『宣戦布告』
旅が終わり、〈魔界〉に戻ってきてから月日は流れ、明日には〈アインノドゥス王国〉に対して宣戦布告を行う。
戦争の準備はバルムの指示のもと、着々と進められていた。この様子だと予定よりも早く終わるだろう。
経験のない俺よりも適任だと思って抜擢したが、どうやら正解だったようで何よりだ。
なら、〈魔王〉なる俺が何をしているかと言うと、ぼーっと特に意味もなく暗雲に満ちた空を見上げた。
昼も夜も変わらない空に懐かしいと感じ、俺はやはりこちら側の生き物なんだなと認識する。
「……はぁ……」
今日起きてから何度目ともわからないため息が口から吐き出された。
考えるべきことはたくさんある。
だが、時にはこうした何も考えない時間を欲してしまうのだ。
「人間、だからかな」
人間であるが故に、俺を〈魔王〉と認めない者たちが〈魔族〉の中にいるらしい。
バルムら〈七ノ忠臣〉が抑えてはいるが、いつまで抑えられるかどうか……。
これに関しては簡単な解決方法がある。
〈魔族〉とは良くも悪くも実力主義の種族だ。
だから力を示してやれば良い。
――俺はお前たちよりも優れている、と。
その機会も手配済みだ。
他にも〈魔王〉の責務は山積みだ。
実際はそれら全てに解決策を既に行使、または提案は終わっているからこんなにのんびりしていられる。
正しくは終わらせた、と言うべきなのかもしれない。
こうしてひとりになる時間が欲しかった。
「リュウヤとカグラは行ってしまった」
あのふたりらしいと納得はしている。
だが同時に、共に歩めたのかもしれないと望まずにはいられない。
「……楽しかった。そうだ、楽しかったんだ」
記憶を失って、召喚されて、魔王になって、旅に出た。
その旅が、とても楽しかったんだ。
「…………」
いつからそこにいたのやら。
気付いたら隣にフィーネがちょこんと立っていた。
「俺はフレンに召喚されてからかなり強くなった。記憶を失う前からそれなりの実力を持っていたおかげだけどな」
たとえ記憶として覚えていなくても、身体が経験として様々なことを覚えている。
命のやり取り。
戦いならそれが顕著に現れる。
記憶を失う前から俺は今みたいに戦っていたのだろうと予想ができる。
残念ながらさすがに理由まではわからないけどな。
でも、誰かのために戦っていた――。
根拠はないのにそんな気がするんだ。
「死んだらそこで全てが終わる。俺は蘇生魔法が使える。……だが、それは条件付きの不完全なものだ」
〈流転する鎮魂歌〉を使った連中のことを思い出す。
「我ながら、人間とはかけ離れた強さを持っていると自負している。なのに……完全な蘇生は叶わない」
手を軽く握る。
まるで掴むことのできない空気を握ろうとするように。
「俺は他者の生き死にを、命の在り方を自分の力でどうにかできると考えていた。だから戦争を起こして、たくさんの命が失われようと蘇らせれば良いと」
理想と現実は別物だ。
叶えたい理想が、叶えられる現実だとは限らない。
そんな幼子でも知っているような当たり前を、俺は忘れていた……忘れようとして認めなかった。
「目を閉じれば殺した者たちの叫びや嘆きが聞こえてくる。軽んじていた代償として、俺は殺した者たちのことを忘れられないのだ」
人を殺める。
命を奪う。
未来を閉ざす。
その行為がどのようなものなのかを知った。
「俺はこれから先、多くの命を奪うだろう。人々から恐れられ、部下にすら恐れられ、いずれ世界から恐れられるかもしれない」
だから何だ?
だから歩みを止めると?
諦めると言うのか?
――否。違うさ。
どんな代償を払おうと、どんなに苦しもうと、俺は必ず成し遂げると誓った。
「仲間を、友を、大切な相手を殺そうと、俺は止まらない……いや、止まれないのだ。俺によって殺された者たちに報いるには、遂げる以外は赦されない」
他者の命を奪った者の宿命、とでも言うべきか。
「いったいどんな結末を迎えるのだろうな」
まだ見ぬ未来へと思いを馳せる。
血にまみれる道がそこにはあった。
「何かを得るためには、何かを失わなければならない。記憶を失っても焼き付いたように残る言葉」
過去の俺は、今よりも辛い苦しみを味わったのだろうか。
叶うなら過去の自分と話してみたいな。
「心に留めつつも、俺は否定する。やはり、傲慢な〈魔王〉としては、失うなんてお断りだ。何も失わずに、欲しいものを得る。それが〈魔王〉に相応しい」
翌日。
〈アインノドゥス王国〉へと宣戦布告を行った。
その選択が犠牲を招くとも知らずに、〈魔王〉に選ばれた己の義務と信じて選択した。
もしこの世界に神という超常的な傍観者がいるとすれば、さぞ面白い見物になったのだろう。




