『悩み悩む』
「うだぁぁぁぁぁぁぁ、どうすればいいんだぁぁぁぁぁぁ」
レグルスから告げられた真実を聞かされた後に、彼ら勇者ふたりは選択に迫られていた。
このままレグルスについていくか、それとも敵対するか、はたまた逃げ出してただの人間として生活するか。
いつもリュウヤがうるさくしていると怒って止めるようなカグラでさえ、今日はそっちにかまけている余裕がない。
とは言え、先程までよりは比較的落ち着いた方だ。
「はあぁ……」
ノルンが実は現魔王のレグルス・デーモンロードと聞かされた時、リュウヤは口が開いたままに。カグラは府に落ちていた。
魔族で最も強い者が選ばれる〈魔王〉ならあれだけ強くて当然だと。
「リュウヤはどうするの?」
「それがわかんないからこんなに悩んでんじゃーん」
情けなさを隠そうともせずに晒け出す少年を前に、カグラは顔を手で覆った。
――リュウヤに訊いた私が馬鹿だった。
「でもよ、これだけははっきり言える。ノルンは悪い奴じゃない。方法は納得できないけどさ、王国と戦争をするのにはなんか理由があると思うんだよなぁ」
深い考えや理論が導き出したものではなく、彼の直感がそう断言させた。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきて、加えてそれに助けられたことがあるカグラだからこそ否定できない。
そして、自分も同じ思いを胸に抱いていたとすれば尚更だろう。
「でも、その理由を話さなかったよ?」
「俺たちにも話せない理由なんじゃないか? もしくは気を遣ってくれたとか」
はっきりとはせずに、少年は不器用なりにあやふやな表現で気持ちを伝える。
「気を遣う……それ、もしかして話したら私たちがノルンたちを選ぶかも知れないからってこと?」
他の人には伝わらないとしても、少女だけはしっかりとその思いを汲み取れた。
昔から数えきれないほど繰り返されてきた行程だ。
「だと思う」
リュウヤは考え込むように顎に手を当てながら頷いた。
「リュウヤはさ、王国の歴史について勉強したりした?」
「するわけないじゃん。異世界に来てまで勉強はしたくないー」
嫌々と首を横に振るリュウヤにいつもの調子に戻ってきていると、カグラは少し安心して微笑みかける。
「この王国、アインノドゥス王国はね、大昔から何度も魔族と戦争をしてきたの。魔族はもともと数が少なかったから、能力面で劣っている人間でも数で押せばなんとかなると考えていたみたい」
以前、水の都で読んだ書物の内容を思い出しながら、少年にもわかるように簡単な表現に置き換えながら説明した。
「その結果、拮抗状態がとても長い間続いた」
カグラの分かりやすい説明なら、大嫌いな勉強でもリュウヤはいつも真面目に聞くのだ。
「でも、ある時期を境にお互いの領域、つまり人間界と魔界に足を踏み入れなくなったの。詳しくはわからないけど、噂では魔王が国王と取引したとか言われてる」
「魔王……ノルンか?」
「ううん、違う。その時の魔王の名前はのる――違った。レグルス・デーモンロードじゃないの」
「じゃあ誰だよ」
先を早く聞かせろと催促してくるリュウヤに苦笑を返してから話を続けた。
「――フレズベルク・デーモンロード。初代を除けば、歴代最強と謳われた〈獄炎の魔王〉の異名を持つ魔王よ」
「獄炎の魔王……なんだよ、悔しいけどちょっとかっこいいな。ん? ノルンじゃない、てことは――」
「たぶん……というか、確実に変わったんだよ」
噂をすれば何とやら。
――今頃、魔王フレズベルクはくしゃみをしているかもしれない。
そんなとてつもなく馬鹿げたことを、真剣な表情で思い浮かべて見せるのがリュウヤ・トウジョウという勇者である。
「ノルンは何代目になるんだ?」
「伝えられてる情報が正しいと仮定するなら7代目ね」
「ラッキーセブンじゃん」
「馬鹿言ってないで、これからのことを考えなさいよ」
言われてから忘れていたかのように口笛を吹くリュウヤに、思わずため息をついてしまう。
「――仲がよろしいのですね?」
「うぇ!?」
「誰!」
無様な醜態を晒すリュウヤ。
機敏に反応して杖を構えるカグラ。
そんなふたりに優しく微笑むグリムだった。
「驚かせて申し訳ありません。あなた方がどのような人物なのか気になったもので」
「敵になるかもしれないから、情報を仕入れておきたいのね」
「否定はしません。ですが、興味があるのもまた本心です」
グリムは発言通り嘘偽りのないふたりへの興味があった。
カグラがレグルスに訊いた――なぜ自分たちを助けて強くしたのか。
彼もまた、それに疑問を抱いたひとりだったのだ。
窮地を助け、一時を共に過ごして情報を得る。
敵から信頼と情報を得る方法の一つだ。
だが、だとしても期間が長くないだろうか?
レグルスほどの慧眼の持ち主なら、とっくにふたりの性格や力量などは把握していて良いはず。
なのに彼らはこうして生きている。あまつさえ選択の猶予さえ与えたのだから、気にならない方がおかしいだろう。




