『相変わらず』
どちらに負けたいか。
俺かフィーネのどちらかに勝つ可能性は皆無と言って良いだろう。
ならば同じ無様なら、自分が選ぶ無様の方が良いのではないか……そう考えたのである。
これが数年、あるいは数十年先ならば結果は決定的ではなく、選択しも増えていたかもしれない。
だとしても、少なくとも今は彼らに与えられたものは敗北のみ。勝利には遠い現実である。
「負ける前提かよ……認めない。可能性が0じゃないならオレはそれに全力で挑む。諦めたら何もかも捨てることになってしまうからな」
たとえ頭では先が予測できていても、心では少ない可能性に懸けてしまう。
「なら、どちらを選ぶ?」
「決まっている。オレは貴様と戦うぞ、ノルン」
「では……」
真っ向からオレを見るマクシス。
なので必然的にトールの相手はフィーネになった。
「展開――〈光覇流剣〉」
マクシスの周りに6本の光輝く剣が生成される。
以前戦った時にも使われた、たとえ躱わしても自動で追いかけてくる難儀な剣だ。
数も増えてるし、精度も上がっていると考えるべきだな。
だがな、それを使えるのはお前だけでないのだよ。
「展開――〈影刃〉」
俺の影から煙のようなものが立ち上ぼり、それが刀の形を形成する。数はマクシスのと同じ6本にしておいた。
強度や性能を試したいからな。
いや、1本追加でマクシスの相手をさせよう。
と言っても俺が操る、つまりは遠隔操作だ。
さて、フィーネの様子でも見てみよう。
「ハァッ!」
「……」
思わず無表情になってしまうな。
力の差が歴然ではないか。
トールがどんなに攻撃を仕掛けても、武器も抜かずに軽くいなされる。
持ち前のセンスの良さで反撃の機会を与えないように立ち回ってはいるが、フィーネは一歩たりとも動いていない。
これは防ぐのに手一杯でというより、動かなくても良いと判断しているからだ。
「……集中すれば良いのに」
あれは不意打ちやら罠を警戒しているのではなく、マクシスのことを気にかけているのだろう。
目の前の相手に意識を全面的に向けられていない。
そんなことでフィーネに勝てると思っているのか?
「よそ見をしている場合か!」
「余裕があると言ってくれ」
6本の光の剣と共に突進してきたマクシスを、7本の剣を駆使することで難なく受け止める。
しかし、フィーネのあれはどういう仕組みなのだ?
トールがダガーを前後左右様々な方向から投げるも、決してフィーネに到達しない。その直前で勢いが消え、地面にぼとりと落ちるのだ。
空気の壁や、風で勢いを相殺しているかと目や耳を凝らしてみたが、何も見えなければ音も聞こえなかった。
「…………おや?」
よそ見をしている間に、どうやら面白いことになっているようだ。
「麗剣も俺と戦いたいのか?」
麗剣の導くまま、マクシスがそれを地面に突き立てると光の棒が天高く聳え立った。
数は7本。
俺の影の刀と同数だった。
予想通り、ものの見事に俺の刀たちが光の棒に貫かれているではないか。
「残るは貴様だけだ」
「だな」
マクシスの言葉に答えながら指を鳴らす。
すると、俺に飛んできていた光の剣の全てが砕け散った。
「――〈解放〉」
貴重なフィーネが戦う姿を見るのを邪魔されては困る。
「やっぱり……スゴいな」
口角を上げてマクシスは称賛する。
褒めたって何も出ないぞ。
「来い――〈黒華〉」
呼び声に応えて何処からともなく俺の手元に漆黒の鎌が出現する。
「カタナを使うほどでもないと」
鎌を見ながらマクシスは悔しそうに呟く。
実践訓練を積みたいだけなのだが、そうとも言えるなと思い否定はしなかった。
「さてな。お楽しみだ――」
「はや――んなっ」
「相変わらず」
距離を一瞬で詰めて、鎌を振り払うと見せかけて手を離すと回転しながら飛んでいった。
そちらにマクシスの意識が向けられた隙を突いて腹に拳の一撃を放つ。
「ガハッ――」
「常識に囚われ過ぎだ」
魔力の込められた空気が鉄の塊の如く衝撃を与えた。
「相手が武器を持っているからって、それを使うとは限らないだろ?」
嘲笑しながら、地面を転がるマクシスに説明をしてやる。
鎌を手元に呼び戻して追撃を仕掛けようとしたが、麗剣が行く手を阻んだ。
「この先は行かせないと……。善い主を見つけたようだな」
何故だろう。
たったそれだけのことがとても嬉しい。
「ぐ……ふぅ……かは、こほッ……」
咳き込みながらも立ち上がるマクシス。
悲しいかな。俺の意識はそれで我に返された。
「まだ立つとは……たいした奴だ」
諦めの悪さはリュウヤに似ている。
〈勇者〉となったリュウヤ。
〈麗剣〉に選ばれたマクシス。
本当に似たような宿命を背負っているのかもしれないな。
伝承が正しいと仮定するなら、〈勇者〉は〈魔王〉を倒すために存在する善の存在。
対して〈麗剣〉は善と悪のどちらも主に選んだ記録が残されている。
しかし、麗剣の全ての主には共通の事項がある。
それは良くも悪くも――世界を揺るがす存在だと言うこと。
「お前はどちらなのだろうな」
鎌を握り、立ち上がるマクシスを見下ろす。
「そろそろ終わりだ、マクシス」
「いーや、まだ終わらない。勝負はこれからだ」
麗剣が主を支えるべく飛んでいった。
立っていられるのもあと数秒程度だ。身体の魔力の流れに細工をしたからな。




