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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『旅』

 荷馬車の荷物を指差しでちゃんと揃ってるか確認する。


「よし、全部揃ってる」

「じゃあ準備よしだね」


 旅の門出を見送ってくれるのはグリムとフィーネ、そしてネイレンの3人だけ。俺が必要ないと他を拒んだのだ。

 フィーネとはかなり距離があるが……。物陰からこっそりと俺たちを見ている。来てくれただけでも感謝すべきだな。


 本音としてはバルムにも来てほしかったが、城の護衛もあるので離れさせるわけにはいかなかった。


「……」


 歓迎していない奴らがあちらこちらに隠れているが、害はなさそうなので放っておこう。邪魔をしてきたら対応すれば良いだけだ。


「まさか馬が魔界にいるとは思わなかった」

「てっきり魔族の餌になってると思ってたわ」


 イーニャは相変わらず遠慮がない。


 俺も思ったが口に出すなよな。これも人間たちの上流階級の奴らによって刷り込まれたものなのかもしれない。ならこいつは被害者になるのか?


 ……いや、どちらにせよこいつは変わらないなと首を軽く振った。


「それでは、魔王レグルス。いってきます」

「気をつけて、いってらっしゃいレグルス」

「絶対に帰ってこいよ。子どもたちはお前を気に入ってんだからな」


 グリムは笑顔で手を振ってくれ、ネイレンはそっぽを向きながら文句のように言ってきた。


 もちろん死ぬつもりはないし、無事に帰ってくるつもりさ。


 ふっと口角を上げて返事をした。


「当たり前だ。俺は世界を征服するのだから」


 そう宣言してからフィーネの方に視線を向け、手を振って「いってきます」と口パクした。


 もともと小さい口が、距離のせいでより小さくなっていたが「いってらっしゃい」と動いたようだ。

 別に読唇術を心得ているわけではない。それでもそう言ってくれた気がするのだ。こういのは気持ちが大事だろ。


 娘に見送られる父親の心境を俺は知った。今すぐ駆け寄って頭撫でてやろうか。


 半分冗談はさておき、突然召喚という形で呼び出されたのに、一ヶ月以上過ごした場所を離れるのはやはり物悲しく感じた。


 身を翻して後ろ髪引かれる思いを振り払い、俺たちは人間界へと向かうのだった。




 ◆◆◆




 魔界と人間界の間に広がる海を船で越え、無事に到着……したは良い。


「おい……本当に大丈夫か?」

「オロロロロロ。な、なに、この俺が船酔いなどするはずが――うぷっロロロロロ……」


 虹が、七色が、レインボーが俺の口から外へと飛び出していく。


 俺は自分の弱点を見つけることに成功した。

 心配そうな顔で背中を擦ってくれるイーニャが女神に見えたのは言うまでもない。


 こいつ、もしや俺より、つ、強いのか!


