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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『壁』

 俺は全てを知っているわけではない。

 全知の神様ではなく、魔王なのだから。


 世界は時間を確実に刻み続ける。


 それをこんな形で実感させられるのは何度目なのだろうか。


「よくもまぁ、短い期間でここまで仕上げたものだ」

「あなたのおかげで、自らの未熟さを学びましたから」


 だが何故だ、この違和感は。


 マクシスは以前よりも着実に強さを増していた。


 数度の打ち合いでそれは身を以て味わう羽目になった。


「いつまでも加減をしていては、オレ――いや、オレたちが勝つぞ」


 違うな。

 マクシス本人にではない。


 俺は麗剣に違和感を……?


 マクシスとトールのコンビネーションは、まるで心が通じ合っているように巧みなものだった。


「寝言は寝て言え」


 それでも俺とふたりの実力差は埋まらない。


 確かにその事実は揺るぎはしまい。


 しかし、これは――。


 俺は抱いた違和感の真意を確かめるべく、後ろに飛び退いてふたりと距離を取った。


「麗剣よ、何を恐れている?」

「貴様……なにを」


 突然麗剣に話しかける俺を、マクシスは困惑した表情で見つめる。


 代わりにトールは警戒を解かない。


「お前が認めた主は、お前が過保護に守ってやらなねばならない軟弱者か?」


 ようやく俺が何に話しかけているのかを理解したマクシスが目を見開く。


「まさか……麗剣に?」

「油断するなマクシス」


 麗剣は反応を示さない。


 トールが先行し距離を詰める前にダガーを投擲。


 最小限の動きで弾くが、キラリと不審な輝きが見えた。


「おっと危ない」


 ただ投げられたにしては、明らかにおかしな動きのダガー。


 種はダガーの束から伸びる目を凝らせば微かに見える程度の糸だ。


「〈颯死網縛〉」


 ダガーがふわりと舞い数を増やしたように見える。残像を残したのかと思ったが違うらしい。


 本当に増えている(・・・・・)


 宙を舞う無数のダガーが一斉に俺に向かって飛んできた。

 もちろん糸付きのだ。


「――厄介な」


 刀で弾いても伸びる糸が行動を制限してくる。


 しかも、糸自体もかなり頑丈のもので簡単に斬れる代物ではない。


 魔力で操り、魔力で強化できる特別な糸だな。


 肌で触れれば容易く切られるだろう。


 俺は今、そんな糸に囲まれていた。


「万事休す、かな」

「これで終わりだ」


 糸が囲いを狭くしていく。


 俺を細切れにする気らしい。

 このまま何もしなければトールのお望み通りバラバラになってしまう。


「ふぅ……」


 焦りはしない、逆に落ち着いていた。


 当然だ。たかがふたり相手に気圧されるようでは、この先の戦争で怖じ気づいてしまうだろうよ。


 刀を鞘に納めて姿勢を低くして構える。


「紫電一刀流、奥の義――」


 リュウヤたちが獣王らと必死に稽古している間、俺は時間を持て余していたか……否。


 近くにいる者より強いからとて、世界で一番強いとは限らない。


 ましてやその身近な者たちが強くなっていくのに、俺が何もしないなどあって良いわけがないのだ。


「〈(ユカリ)〉」


 鞘から抜き放たれて刀が描く一閃。


 糸は複雑に絡み、所在がわかりにくくなっている。


 しかし、それらを操る者がいる限り、結局根本が存在するのだ。


「――マクシス?」

「間に合ったな」


 つまりそこを断ち切ってしまえば、ただの少し丈夫な糸に逆戻りである。


「よく受け止めた。腕の痺れと引き換えに仲間の命を救ったな」


 操者を失って地面へと落ちていく糸を一瞥し、今度は俺がふたりへと迫った。


 役目を終えた刀を手放し、新たな刀を生成して振り下ろす。


「させない!」


 マクシスに振り下ろした刀は、トールによって受け止められる。


 下へと押しやる力を緩めると、押し上げるべく力を込めていたトールの体勢が崩れた。


「――かはッ」


 隙だらけで無防備な腹へと蹴りを入れる。


「トール!」


 マクシスは痺れる手を無理やり動かし、飛ばされてきたトールを抱き止めた。


「〈大地の葬槍(グランドスピア)〉」


 軽く足を上げてトンと地面を踏むと、ふたりの足下の大地から槍のような突起物が盛り上がる。


「ぐうッ!」

「ぬわッ!」


 ふたりは大地の槍によって身体のあちこちに傷を刻む。


「駄目か……」


 麗剣は反応なし。


 俺はため息をこぼす。――これでも力を解放しないのか。


 愛の鞭か、それとも単に解放しなくても良い状況だからか。


 伝説の麗剣の真の力を見てみたかったが、追っ手が差し迫っている以上時間をかけるのも得策ではない。


「おやおや、もう終わりか? 所詮お前らの夢や理想などその程度だったと言うことだ」

「まだ……終わって、ない」


 回復魔法で傷を癒してふたりは俺を睨み付ける。


 まだ諦めずに戦う意思が残っているようだ。


「オレは必ず、貴様を倒すんだ。そして、弱き者でも強くなれることを証明する!」


 虐げられる存在の奴隷だった過去を持つ彼らだからこそ抱き、高く掲げる果たすと決めた目標。


 ――〈アインノドゥス王国〉を変える。


 何故なら自分たちの故郷だから。


 何故なら失った友から託された思いだから。


 悪いがお前たちの経歴をシェナに調べさせてもらった。

 その情報の報酬が、フィーネとグリムについてだった。


 だから俺はマクシスとトールがどんな過去を歩んできたのかを知っている。


 辛かったろうに、悲しかったろうに、苦しかったろうに、痛かったろうに、悔しかったろうに……だが、俺は負けてやらん。


 お前たちが大きな目標を掲げるのなら、その障壁として俺を選んだのなら、断じて負けてやれはせん。


 それが正しいか否か、俺にはわからない。


 だとしても、これだけははっきりと言える。


「越えられるものなら越えてみろ。お前たちの覚悟を俺に示せ」


 本気で夢へと駆ける者たちに本気を出せない俺が唯一してやれるのは、簡単には越えられない壁であることだ。

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