『開催者』
翌日、俺宛に手紙が届いたと宿屋の主人から手渡された。
内容は――地下オークションへの招待状だった。
しかも光栄なことに開催者直々のお誘いだ。
こうして懸念していたオークション会場へは難なく入れたわけだ。
現在、招待状に記された地下道を進んでいる。この先に会場があるらしい。
「〈竜人姫〉の次はオークション開催者とは……貴様は本当に注目を浴びている」
隣を歩く仮面シグマが唸る。
といっても、オークション会場では仮面装着が基本のため、俺もシグマと似たような見た目だ。
認識阻害を施すのは当たり前。
身分や素性を隠してオークションを楽しむ。
「私と貴様だけでよかったのか?」
「人数が多ければ動きにくい」
シグマの懸念ももっともだろう。
ここには俺とシグマの2人だけで来ている。
他のメンバーはお留守番だ。
まぁ、自由に都市を散策して良いと許可を出したから、リュウヤを筆頭に走り回っているに違いない。
「それに、子どもには少々刺激的過ぎると予測したまでだ」
ここでは他種族の奴隷として出品されることがある。
イーニャはアカネの前例があるし、リュウヤは馬鹿正直に正義感を振りかざして暴れかねない。
「――お待ちしておりました。わたしはここを任されております、フォンブルと申します」
通路の突き当たりの扉。その前に執事の格好をした、白髪で鼻の下に特徴的な白い髭を生やす老人が待ち構えていた。
ここの門番だな。
身のこなしがただの召し使いのそれではない。
「招待を受けていただき、主に代わってお礼を申し上げます」
認識阻害をかけているのに、良く俺たちが招待客だとわかったな。
ふと、思い当たり懐から招待状を取り出す。
「これか。俺ですら見逃すほどの隠蔽魔法。相棒、どうやら相手は俺たちより一枚上手らしい」
感覚を研ぎ澄ませて初めて見抜ける手紙にかけられた魔法。
執事兼門番のこの老人には、始めから俺たちが誰なのかわかるようにしていたのだ。
「ほぉ、招待状にお気付きになるとはさすがでございます」
「煽てても無駄だ。お前が俺たちを素通りさせていたら気付かなかったかもしれぬ」
一礼と共に称賛するフォンブルの世辞を否定した。
「なぁ――いくつか質問をしたいのだが良いか?」
水面から奥底を覗き見るような眼で、真っ直ぐにフォンブルの瞳を睨み付ける。
「質問ですか。……ええ、答えられるかはわかりませんが、それで良ければ聞きましょう」
と、主が申しております。そう付け加えてフォンブルは問いを待つ。
俺の予測は当たりのようだ。
悔しいことに、相手の位置までは把握できなかった。
「自らの配下の瞳と耳を通して、客の様子を伺っている……よく見抜いたな」
隣に立つシグマが苦笑しながら感心する。
「俺以外にもいるのだろう。――自分の目に狂いはなかったと笑っている姿が想像できる」
ふっと口角を上げた。
性別も容姿もはっきりしないが、笑っていることくらいは俺にだってわかる。
「俺が訊きたいのは――あんたは俺の敵か否かだ」
「敵か味方かではなく、敵かどうか、か」
フォンブルの雰囲気が一変する。
しっかりと修練を積んだ執事ぜんとした態度から、傲慢さが滲み出るものへと変化した。
彼の口を借りて、開催者が自ら返答してくれるとは嬉しい誤算だ。
変化した口調や声色から、開催者は男性だ、などの噂が流れたとみて間違いないだろう。
「今は敵ではない。そしてそれは、今後の君の行動によって変化する」
まるで俺が何をする気なのか見当がついている。
そんな警告のように聞こえた。
「お前の扱う代物と、行動次第だ。俺の仲間に危害を加えようとするのなら全力で滅ぼす」
「笑わせてくれる。魔獣バルログナを倒しただけのことはある」
さも冗談を笑うように声を上げた。
「ギルシアほどの実力者と聞いている。相対する場合は、俺を楽しませてくれよべリアル」
「ああ、退屈は絶対にさせないとも。君こそ、わたしを落胆させないでほしい」
「あり得ぬな」
「ククク。あぁ、それとシグマ・セイレーン。君は肩の子竜と仲良しのようだが、注意するようにと警告するよ。売り物に知れたくなければね――」
その言葉を最後に、開催者べリアルの雰囲気は消え去った。
「お話は終わりでございます。では、素晴らしい品との出会いを願っております」
頭を下げ、フォンブルは扉を押し開けた。
ギィと木製ならではの音が通路に響き渡る。
「まさかご丁寧に警告とは、お優しいことで」
「要するに、大切なものならしっかりと守れと言いたいのだろう? 望むところだ」
暴れれば追い出されたりと処罰が下るが、武器の持ち込みは禁止されていない。
文言が意味するのは至極単純。
「まぁ、奪い去ろうとする奴が多いのは始めから――っしょと、わかっていた」
「覚悟は十分してきた。何者が相手であろうと、シャロンを渡す気は――ない!」
2人分の靴音が曲のように心地よいリズムを刻む。
途中透明になって姿を隠していた泥棒の後頭部を壁にぶつけて気絶させ、通路の先で待ち構えていた3人組はシグマが一瞬で片付けた。
こうした金品を狙った奴らに対応できなければ会場に入る資格はなしってわけだ。
やがて3度の泥棒退治を終わらせると扉が姿を現した。
「この先が会場だ。準備は良いか?」
「愚問だ」
「結構」
俺たちは重苦しい扉を開けて、オークションの舞台へと入場を果たすのだった。