 人間界の街の港に直接入れるはずもなく、人気のない辺境の地へと流れ着いた。計画通りだ。この内部からの逆流以外は……。


「まさか船に弱いだなんて……。あなたが魔王なのか怪しくなるわ」


 イーニャ(こいつ)に言われるととてつもない敗北感を覚える。


 ふっ、見てよろ。絶対見つめ返してやるからな。


 ん? 頭が回ってないのか、言葉がおかしいような……。


 結局到着してから早々一時間ほど休憩したのは最早必然かもしれない。船はあらかじめ描いておいた魔方陣によって隠蔽された。乗ってきた俺たち以外には見えない仕組みだ。



 俺の虹が落ち着いたのを確認し、無事出発を果たした。

 海を通る際、波によって到着地点がずれる可能性も考えていたが、魔法の力で心配は杞憂に終わった。


 予定通り……うん、予定通りだ。

 まず最初の目的地は――。


 馬車に揺られながら地図を広げる。

 ちなみに俺たちは一応世界中の絶景を求めて旅をする絵描きと名乗るのを決めていた。


 当初は何の変哲もない旅人という設定だったのだが……意外中に意外。イーニャに絵の才能があったのだ。グリムはまだしも、あのメイド長が絶賛したのだから本物なのだろう。


 それを経て、急遽〈絵描きの旅人〉になったわけだ。


 視線をずらし、馬車を引く馬の手綱を掴んで平和そうな表情を浮かべるイーニャ。なんだかんだで楽しそうなので少し安心した。


 天然で馬鹿だが、人間である以上魔界では緊張を感じたりと精神的な疲労がどうしても付きまとう。

 実際にこうして人間界に訪れたからこそわかる。

 環境面においても、魔界と人間界では違いがあった。


 気のせいかもしれないが、人間界に着いてから顔色も良くなったようにも見えた。


「な、なんだ?」

「いや、やはりお前ら人間は人間界(こっち)の方が居心地良さそうだなと思ってな」


 見ていたのがバレてそう答えると、訝しげな表情になった。


「“お前ら”というなら、あなたは違うのか?」

「ああ、俺にとってはどちらも変わらない」


 本心だった。太陽が見えないのも数日もすれば慣れたし、薄暗い環境も秘密基地のようであれはあれで楽しめた。


 だがこうして温かい日の光を浴びるのも悪くない。


 本当にどちらも魅力的で変わらないのだ。


「すごいな……。私は息が詰まるようだったのに」

「精神的な要素もあるんだろう。まぁ、そんな疲れはこっちで充分に癒してくれ。案内人兼絵描きに倒れられたら俺は路頭に迷ってしまう」

「フフッ、そうだな」


 ――笑った。


 こんな顔もできるんだなと俺も笑みを誘われる。

 旅の相方がこいつで良かったとその時思った。他の連中の()は正直綺麗ではなかった。


 良くも悪くも、イーニャは純粋なのだ。こういうのを“縁”と言うのかもしれないな。


「地図だとここら辺に小さな村があるらしい。森を抜けた先のようだ」

「あっちに道があるから、そこから向かおう」

「……任せた」


 土地勘があるのか道の選択に迷いがない……当たり前か。今回はイーニャが提案した道筋に沿っている。

 罠ではないかと懸念されたが、別にそれでも構わないと一蹴した。


 もし俺を陥れるつもりなら、いくらでもチャンスは与えていたからな。そうにも関わらず、俺は無事に生きている。それが答えだ。


 そもそもこの天然ドジなスパイに俺が殺られるわけないだろうに。


「こうやって、気ままに旅をするのも悪くないな。世界征服が終われば、自由な旅を検討しておこう」


 伸びをして身体をほぐすと、ちらちらとイーニャが俺の顔を窺っているのに気付いた。


「どうした? 俺と一緒に旅をしたいってか?」

「ち、違うわよ!」


 むきになる辺り、これはあながち間違っていないな。


「悩ましいなぁ。お前とは現に、こうして旅をしているではないか」

「ぁ……そ、そんなことよりレグルス」


 言われて気付いた素振りを見せる。


 それにしても、話題を変えるにも無理矢理が過ぎるだろ。


 仕方ない、ここは大人な俺が乗ってやるとしよう。


「さっき世界征服って言ったけど、本当にするつもりなの?」


 イーニャにはたしかに言ってなかった。

 隠す必要もないからどうせだし話してしまおう。話題を逸らすためとはいえ、本気で気になっているようだしな。


「もちろん本気だ。俺は〈魔王〉として、世界を征服する」

「どうして?」

「どうしてと言われてもなぁ……」


 一番の理由はフレンに言われたから。あとは“あの部屋”の子どもたちを見た影響だな。


「私は最初レグルスが〈魔王〉と名乗ったのを信じられなかった。王国では魔王を含めて、魔族は絶対悪だと教えられた――」


 イーニャの口に人差し指を当てて、先を言わせないようにした。


「それ以上は良くない」


 イーニャは俺の突然の行動に驚いて慌てて馬車を止めた。


 おいおいと思いながら、俺は馬が暴れないように即座に沈静化の魔法をかけたので事なきを得た。


「なにをするんだ!?」


 顔を真っ赤に詰め寄ってくるイーニャに落ち着いた対応で言葉を返す。


「グリムやフィーネと接した、お前の見解が間違っているとは言わない」


 イーニャ自身は気付いていない。こいつの心臓には呪い染みた魔法がかけられている。


「だが忘れるな。お前は王国の人間だ。信じてくれるのは正直嬉しいが、簡単に()に心を許すな」

「う……うん、わかった」


 人間に敵対した場合、その身をもって罪を償うこと。つまり体内の魔力を暴発させ――自爆するのだ。

 ただ死なせるくらいなら、忌むべき魔族も巻き込んでと考えた結果か。どちらが外道かわからなくなるな。


 解除を試みたが、下手にいじったらその場で発動するように仕掛けられていたため、結局何もできなかった。


