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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『ずるい』

「……な、なにかな?」

「…………」


 無言で見つめられ、シェナは耐えきれなくなって思わず話しかけるも返答はなし。


 ずっと一点を見つめるフィーネに、どうしたものかと頭を抱えた。


「もしかして――これ?」

「…………ずるい」


 自分の耳につけてある耳飾りを指すと、不満そうにフィーネは頬を膨らませた。


「それ……あいつが、お前にやった?」

「情報を貰う代わりにってくれたんだ。フィーネちゃんもきっともらえるよ」

「ふん。別に、いい」


 と口では言いつつも、チラチラとシェナの耳飾りを見ていたのは言うまでもない。


「あらあら、お友だちができてわたくしも嬉しいです。フィーネさん、賑やかな子ですが、娘と仲良くしてあげてくださいね」

「……うん」


 いつもは無表情、仏頂面のフィートでもエルミシアの包容力の前では素直になるらしい。


 姫様のもじもじとする姿を眺めがら、グリムは抱いていた疑問を口にする。


「そういえば、シェラさん。少し質問をよろしいですか?」

「は、はい」


 真面目な口調につられてシェラも姿勢を正す。


 形式的なお堅い礼儀は慣れていないのだろうとグリムは推測した。


「緊張しないでください。魔王陛下からどれくらいの情報を開示されているのかを知りたいのです。もちろん、ただでとは言いません」


 内容を聞いてから、情報屋としての顔に切り替わるシェナ。


 飄々としている印象を持っていたが、弁えるところはちゃんとする人物なのだと、グリムは胸の内で密かに感心する。


「魔王陛下と同じ、ではどうですか。あの方のことです、情報には情報を、と仰ったはずです」

「……」


 沈黙を肯定と受け取り、グリムは続けた。


「私からの報酬(情報)はフィーネ様の年齢でいかがです――かはっ」


 最後まで言い切る前に、彼の体は宙を舞っていた。


 差し出した提案にいきなり自分の年齢が関わるとなれば、乙女として黙っていられなかったのだ。


 珍しく感情を露にし、表情は不満の一色で染まっていた。


「だめ」

「冗談ですよ冗談」


 何事もなかったかのように平然とした態度で立ち上がるグリム。


 実際にほとんど無傷のようだ。腫れ上がった頬以外は……。


「レグルス・デーモンロード様は正真正銘〈人間族〉です」

「……!」

「少し特殊な、ですがシェラさん。あなたと同じ〈人間族〉であることは間違いありません」


 語られた真実にシェラは目を見開き、エルミシアまでも穏やかな表情を若干だが崩していた。


 現魔王が魔族ではない人間族。


 その何気ない事実は、かなりの衝撃をふたりに与えた。


 何故ならシェラが聖樹に招かれた件と同様に、それも前例がないからだ。


 魔族は他の種族と違い、あまり血に拘らずにその者が持つ力に重きを置く。が、無関心に〈魔王〉を名乗らせるほど誇りを捨てた者たちではないのも知られていた。


 並大抵の理由では魔族の長には選ばれないということだ。


 それがファンヴァース帝国の皇后としてのエルミシアの考えである。


 しかし、娘のシェラは別の理由で驚いていた。


「それって……」


 言葉にならなかった思い。


 胸の内の靄は確かに彼女の表情を歪めた。


 レグルス(ノルン)が人間だと言ったのが本人ならいざ知らず、父親がぶっきらぼうなりに信頼を寄せる従者と名乗った人物が語ったのだから、信じたくなくとも答えはわかりきっている。


 ――レグルス(人間)が人間を滅ぼそうとしている。


 シェナからすれば、自分を守ってくれると約束した人物が、同じ口で同族を滅ぼすと宣言されたようなものだ。


 裏切られた。いや違う。


 少なくともレグルス(ノルン)は嘘をついていない。

 魔物は近付こうとしなくなったし、盗賊などの野蛮な連中も警戒するようになった。――耳飾りをつけたその日から。


「のる……。魔王様は、本気、なの?」


 少女がそんな問いを投げ掛けるのはもはや必然だったのかもしれない。


 長年魔王に仕えてきたグリムは、一目で少女の表情の奥に秘められた想いを見抜いた。


 そして彼は思う。――レグルスは、魔王に相応しい。今まで誰も果たせなかったことを成し遂げてくれる、と。


「ええ。あの方はそのような嘘をつきません。名前を告げられたあなたなら、よくご存じでしょう」

「…………」


 人間に扮しているレグルス(魔王)がそちらの名前を名乗ったということはいくつかの理由が浮かび上がる。


 利用しようとしているか、はたまた信頼しているか。


 他にもあるだろうが、主にこのふたつだろう。


 グリムはそのふたつを思い浮かべて、ついぞ至った結論は――両方。


「――怖い?」

「――ッ!?」


 核心を突く一言が、少女の体をビクッとさせる。


 無表情で自分の顔を覗いてくるフィーネに、今にも泣きそうに瞳が揺らす。


 少女は違うと否定できなかった。


「…………」


 そんなシェナを見て数秒の後、フィーネは悲しげな表情を浮かべた。


「じゃあ……レグルス、嫌い?」


 気付けば首が勝手に動いて、ふるふると横に振られていた。


 それだけは断じてない。それだけははっきりと言える。


 なら逆に好きかと問われればまた悩んでしまう。だとしても、決して嫌いではなかった。


「大丈夫」


 ふっと微笑んで、自分よりも背の高いシェナを抱きしめた。


「お前は、あいつに選ばれた。ずるい、けど、許す。でも……負けない」


 音もなく涙を流す少女の背中を、優しく擦るフィーネ。


 まるで泣きじゃくる妹をあやす姉のようだ。


 ――子どもは知らない間にも成長している。


 産まれた時から傍で見守ってきたフィーネを、穏やかな眼差しを向けながらグリムはそう思った。


「娘の成長に、母として嬉しくもあり悲しくもあります。ぜひ直接感謝申し上げたいです」

「恐らく私とフィーネ様が訪れたので、王国との戦争が終わるまでは難しいと思われます」


 エルミシアの気持ちを察して、グリムは申し訳なさそうに告げた。


「残念です。ですが魔王様には必ず、わたくしたちの大切な娘を泣かせた罪は償ってもらいますよ」


 ふふふ、と物騒な言葉とは裏腹に嬉しそうに笑うエルミシア。


 娘の成長を喜んでいるのだろう。


 また報告する件が増えたなと苦笑するグリムであった。

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