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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『ふたりで』

 翌朝、ふたりの寝覚めは悪くなかった。

 誰かに起こされる訳でもなく、自然と目を覚ましたのだ。


 昨日ふたりで悩んで、考えて、話し合って決めたこと。


「ふぅー。なんか、変に緊張するな」

「うん。こんな気持ち、今日だけにしたい……」


 こぼれる弱気な発言をお互いに苦笑し合う。


 後悔はしないかと問われれば、口をつぐんでしまうくらいの葛藤が彼らの中にはまだ残っている。


 たとえ少年少女が迷っていても、いつもなら待ってくれるであろうノルンを、今回ばかりは待たせることは許されない。


 何故ならそれは、自分たちを信じてくれるノルンへの裏切りにも等しいからだ。


 この先、自分たちの選択によって刃を向ける相手になろうとも、誠心誠意尽くしたかった。


「行こう」

「うん」


 ふたりはどちらからともなく、手を繋いでいた。


 そして、ひとりで待つレグルス(ノルン)のもとへと歩みを進めた。




 川のほとりで水面に反射する星空を眺めていた。


「――決まったのか?」


 背中を向けているレグルス(ノルン)に、リュウヤは頷いて返事をした。


「決めた。すんごく悩んで、考えて、ふたりで決めた」


 勇者のふたりはお互いに視線を交わす。


「水面に映る景色は偽りか」

「どういう……」


 唐突に発せられた意味深げな言葉に首を傾げるリュウヤ。


「ふと思い浮かんだだけだ。深い意味があるのかどうか、俺にもわからん」


 本物の星空を見上げ肩を震わす。


「旅は楽しかったか?」


 問いかけながらもレグルス(ノルン)は振り返らなかった。


 その意図を察したカグラが先んじて返事をする。


「とっても楽しかったよ。たくさんこの世界のことを知れたし、強くなるために身も心も鍛えられた。あなたのおかげでね」

「だな。ノルンがいなかったら、俺たちは今頃野垂れ死んてたぜ。ほんと、ありがとな」


 笑顔でふたりは答えた。


 背後に立つ勇者たちから伝わる気持ちをレグルス(ノルン)しかと受け取った。


 川のせせらぎが周囲を支配し、彼らの心に安らぎを与えた。


「初めは好奇心だった。敵になり得る〈勇者〉などと仰々しい奴はどんな姿で、どれほどの実力者なのだろう」


 〈勇者〉ふたりのもとを訪れた理由は他にもある。が、ここでは語るまい。


 必要最低限の事柄のみを伝えれば十分だ。


 多く語り過ぎればお互いにとって無駄な時間となってしまう。

 そんな余計なものは避けたかった。


「実際に会いに行ってみれば、いきなり魔物と戦っていると来た。思わず笑ったよ、あいつらは何をしているんだとな」


 初めて会った時の光景を思い出す。


「あ、あの時はまだ、あれだ、初心者だったからな」


 空を飛ぶ〈ワイボル〉に雄叫びを上げて勇猛果敢に突進していく明らかに馬鹿な少年の姿を。


「初心者でも後先考えずに突っ込みすぎ」


 暴走する少年を渋々戒めさせられる特徴的な服装の少女の姿を。


 ――邪魔者になりそうなら殺す。


 そう考えていたはずなのに、レグルス(ノルン)はいつの間にか加勢をしなければと思考が切り替わっていた。


「あの頃と比べると随分とましな動きになったものだ」

「当たり前だろ? なんたってシグマとライスターに鍛えてもらったからな。強くなるに決まってるじゃん」

「あれー? シグマさんに剣を教わり始めの頃はかなり苦戦してたような気がするんだけどなー」

「うっ、うるせえー」


 両腕を上げて、威嚇する獣のように吠えるリュウヤ。


 それに焦ることなく余裕に笑い返すカグラ。


 下手をすれば本当に〈ワイボル〉との戦いで死んでいたかもしれない。その事実をふたりは今となっては重々承知している。


 無知と無謀。


