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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第七章 人魔対戦
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『戦場へ』

 俺たちが着く頃には、もう既に戦いは始まっていた。


 至るところで雄叫びと血渋きと爆発が起きて、騒音が周囲の空気を震わせていた。


 ――戦場。


 これが戦場。ここが殺し合いをする場所なのだと改めて思い知らされた。

 事前にアカネに血を飲ませておいて正解だった。


 単純な数では不利なこちら側だが、実力でその差を埋めていた。


「強くても、犠牲は出る」


 しかし、圧倒的とまではいかない。


 戦場にはだいたいが人間のものだったが、中には魔族の死体も転がっていた。


 鼻をつんざくような血と砂の匂いが辺り一帯に充満していた。


「ここは任せて、俺たちは先に行くぞ」


 とは言ったものの、完全に任せきって何もせずに通り過ぎるわけにもいくまい。


 薄情者に成り下がるつもりはないのでな。


「予定変更。味方陣営を援護。敵を半数以下に減らしてから次の戦場へと移る」


 優柔不断への道をまっしぐらで進んでいるような気がするのは杞憂だと思うことにしよう。


「前衛と後衛はそれぞれ扇型に広がれ」


 命令にしたがって陣形を組む。


 前衛は突撃し、後衛はそれらの援護。


 複雑でも何でもない妥当な陣形で対処する。


 俺たちの援護と魔族軍の尽力もあり、この戦場は簡単に片付くこととなった。


「制圧完了だな」

「やっぱり、何度経験しても慣れない……」


 人を殺める行為に消極的なイーニャ。


 しかし、これからも同じような戦場に向かうからこそ慣れなくてはと思っているのだろう。


「慣れなくて良い」


 下を向いて葛藤するイーニャの頭の上にぽんと手を置く。


「人殺しになんぞ慣れなくて良いんだ」

「でも……」

「何を隠そう、俺は慣れていない。未だに吐きそうになるのを我慢しているくらいだ」


 本当はそこまで酷くはない。


 他に方法はなかったのか、もっとうまくやれたのではないか。


 そんな多少の悔いが残る程度だ。


「そうなの?」

「冗談だ……半分はな」

「もう半分は?」

「察してくれ。今更後戻りはできない。もとよりするつもりもないが……。この手で命を奪った者たちに報いるためにも、俺は必ず目的を果たす」


 それ以外にやりたいことがない。


 やるべきことが見つけられないから。


 戦場で敵を殺し、味方を勝利へと導く。


 部下の〈魔族〉からは称賛され、敵の人間からは恨みを買う。


 戦争を始めた者の責務。負わなければならないもの。

 そう理解しているはずなのに、心の何処かでそれらの重荷から逃れられないかと模索している。


「あくまでこれは俺のわがままのようなものだ。だからイーニャ。お前がもし、無理をしているのならそれはやめてほしい」

「……」

「仲間に無理強いしてまで、己の目的を達成したところで、夢見が悪いだろう?」


 安心させようと笑いかけてみる。


「無理じゃない」


 と首を振って即答された。


「無理じゃないよ。ほんの少し考えただけ」

「何を?」


 訊いてから、訊くのはまずかったと後悔する。


「それは……あの人たちにも、大切な人がいたんじゃないかなって。帰りを待っている人たちの気持ちを考えたら……その……」


 泣きそうな顔をしながらイーニャは俺の問いに答える。


 やはり、お前はスパイや暗殺者には向いていない。


 何故なら、お前はあまりにも優しすぎるんだ。


 俺が気遣ってしまいたくなるくらいに。


「そういうのを無理してるって言うんだろうが……この馬鹿者が」

「痛い……」


 冗談っぽく軽く小突いた。


「敵について考え、罪を背負うのは命令を下す俺の役目だ。お前が気負う必要はない。だがしかしと言うのなら、いつでも話は聞こう。他者に話すことで和らぐだろうからな」

「お兄様……」


 急に上目使いになるので思わず身構える。


「な、何だ……?」


 もじもじと指をくっつけたり離したりする。


「何もないなら次に行くぞ」


 身を翻してイーニャに背中を向けた瞬間に、狙っていたと言わんばかりに飛び付いてきた。


「妹ならこれくらい許してくれるよね?」


 もう兄妹を演じる必要はなくなったのだが、イーニャが望むのなら今しばらくは続けてやろう。


「おやおや、仲がよろしいようで」


 ニヤニヤと両端を上げた口元に手を添えるグリムは、何故か敬語でそう言ってきた。


「大切な仲間だ。仲が悪ければ、旅もできんしな」

「――しかし、なかなか出てこないな」


 シグマが不満そうな顔をする。


 何が、とは今更だろう。


「戦場がバラけていても、こうも出し渋るとは思わなかった」

「え、なになに? なにが出し渋るの?」


 泣きそうな顔は何処へやら。


 イーニャの何も考えていなさそうな、いつもの能天気な声が俺たちに頭を抱えさせてくれる。


 同時に元通りになったのだと安心した。


「〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉の連中だ」

「あー」


 抱きついたまま納得したと頷くイーニャ。


 ――アカネよ、対抗しなくて良いから。


 反対側から引っ付いてくるアカネに心の中で嗜めつつも、本人には頭を撫でてやる。


 こいつらは似た者同士だ。


 アカネにしてみれば俺が父親で、イーニャが母親なのだろう。

 子は親に似るとはよく言ったものだ……。


 しかしだ、べつにイーニャに似なくても良いだろうに。


「戦力の分散をあちらからしてくるとは思わなんだ。守護者たちを出さない理由があると考えるべきだな」

「戦況が変われば、渋る理由もなくなるよ」


 グリムがそう言うと、応えるように事態は動くのだった。

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