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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『武士』

 イーニャと馬車を見逃したお礼として〈武士〉コジュウロウタの果たし合いの申し出を受けた。


「いざ尋常に――」


 てっきり正面に構えると思ってたんだけどな、ちょっと意外だ。


 〈武士〉の武器は刀と呼ばれる剣の亜種のようなもので、その扱いを極めた者たちの太刀筋を〈流派〉と言うらしい。


 〈騎士〉にも流派はあるようだが数はさほど多くない。こちらは個人ではなく“国”単位で考えたら良いからだ。


 もともと異世界の住人だった〈武士〉の流派は〈騎士〉が主流だったこの世界では忌み嫌われていた時代もあったらしいが、現在では考えを改めてどちらの技術も織り混ぜた流派が多く存在している。


 これは非常に貴重な体験だ。


 武士と騎士の数は天と地ほどの差がある。もちろん武士が少ない方だ。理由は単純“技術”を求められるから。


 そのため偽者もいると聞いていたが、目の前の男は本物なのは相対すればわかる。


「――始め!」


 審判役の少女が腕を振り下ろしたのが始まりの合図となった。


 ザッ。


 砂が擦れる音が聞こえた次の瞬間に、十歩以上の距離にいたはずのコジュウロウタの刀が俺の足を捉えていた。


 ――速いな。


 魔力を足に集約、加速に特化させて距離を詰めた、か。


 魔力を変化させて魔法に昇華させるよりも変則的な要素はないが、こういう速さを求められる場合なら魔力による身体能力強化は単純ながらかなり強い。


 それに武士の“歩方”が合わされば相手が認識する前に攻撃することが可能になる。


「ふっ――」

「――!」


 首ではなく先に足を選んだのは、迎え撃つ余裕がない相手に避けるか跳ぶかのニ択を迫るため。俺に選択する隙を生じさせ、追撃で仕留めるつもりだったのだろう。


 片手剣で刀を正面から受け止めて分析を終えた。


 コジュウロウタは一歩後ろに下がると、すぐさま二の太刀を振ってきた。


 初めのは小手調べ。

 やはり先程より速さが増している。次は本気で来るな。


 良いだろう、存分に応えようではないか!