 そんなふたつの弱者特有の要素を併せ持っていた頃より、彼らはしっかりと成長したのだ。


「ふふふ。相変わらず賑やかだ」


 それでも変わることばかりではない。


 賢明で思慮深いカグラでも手を焼かせてしまう、素晴らしくも馬鹿正直なリュウヤ。


 そこに焚き付け役のイーニャが混ざれば、見事に火に薪を焚べるようなものだ。


 いつもいつも飽きもせずに騒がしい連中を諌める役を、レグルス(ノルン)かシグマがやっていた。

 アカネはどちらにもなる存在だと皆が認知しており、今日はどっちかなと密かな楽しみでもあった。


「まぁ、楽しいこともあったけど……逆に辛いこともあったぜ。法儀国、だっけ? そこが攻めてきた時とかはかなりやばかった」


 あれはきつかったとリュウヤは苦笑いを浮かべて頭をかく。


「歴史の授業とかで習った戦争ってのが、こんなにもやばいものなんだって知った。俺らが住んでいた世界がどれだけ平和だったのかも……」

「ここではああ言うのは当たり前(・・・・)。私たちにはとてもじゃないけど、簡単には信じられなかった」

「人が目の前で殺し合ってバタバタと死んでいくんだもん。信じさせられたって感覚」


 戦場の悲惨な光景を思い出して表情を曇らす。


 戦争とは縁がない生活を今まで送ってきたリュウヤとカグラにとって、この世界の常識を無理やり知らしめる出来事となった。


「あれからずっと考えてた。〈勇者〉ってのはなんなんだろう、なにをするべきなんだろうって」


 リュウヤは無数の星々が瞬く夜空を仰ぎ見て、それらを掴もうとするように手を伸ばした。


「馬鹿な俺には結局はっきりした答えは出せなかった。だから、あんな戦争が起こらないような世界にしたいって思ったから、そうしようって決めた。方法はカグラに任せて、実行するのは俺、みたいな感じでさ」

「馬鹿に作戦なんて考えさせたら、命がいくらあっても足らないから」

「ははは、違いない」


 悲惨で残酷な現実を目の当たりにした〈勇者〉がどうなることかとレグルス(ノルン)は気を配っていた。


「おい待て。俺は馬鹿じゃないし」

「自分で言ってたじゃん」

「自分で言うのはいいんだよ」


 杞憂に終わったのは言うまでもない。


 たとえ落ち込んだとしても、彼らは自分たちで立ち上がる術を覚えたのだ。


 皮肉だが、そのきっかけとなった〈法儀国カイゼルボード〉には感謝するべきだろうか、と口角を上げるレグルス(ノルン)だった。


「それって認めてない?」

「あ……とにかくだ、俺たちは決めたぜノルン」


 話の誤魔化しついでにレグルス(ノルン)へと向き直るリュウヤ。それに倣ってカグラも体の向きを同じ方向へと変えた。


「では、問おう。お前たちは俺と共に行くか、それとも王国と共に歩むか」


 レグルス(ノルン)もまた、彼らの方を向いた。


 揺るがぬ意思を宿した瞳の少年少女の姿がそこにはあった。


 答えを聞くまでもない。

 既に決意は、意志は、覚悟は伝わっている。


 しかし、それでもあえて彼らの口から聞いておきたかった。


 けじめとして。


「俺たちは――〈勇者〉として〈魔族〉と戦う。人々の希望の象徴として、諸悪の根源である〈魔王〉レグルスを倒す。これが、俺とカグラのふたりで出した答えだ」


 〈勇者(リュウヤ)〉の瞳を真正面から見つめ返す〈魔王(レグルス)〉。


「全力で倒しに来い――〈勇者〉」

「全力で倒してやるよ――〈魔王〉」


 互いに突き出した拳を軽くぶつける。


 雌雄を決したふたりとは思えないほど清々しい表情だった。カグラは、この時のふたりの顔を一生忘れないだろう。


 進む道が同じなら、親友や心の友と呼ばれる存在になっていたであろうふたり。


 彼らは運命や神の悪戯なる、人智を超えた力によって戦うのだ。


 そして、この時こそ、その定めをふたりが受け入れた瞬間であった。

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