『鎧乙女』
「俺の娘に何のようだ?」
血を滴らせる手の痛みよりも、いきなりアカネに剣を突きつけられたことへの怒りで眉が歪む。
「庇うなら貴様も容赦しない」
頭まで鎧に身を包んでいるからなのか、随分と強気な発言をしてくる。
良い度胸だ。
問答無用でアカネを刺そうとした上に、あまつさえ俺にまで矛先を向けるとはな。
「――調子に乗るなよ」
「――ッ!?」
殺気を隠すことなく思い切りぶつけてやると、恐怖を感じたのか声にならない呻きを上げて後ずさった。
逃がすわけないだろ。
貫かれた手で剣を掴み、下がろうとした鎧女を引き寄せる。
「うっ」
「ご立派な騎士道精神とでも言えば良いのか? 人の話も聞かずに一方的に悪だと断罪する能なしさんよぉ」
ゆっくりとそう言い、掴んでいた剣を粉々に砕いてやった。
アカネの前方に障壁を張ったので、被害は及ばないように配慮を俺は忘れていないとも。
鎧ごしに俺を見ているであろう瞳を睨み付ける。
「先に剣を抜いたのはそっちだ。もちろん、殺られる覚悟はできているよな?」
「そ、それ以上近付くなっ。あたしを誰だと思って――」
「お前が誰だろうと関係ない。お前は俺の敵。それだけで十分だ」
血に濡れた手で兜を鷲掴みにする。
剣が特殊なら、鎧も普通のものでは異なって魔法への耐性があるらしい。
だが、単純な力に対してはその防御は発揮されないようだ。
頭を覆う兜が音を立てて歪んでいく。
「おや、どうした? 悪は斬るのではなかったか? 気のせいか、恐怖で身体が震えているぞ」
「くっ、誰が貴様のような悪に屈するか!」
騎士連中特有の誇りで頑張って抗っていた。
こいつがアカネを狙った理由は、おおよそ幻術で隠している角が見えたのだろう。
さすがに王都に近付けば、ここまでの奴も出てくるだろうと警戒をしておくべきだった。
これは俺の油断が招いた結果だ。
「退け。そうすれば俺も今回の件は水に流してやろう」
「ふざけるなっ」
「残念だ」
兜を掴んだまま鎧女の全身に魔力を纏わせて持ち上げる。
状況を理解して必死に魔法で抵抗しようとするが、その悉くを打ち砕いた。
そのまま俺は焦らず、ゆっくりと空いた手を握りしめてそいつの腹へと添える。
「恐怖を教えてやろ――ん?」
「……んん」
服の裾を引っ張られ、視線を落とすとアカネがふるふると首を横に振った。
「――赦す、と。そう言いたいのか?」
「ん」
俺の問いに頷きで返すアカネ。
優しい我が娘を誇らしく思うべきか、甘いと断罪するべきか……。
「わかった。お前が望むなら仕方あるまい」
魔力を散らして手を離すと、力なく地面に落ちる鎧女。
戦意はとうに失われていた。
「喜べ。そして、我が娘の慈悲に感謝するのだな」
この都市ではこういうのは日常茶飯事なのか、店を出している売人も、道行く通行人たちも騒ぎ立てずにさほど気にしていない様子だ。
少々物珍しそうに眺めるだけだった。
――回復魔法が効きにくい。
傷が塞がらない血まみれの右手を見下ろしながら思う。
「――待ちなさい!」
とりあえず包帯で応急処置を済ませ、一旦宿に戻ろうと身を翻した俺の背中に声がかかる。
声色から察するに兜を取ったようだ。
相手がどんな魔法を使うか知らないのに、安易に防御を捨てるとは……浅はかだな。
「待ちなさいって言ってるのよ!」
「――〈封動〉」
「――ぇ」
肩を掴もうと手を伸ばしたその状態で、鎧女の動きが制止する。
せっかく兜が守ってくれていたのに、自らそれを捨て去るのだから利用しない手はあるまい。
指一本動かせない己の身体に、疑問と恐怖、そして原因である俺に対しての怒りを感じる。
「ではな」
抵抗すら叶わない無力な鎧女を一瞥して俺は歩き始めた。
すると、手を掴まれてぐいっと引っ張られて身をのけぞらせる。
「今度は何だ……」
と、アカネだと思って振り向くと予想に反してイーニャが俺の手を両手で握りしめていた。
「兄様。気付いているんでしょ」
周りの視線についてだろう。
残念ながらそれらが向かうのは俺ではない。
〈封動〉により動けなくなった鎧女に集中していた。
興味や好奇心のものと違うのは明らかだった。
普段からあの態度で、多くの恨みを買っているのは容易に想像がつく。
このまま放って立ち去れば、袋叩きにあうこともまた同じようにだ。
イーニャはそれが見過ごせないと言いたいのだ。
つまりはアカネに剣を突きつけた奴を、俺が助けろと。
「……ぅぅっ……」
唸りながら必死に抵抗しようとしている鎧女をちらりと見やる。
ため息を一回。
「お前たち。こいつは俺の獲物だ。もし手出しするなら――こうなるから覚悟して挑め」
「~~~~~ッ!!!」
指をパチンと鳴らすと、鎧女の鎧が砕け散る。
それを見た殺気立っていた周りの者たちは、背筋に寒気が走ったような顔で各々の行動や作業に意識を向けた。
鎧女の額に手を添えて、
「――〈絶意〉」
と命じて眠らすと当然倒れそうになるのでそれを支える。
肩に担ごうと思ったが、アカネとイーニャに断固拒否されて、結局乙女の夢見るお姫様抱っこで宿屋へと連れ帰った。
俺は悪くない。
面倒事があっちからやって来るのだ。
そう自分に言い聞かせながら……。