 俺は速度を増し続けるコジュウロウタの刀を全て防いだ。

 ただ不便なのは、片手剣では刀の間合いより短いせいで、攻撃を防げても反撃に転じにくい。


 そこを理解している動きをしてくるから、なおのこと厄介だ。


 まさか本当に周りの奴らが見ているだけなのは意外だと思った矢先、3人ほどの盗賊が矢を構えているのが視界に入った。


 裏切りを企んでいる……つもりではないようで、矢は俺の動きに合わせている。


 悠長に刀をいなしている場合じゃなくなってしまった。

 間違ってコジュウロウタに当たっても寝覚めが悪い。防げるような気もするが……。


「……?」


 優勢だったコジュウロウタが攻撃を止め、後ろへ下がり俺との距離を取った。


「何故、反撃してこぬのだ。貴殿の実力はこの程度ではあるまい」


 刀を構えたまま、尋ねるように言ってきた。


 バレてるし。

 やはり魔力なしでは勝てないな。技術面では俺が負けている。


 剣を握る手に力を入れた。


「悪かったな。あんたの動きを学んでたんだ。それももう終わりにする――覚悟は良いよな?」


 返事を聞く前に一気に間合いを詰め、片手剣を振り下ろした。当然刀を横向きにして受けの構えを見せる。


 それを確認してから手の力を緩めた。


「なっ――」


 キンッ。


 軽い片手剣は衝突の反動でその場で一回転し、刀の防御を抜けて再び俺の手の中へと帰還する。そして、しっかりと掴み直した剣の先端を首に向けた。


「俺の勝ちだ」

「参った」


 勝敗は決した。


「殺さないのか?」


 膝を地面につけて待つ姿を首を斬ってくれと言っているようだった。


「殺さないとも。無駄な殺生は不利益しか生まない。じゃあな、コジュウロウタ。機会があったらまた果たし合おうぞ」


 そう言い残して俺は森を後にし、先に行ったイーニャたちを追いかけて村へいくと……。


「待ち兼ねたぞ、ノルン殿」


 満面の笑みを浮かべるコジュウロウタが待っていた。

 どうやらここは彼らの住む村らしく、盗賊と思っていた連中もしがない村人だった。矢の腕が上手なのは狩りのためだ。


 殺意がなかったのも当然だな。


 イーニャはすっかり村人たちと打ち解けていた。

 まったく、騙されたような気分だとため息が出てしまった。




 ◆◆◆




 事情を聞いてみると、村に住む予言者老婆が強大な力を持った恐ろしい化け物が近い内に村を襲うと言われたらしい。


 話し半分で森で警戒をしていたら俺たちが現れたわけだ。


 ちなみにコジュウロウタは村長であり、審判役の少女が一人娘だった。これに関しては既に気付いていたとも。


 果たし合いの最中、命令に反してまで矢を射ろうとした理由は大切な村長を守るためだったわけだ。


「それにしても、貴殿は誠に強者であるな。片手剣をあのように使ったを見たのは初めてだ」

「珍しくないだろう。武器の長所を活かしただけで、特別なことじゃない」

「いやいや、あの土壇場で機転を思い付くのは強者の成せる業よ」

「褒めても何も出ないぞ」


 コジュウロウタは自分に見事勝利した俺のことを自宅にて歓迎してくれた。イーニャの絵を渡したりして有意義な時間を過ごさせてもらった。


 コジュウロウタのお嫁さんの手料理はなかなかのものだった。城のメイド料理にも負けず劣らずと言えるくらいだ。



 ――夜も更け、女性陣が眠りにつく頃、部屋には俺とコジュウロウタだけが残っていた。

 確かめたいことがあり、俺が“話がしたい”と伝えておいたのだ。


「して、ノルン殿。話とは何ぞ?」

「三つあってな。一つ目は、予言をする老婆などいない。未来視の持ち主がいるのではないか。二つ目はこの村には人間族以外の種族も住んでいる。三つ目は……あんた、死ぬ気だろ?」


 最初は笑っていたコジュウロウタだが、数が進むにつれて真剣なものに変わっていった。


「某の目に狂いは無かった」


 机の上の湯気を立てる紅茶に視線を落とし、そう言った。


「否定しないってことは、全部当たってるのか?」

「貴殿の言う通りだ……」


 予言者――もとい未来視の持ち主は村に住む〈長耳族(エルフ)〉の少女だった。


 この村には〈エルフ〉だけじゃなく〈炭鉱族(ドワーフ)〉や〈獣人族〉までもが住んでいた。


 村の近くで倒れていた者たちをコジュウロウタが保護したのが始まりで、現在では村一丸となって彼らを差別することなく、お互いに協力し合って生活しているらしい。


 そんな未来視の少女が見たのは〈アインノドゥス王国〉の騎士団がこの村に押し入り、コジュウロウタは亜人種を匿っていた罪を問われ見せしめに処刑。村に住む亜人種は全員連れていかれると言う。


 そして少女はもう一つの未来を視ていた。俺がこの村を訪れる未来だ。


 少女が言うには、コジュウロウタに匹敵するほどのかなりの実力者で、非常に賢い人物だった。――誰だその超人は。


 それを聞いてコジュウロウタは村人たちに嘘をつき、村に化け物が迫っていることにしたと言うのだ。で、俺を自分がいなくなった後の村長にする、となんとも無茶苦茶な考えだった。


「すまない」


 頭を下げるコジュウロウタ。


 言いたいことはわからなくもない。亜人種たちを守れないのならば、せめて村人たちだけはと思考を重ねた上の判断だろう。


 俺が“善人”であるのは未来視でわかっていたとしても、豹変する可能性やそもそも未来視が外れている場合を考えておくべきだ……などと説教をする必要はないのは理解できる。


 王国の騎士団に逆らう、それはつまり王国に逆らうのも道理。反逆者として村人までもが断罪されかねない。


 “かもしれない”あやふやな可能性にすがるしか、コジュウロウタには残されていなかったわけだ。


「身勝手なのは重々承知している。だが何卒、引き受けてもらえないか」

「嫌だ、断る、断固として拒否する」


 俺の三段返事に落ち込みを隠せないコジュウロウタ。


 諦めるのが早いなぁ……。


「当たり前だろ。俺があんたの代わりに村長になろうと、失った活気が戻ってくるか? 残された村人(奴ら)は本当にちゃんと立ち直れるか? 他にも不安要素はたくさんあるぞ」

「しかし、某には貴殿に頼む以外の選択肢は残されておらん」

「馬鹿め」


 コジュウロウタはまさかの罵倒に面食らった顔をする。


 だが俺は気にしない。気にしてやらない。何故なら気にくわないから。


「あんたの考えは理解できる。時間をかけて考え抜いたのもだ。それは村長なる立場、率いる者として当然の行いだろう。……だがな、一つだけ気に入らない部分がある」


 そうだ。村人やエルフ、ドワーフ、そして獣人族のことも守りたい気持ちは痛いほど伝わってくる。

 強い思いはあの果たし合いで確かに感じ取った。


 加えてあんたは俺が引き受けるまで隠し続けるつもりだろうが、〈魔族〉もこの村にいることは既に知っている。


 それほど知りながら、理解しながら俺が拒む理由はただ一つ。


「それはな“あんたが死ぬ前提”だからだ。生きることを諦めた者に協力するほど、俺は優しくないんだよ」


 吐き捨てるように言うと、苦渋に満ちた表情になるコジュウロウタ。


 そして、強く握りしめた拳を机にぶつけて顔を上げた。


「なら他にどうしろと! 皆を守るためにはっ、これしかないのだ!!」


 娘さんたちは寝ているだろうに……なんて野暮なことは言うまい。俺の目の前にいる人物にとっては、それほどまで重要で大切でかけがえのないものなのだ。


 もう良いだろう。これ以上続けても、この男の精神を無駄に磨り減らすだけ。


「なら問おう、コジュウロウタ・スメラギ。お前の覚悟を――」


 心優しい魔法が使えて旅の絵描きの妹の超強い兄はここまでだ。


 〈魔王〉として聞かせてもらおうではないか。

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