『開戦』
――待っていた。
そう言わんばかりの早さで返事は来た。
もちろん受けて立つ、と。
今度こそ愚かな魔族どもを葬り去ると伝えられた。
「ならば、楽しみにしている。そう伝えてくれ」
「陛下、生かして返すのかい?」
玉座に座る俺に、ルシファーが不敵な笑みを浮かべながら訊いてきた。
物騒な言葉に王国の使者は眉をピクリと動かす。
「お前は俺を残酷主義者だと思っているのか? 首を送ったところで、奴らには響かぬよ」
ふぅと安堵する使者に笑いかけてやる。
「さぁ、戻って伝えるが良い」
「承りました」
一礼してから使者はそそくさと立ち去っていった。
「戦争が始まったら山ほど殺すのだ。今から焦って無駄な体力を消費するのはお断りだ」
「レグルス陛下はずいぶんと慎重になったねー」
見た目が10歳くらいの少年の〈純真悪魔〉――ロアン・デーモンリアクがクククッ、と不気味な笑みを浮かべながら言った。
「慎重……そうかもな。では、俺とは違って慎重さの欠片もないロアンに命ずる」
「お? お? お? なにかななにかなー?」
皮肉は効かず、楽しそうに笑顔で命令を待つロアンに苦笑する。
「敵の先行部隊が船に乗り込もうとしている」
「じゃあ、隊列を乱せばいいんだねー」
「はっ、何を戯けたことを」
「んー? 違うの?」
ロアンの予想を軽く一蹴したからか、笑顔で殺気を飛ばしてきやがる。
やる気は十分。
試すまでもなかったな。
「先行部隊に用はない。全ての船を沈め、乗船している全ての人間を――殺せ」
「…………フフ。フフフフフフフ……最高だよレグルス陛下」
片手を顔に当てて不気味な笑いをこの場にいる皆に届けた。
とても嬉しそうに、少年には似つかわしくない悪魔のような笑顔だった。
「ただし、条件がある」
ロアンの笑いがピタリと止まる。
「なに?」
笑顔を崩して睨み付けてくる。
来るお楽しみの邪魔をするなと言いたげだ。
「標的は〈人間族〉のみだ。他の種族が乗っていた場合はひとまず殺すな。奴隷か否かを確認し、もしそうなら助けろ。違った場合、敵対してくる奴のみ殺せ。それ以外は陸に捨て置け」
「それって――」
「判断はお前に一任する」
ロアンの言葉を遮ってやった。
敵対の判断は誰がするのかと言いたいのだろう?
「レグルス陛下。ボクはアナタのこと、好きだけど嫌いだよ。好きが勝ってるから従うけどね」
踵を返して部屋を出ようとするロアンだったが、扉の前でこちらを振り返った。
「ねぇ、レグルス陛下。この戦争が終わったらさ、ボクと決闘しようよ。じゃなきゃ――」
ロアンの顔の真横を掌くらいの大きさの光の剣が通過した。
「俺に2度も同じ事を言わせる気か? 選ぶのはこの俺だ。お前は黙って命令を遂行すれば良い。任務の成否で報酬は変わるから安心しろ」
「……わかったよ。やってやるよ!」
殺気と一緒に魔力も飛ばしやがって、部屋のあちこちにひびが入ってしまった。
「見てろ、絶対に成功させてレグルス陛下にボクと決闘させてやるから」
そう言い残して今度こそバタンッと勢い良く扉を閉めて出ていった。
まだ終わっていないが……仕方ない。
気持ちを切り替えて次だ次。
「ダンテ。お前にはとある村の守護をやってもらう」
「守護、ですか」
〈地獄奏者〉――ダンテ・ヴィ・ヴァンタレイ。
人間の俺を最初から〈魔王〉として扱った人物だ。
序列だけならロアンよりも低いとされるが、それは相性の問題だ。
ロアンが一対一に秀でているのに対し、ダンテは対多数に秀でているのだ。
勝敗が気になるのは確か。かと言え、戦わせてどちらかを失う事態になるのは困る。
とか建前では戦わないように仕向けているが、決闘を禁止していない。
戦い大好きの魔族をこれ以上縛り、反乱でも起こされたら面倒だと結論を出したからだ。
だが、意外にも今のところは私闘の知らせも届いていない。
仲が良いのか、悪いのか、さっぱりな連中だ。
「――陛下?」
「――あ、ああ、守護だ。人間を守るのは不服だろうが、あの村には人間以外の種族もいてな。他の種族との良好な関係の標にしようと思っている」
そこで俺は立ち上がった。
「敵を倒すことだけが戦いではない。味方を守ることも重要なことだ。本来ならば俺がやるべきなのだろうが、正面から直接王都に乗り込む故、お前に託す選択をした。他の連中では、命令を無視して人間を襲いかねないのだな」
「それは……信用していただいている、と言うことでしょうか?」
真意を確かめるように問いかけるダンテ。
「捉え方は好きにしろ。役目を果たせ。俺が言えるのはそこまでだ。実行するもしないも、お前が選ぶことだろ?」
「――かしこまりました」
理由はわからない。
忠義に生きる人物がいるのは知っている。
それこそ人間の中には主に一生の忠誠を誓う者だって珍しくない。そう――人間なら、な。
こと〈魔族〉は自己中心の考えが基本だ。長い年月、殺し合いが日常だった彼らの本能なのだろう。
だからこそダンテのように忠義を示し、それに喜びを感じられる魔族は少ない。
他の〈七ノ忠臣〉の連中は俺が強いから、面白いから、など従う理由は他にあるのだ。
それ故に頼ってしまうのかもしれない。頼りきって裏切られたらどうしようかね。
〈魔王〉になってから頭を抱える悩み事は毎日のように増えていく一方。
同時にそんな物騒な日常が楽しいとも感じている俺は、もはや魔族に染まっているのかもと苦笑せざるを得ない。




