『騎士団長』
「なにを拾ってきているんだ……」
帰ってくるや否や、シグマは片手で顔を覆った。
その視線はベッドの上で眠る鎧女に向いている。
「俺は悪くない」
不名誉は早々に拭うために即答した。
危ないところだった。
判断ひとつで足りなくなるのは恐ろしい限りだと身を震わせた。
しかし、シグマの反応から察するに、王国でも知られた人物なのだろう。
「団長だ。王国の騎士団のな」
と、簡潔な説明を受ける。
なるほどな。
周囲からの殺気立った視線の合点がいった。
この都市であそこまで真面目な性格なら、さぞ面倒がられたことだろう。
「そっちこそ、粗相はなかったか?」
もちろんリュウヤのことだ。
「少々先走りすぎるのが目に余るが、問題は起こしていないから安心しろ。いや、むしろその逆だ」
「逆?」
首を傾げる俺に、シグマは頷いてから返答を続けた。
「行く先々の店の店主と仲良くなるんだ。あたかも昔からの知り合いのようにな」
やれやれと言いながら頭を掻いた。
「今頃歩き疲れて寝ているだろう」
〈勇者〉として、人を惹き付ける何かしらの能力や魅力があるのか。
はたまたリュウヤ自身が持つ、人当たりの良さが為せる技なのか。
少なくとも、店の店員たちと仲良く話すリュウヤの姿を想像するのは簡単だ。
「喧嘩するよりは遥かに良いさ」
「違いない。――さて、そろそろ起きたらどうだ、アーカーテイル団長」
苦笑を見せたと思いきや、神妙な面持ちにすぐに切り替える。
そして、寝息を奏でるベッド上の鎧女に声をかけた。
こいつがあのミリエフィール=アーカーテイルなのか。俺は心の中で驚きつつも、同時に腑に落ちる部分もあった。
「気付いていたのか。俺はもう少し寝かせておこうと思ったのだが……こうなっては起きたまえ」
「…………」
なおも寝てますよと寝息を聞かせる鎧女。
この様子だと俺が施したものに気付いていないな。
「ミリエフィール=アーカーテイル団長。起きないのなら俺は独り言を呟くとしよう」
ベッドに背中を向けたまま俺は話し始めた。
「アーカーテイル。シグマが今その名前で呼んだことで腑に落ちた。――堕天使アルカクィエルの末裔。だから全身を強力な呪いが蝕んでいた。その代わり、彼の一族は魔力の物質変換能力がずば抜けて高かった」
伝承に伝えられる、堕ちた天使の一柱。それがアルカクィエル。
一族がいるのは知っていた。が、力が本物かどうかは詳しく記されておらず、真意は定かではなかった。
こうして目の当たりにするまでは。
神を裏切り、堕ちた天使に下された罰こそ――呪いである。
「呪いの効力を試しに味わってみたが、到底人間が耐えられるものではなかった。だが俺の娘に剣を突きつけた人物は呪いをかけられているにも関わらず、苦しむ素振りは見せていない。何故か……?」
何という因果なのか、奇しくも堕天使アルカクィエルは呪いを糧にとある所業を成し遂げた。
「ミリエフィール=アーカーテイルは、人間であり、人間とは逸した存在。――創られた人間だからだ」
「――待て、ノルン。その話が事実なら、命を創造したと言うことか?」
眉を歪めてシグマが真偽を確かめてきた。
知らなくて、驚いて当然だ。
これは〈魔族〉でもごく一部の者しか知らず、俺が見た伝承も本一冊しか残っていなかった。
「アルカクィエルはその偉業を〈創造形〉と呼んだ」
「――なぜそれを知っている!?」
勢い良くバッと起き上がる鎧女――もといミリエフィール。
わかりやすい反応を見てニヤニヤと口角が上がった。
俺とシグマの視線でようやくあっとなったらしく、何事もなかったかのように布団を被った。
さすがに……手遅れだろうよ。
「俺がどうして知っているかは、アルカクィエルならわかると思うぞ。そろそろお仲間が心配する頃合いだろう。さっさと戻ってやれ」
今度こそ起き上がると、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「貴様は何者だ?」
「俺はノルン。絵を描く妹の付き添いだ」
「ウソだ。わたしは貴様を――」
「お前の剣と鎧は直しておいた。もう用はないはずだ」
ベッド横に立ててある鎧と剣を指しながら帰ることを促す。
「なぜ捕まえないんだ?」
「その必要がないからだ。そもそもここに連れてきたのだって、あそこに放っておけばお前が襲われる――我が娘と妹の優しさで仕方なくだ」
王国騎士団長ともなれば、というより創られた人間だと知りながらだな。
命を創造した事実。
さしもこの都市の連中なら喉から手が出るほど欲しい技術なのかもしれない。が、残念ながら俺の手には余る代物だ。
魔王で部下がたくさんいるのに、これ以上を望むのは欲深い。
……いや、魔王だから欲深くて良いのか?
「いきなり悪だのと言いがかりで問答無用で女の子に剣を突きつけてきた礼儀知らずの騎士団長殿を、俺はただ運んだだけ」
「ぅぅ……ごめんなさい」
何か言いたげに口をもごもごと動かしたが、やがて諦めたように息を吐いてベッドから立ち上がった。
「しばらくここにいるんでしょ。だったら会いに来るから待っていなさい」
そう言うと脱兎の如く立ち去っていく前に一度戻ってきた。
まだ何かあるのかと訝しげな目線を送ると、
「休ませてくれて、ありがとう」
扉からひょこっと笑顔を覗かせて感謝を告げ、今度こそ去っていった。
「目をつけられたな」
「王国騎士団長にとは光栄だ」
片手の怪我で王国騎士団長と知り合いになれたのなら安いものだろう。
「あいつは眼が良いのか?」
「ん? ああ……聖眼でも魔眼でもない。単純に見る能力が高いと私は考えている」
俺の意図を察してシグマは自分の考えを話す。
それも創られた者の産物かね。
「話がややこしくなったが、本題に戻ろう。地下はどうだった?」