 “人間に敵対”なるものがどういった条件なのかわからない以上、下手な発言は控えさせるべきだろう。


 まぁ、そもそも魔族と共に行動しても問題なかったから、ある程度絞れてはいるが念を押しておくのは悪くないはずだ。


 ほんと、イーニャ本人が知らなくて良かった。真実を知った日にはパニックになるに違いない。あー、簡単に想像できるわー。


 しかし馬車を止めたのは丁度良い。


「イーニャ。来た道を一旦戻ってから、助走をつけて全速力で森を駆け抜けろ」

「え、え?」

「何が起きても馬車を止めるな。お前は村にたどり着くことだけを考えろ、良いな?」

「え、う、うん、わかった。理由があるのね」


 困惑しつつも俺の言葉に同意を示す。


 信用するなと言って5分も経ってないのに……。時既に遅しってやつだな。ここは素直に喜ばせてもらおうじゃないか。


 なら、俺のやるべきはその信頼に答えてやることだろう。


「さあ、行くぞ!」


 勢いをつけて全速力で森へと突入。

 馬には強化魔法をかけておいたので、普通の馬の速度ではない。もちろん馬車にもかけてある。馬が大丈夫でも、馬車が壊れては元も子もない。


 馬も速く走れて嬉しいのかなんだか楽しそうだ。


 前方の地面から縄が現れた。どうやら馬を転ばせるつもりらしい。この速度で止まるのは容易ではないし、あれに引っ掛かれば転倒間違いなしだ。


「よっしゃーっ! ベスタ、レルカ――構わず進めえ!!」

「「ヒヒーンッ!!」」

「ちょっ、バカじゃないの!」

「この程度で俺が止まるわけないだろうが!」


 盗賊風情が誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやろう。


「風よ、我らを守りたまえ――〈風ノ結界(ウィンド・フィールド)〉」


 馬と馬車と俺たちを風が包み込む。これだけで充分だな。


 俺たちを覆う風が縄を軽く切り刻んでしまう。その前に不可視の結界を張ってあるから、いちいち風を呼び出すまでもなかったのは秘密。


 森で偶然盗賊たちに出くわすなんて滅多にないだろう。これははぐれ者の人間の力量を探る千載一遇のチャンス。


 俺は楽しくなっていた。


「おや?」


 矢が飛んできても風で粉微塵。なにやら声がするが、馬車が速すぎてすぐに遠ざかるため内容は聞き取れない。


 おいおい、このままでは森を抜けてしまうぞ。と肩を落とすと前方、森を抜けるこの道の出口に一人の男が現れた。腰を低くして剣を構えている。


 盗賊の最強格だろうか。


 周りの木々でこそこそと隠れている奴らとは明らかに魔力の質が違う。雇われのはぐれ騎士ってとこか。


「面白い。イーニャ、先に村に行ってくれ。俺はあいつの相手をしてくる」

「ちょ、ちょっとレグルス!?」


 言うが先か風の如く森を駆け抜ける馬車から飛び降りた。すると、はぐれ騎士は迫り来る馬車を避けて見逃してくれた。

 斬りかかっていたら結界の餌食になっていたから、まずはひと安心。アクロバティックな飛び降りが意味をなくしてしまうところだった。


 どうやら考えは同じらしい。


 お互いに歩み寄り、声が聞こえる距離まで近付いた。


「某は、コジュウロウタ・スメラギ。魔術師殿、貴殿の名を聞こう」


 騎士かと思ったがこの服装は少々違うな。グリムに教わった文化の中に似た服装があった。


 〈武士〉と呼ばれる者たちで、義を重んじる……だった気がする。


 それで盗賊一味なのに律儀に名乗ったのだ。

 堅苦しいのはお断りだが、そういうのは嫌いじゃないぞ。


 て言うか、俺は魔術師ではない。今の設定は“絵描きの妹を守るちょっと魔法が使える兄”だ。


「俺は――ノルン。今はそう名乗っておくよ」


 レグルス・デーモンロードと人間界で軽々と言うわけにはいかないしなぁ。


「ノルン……? 承知した。貴殿にもただならぬ事情があるのだろう」


 貴殿にも(・・)ねぇ。これはさっきフィーネが呼んだ俺の名前(レグルス)を聞いてた上に、こいつ自身にも事情があると……。


 わざと情報を開示してるのか?


 武士相手の心理戦はちょっと面倒だな。大いに今後の参考にさせてもらうとしよう。


「では、単刀直入に申す。貴殿に果たし合いを申し込む。受けてくれるか、ノルン殿」


 だから盗賊なら不意打ちで斬りかかれば良いのに……。


 いやぁ、嫌いじゃないよ、嫌いじゃないけど……好きでもない。


「周りの連中はどうすんだ? 果たし合いを邪魔したら容赦なく殺してしまうぞ?」

「心配はご無用。貴殿が果たし合いを受ければ、手出しはしない」


 受けなければ一斉攻撃をしてくると。個人的にはそっちの方が楽なんだが、ここは真面目な武士さんに応えるとしよう。


 イーニャや馬車を斬らなかったことへの感謝とさせてもらうよ。


「わかった。果たし合いを受けよう。ルールを教えてくれ」

「感謝致す――」


 決闘とさして変わらなかった。正々堂々勝負し、相手に降参させるか殺せば勝利。


 武士がルール説明を終えると、森の中から一人の少女が現れた。彼女が始まりの合図を言ってくれる。


「――なるほど」


 少女の目元を見て呟いた。


「いざ尋常に――」


 少女が手を頭上まで上げ、武士が腰の剣を抜いて刃を後ろに向け左側に構える。


 弧を描いた剣――それは刀と呼ばれる剣の亜種のような武器。

 一撃を重要視する剣に比べ、連撃に重きを置いたのが刀とグリムに聞いた。


 対して俺は馬車から飛び降りる時に咄嗟に掴んで持ってきた片手剣を鞘から抜いて構えた。


 さぁて、〈武士〉の力――存分に見せてもらおうか。

 俺の口角はいつの間にか上がっていた。

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