」
「――ごふっ」
素人の配分をあえてまとめているとしか考えられない。
戦場は徐々に王国へと迫っている。
進行が遅かろうと、状況通りこちらが優勢だと楽観視できたら良いのだが……誘われていると考えるべきだろうな。
敵の狙いは、俺たちを王国に近づかせること、或いは〈魔界〉から遠ざけること。
「とおっ」
「わからん」
「――ぎゃふっ」
「力みすぎだ。もっと肩の力を抜け、馬鹿者が」
「す、すみませんっ」
何故俺が敵の指導をしてやらねばならんのだ。
素直に謝る方もどうかと思うがな。
王国騎士団ではなく、ろくな訓練もしていない一般国民なのだから仕方ないか。
戦い大好きな〈魔族〉と違って、人間は戦いを嫌う者が多いはずだ。
気持ちが高揚しているのが丸分かりの我らが〈魔族〉と、それに怯える敵勢力。
これでは本当に侵略者だな。




