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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『鎧乙女』

「俺の娘に何のようだ?」


 血を滴らせる手の痛みよりも、いきなりアカネに剣を突きつけられたことへの怒りで眉が歪む。


「庇うなら貴様も容赦しない」


 頭まで鎧に身を包んでいるからなのか、随分と強気な発言をしてくる。


 良い度胸だ。

 問答無用でアカネを刺そうとした上に、あまつさえ俺にまで矛先を向けるとはな。


「――調子に乗るなよ」

「――ッ!?」


 殺気を隠すことなく思い切りぶつけてやると、恐怖を感じたのか声にならない呻きを上げて後ずさった。


 逃がすわけないだろ。


 貫かれた手で剣を掴み、下がろうとした鎧女を引き寄せる。


「うっ」

「ご立派な騎士道精神とでも言えば良いのか? 人の話も聞かずに一方的に悪だと断罪する能なしさんよぉ」


 ゆっくりとそう言い、掴んでいた剣を粉々に砕いてやった。


 アカネの前方に障壁を張ったので、被害は及ばないように配慮を俺は忘れていないとも。


 鎧ごしに俺を見ているであろう瞳を睨み付ける。


「先に剣を抜いたのはそっちだ。もちろん、殺られる覚悟はできているよな?」

「そ、それ以上近付くなっ。あたしを誰だと思って――」

「お前が誰だろうと関係ない。お前は俺の敵。それだけで十分だ」


 血に濡れた手で兜を鷲掴みにする。


 剣が特殊なら、鎧も普通のものでは異なって魔法への耐性があるらしい。


 だが、単純な力に対してはその防御は発揮されないようだ。

 頭を覆う兜が音を立てて歪んでいく。


「おや、どうした? 悪は斬るのではなかったか? 気のせいか、恐怖で身体が震えているぞ」

「くっ、誰が貴様のような悪に屈するか!」


 騎士連中特有の誇り(・・)で頑張って抗っていた。


 こいつがアカネを狙った理由は、おおよそ幻術で隠している角が見えたのだろう。

 さすがに王都に近付けば、ここまでの奴も出てくるだろうと警戒をしておくべきだった。


 これは俺の油断が招いた結果だ。


「退け。そうすれば俺も今回の件は水に流してやろう」

「ふざけるなっ」

「残念だ」


 兜を掴んだまま鎧女の全身に魔力を纏わせて持ち上げる。


 状況を理解して必死に魔法で抵抗しようとするが、その悉くを打ち砕いた。


 そのまま俺は焦らず、ゆっくりと空いた手を握りしめてそいつの腹へと添える。


「恐怖を教えてやろ――ん?」

「……んん」


 服の裾を引っ張られ、視線を落とすとアカネがふるふると首を横に振った。


「――赦す、と。そう言いたいのか?」

「ん」


 俺の問いに頷きで返すアカネ。


 優しい我が娘を誇らしく思うべきか、甘いと断罪するべきか……。


「わかった。お前が望むなら仕方あるまい」


 魔力を散らして手を離すと、力なく地面に落ちる鎧女。


 戦意はとうに失われていた。


「喜べ。そして、我が娘の慈悲に感謝するのだな」


 この都市ではこういうのは日常茶飯事なのか、店を出している売人も、道行く通行人たちも騒ぎ立てずにさほど気にしていない様子だ。


 少々物珍しそうに眺めるだけだった。


 ――回復魔法が効きにくい。


 傷が塞がらない血まみれの右手を見下ろしながら思う。


「――待ちなさい!」


 とりあえず包帯で応急処置を済ませ、一旦宿に戻ろうと身を翻した俺の背中に声がかかる。


 声色から察するに兜を取ったようだ。

 相手がどんな魔法を使うか知らないのに、安易に防御を捨てるとは……浅はかだな。


「待ちなさいって言ってるのよ!」

「――〈封動(動くな)〉」

「――ぇ」


 肩を掴もうと手を伸ばしたその状態で、鎧女の動きが制止する。


 せっかく兜が守ってくれていたのに、自らそれを捨て去るのだから利用しない手はあるまい。


 指一本動かせない己の身体に、疑問と恐怖、そして原因である俺に対しての怒りを感じる。


「ではな」


 抵抗すら叶わない無力な鎧女を一瞥して俺は歩き始めた。


 すると、手を掴まれてぐいっと引っ張られて身をのけぞらせる。


「今度は何だ……」


 と、アカネだと思って振り向くと予想に反してイーニャが俺の手を両手で握りしめていた。


「兄様。気付いているんでしょ」


 周りの視線についてだろう。


 残念ながらそれらが向かうのは俺ではない。

 〈封動〉により動けなくなった鎧女に集中していた。


 興味や好奇心のものと違うのは明らかだった。


 普段からあの態度で、多くの恨みを買っているのは容易に想像がつく。

 このまま放って立ち去れば、袋叩きにあうこともまた同じようにだ。


 イーニャはそれが見過ごせないと言いたいのだ。

 つまりはアカネに剣を突きつけた奴を、俺が助けろと。


「……ぅぅっ……」


 唸りながら必死に抵抗しようとしている鎧女をちらりと見やる。


 ため息を一回。


「お前たち。こいつは俺の獲物だ。もし手出しするなら――こうなるから覚悟して挑め」

「~~~~~ッ!!!」


 指をパチンと鳴らすと、鎧女の鎧が砕け散る。


 それを見た殺気立っていた周りの者たちは、背筋に寒気が走ったような顔で各々の行動や作業に意識を向けた。


 鎧女の額に手を添えて、


「――〈絶意(眠れ)〉」


 と命じて眠らすと当然倒れそうになるのでそれを支える。


 肩に担ごうと思ったが、アカネとイーニャに断固拒否されて、結局乙女の夢見るお姫様抱っこで宿屋へと連れ帰った。


 俺は悪くない。

 面倒事があっちからやって来るのだ。


 そう自分に言い聞かせながら……。

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