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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『火種』

 〈世界樹(ユグドラシル)〉の麓に建てられた城の来賓の間に一行は移動した。


「しかし、寛大なお心のエルミシア様ならともかく……あなたが許すとは天変地異でも起こるのではありませんか?」

「貴様、人をなんだと思っているのだ?」


 事の発端はシェナがふたりを父母と呼んだのを、気になったフィーネが尋ねたのだ。


 森で傷だらけで倒れていた幼き日のシェナを、森を偵察していた者が見つけ、保護したのだという。


「いかに忌まわしい〈人間族〉とて、子どもに罪はない。それにこの子は聖樹様が招いた。わたしたちが育てる理由には十分すぎる」


 そう言いながら顔を綻ばせて娘の頭を撫でるレンフィア皇。


 本来、〈長耳族(エルフ)〉は〈人間族〉との仲が悪いため、赤子が森に捨てられていようと関知しないことにしている。


 残酷だが、過去には赤子を利用して〈世界樹(ユグドラシル)〉を手に入れようと企んでいた事実が彼らにそうさせた。


 それでもシェナを受け入れたのは聖樹と呼ばれる、〈長耳族(エルフ)〉にのみ存在が認知できる〈世界樹(ユグドラシル)の意思〉が森へと招いたからだ。


 彼らにとって聖樹の意思は絶対であり、どんな事柄よりも優先しなければならない。


 その意思があったからこそ、シェナはレンフィアとエルミシアの養子として受け入れられたのである。時には残酷な選択をする彼らでも、鬼や悪魔のような性格ではない。


 一度育てると決めれば、我が子のように大切に育てたのは言うまでもない。


「聖樹様――〈世界樹(ユグドラシル)の意思〉が子どもと言えど人間を招くとは……聞いたことがありません」


 眉を寄せて記憶を探るグリムだが、やはり覚えている限りの歴史では前例がない出来事だった。


「貴様の記憶は正しい。我らの記録にも残されていないのだから」

「どんな理由があったとしても、わたくしはシェナ(この子)の母親になれて本当に幸せ」


 陽だまりのように優しい微笑みを浮かべるエルミシアを、笑顔でありながらも複雑な心境を隠しきれないレンフィア。


 〈長耳族(エルフ)〉の中で誰よりも優しい彼女は、種族のために見捨てなければなれない命があるのを、表には出さずとも苦しんでいるのを彼は知っていた。


 見た者の心を癒す笑顔の奥底に眠る辛さや悲しみを、彼だけが理解し得た。


 誰にも話せない、話さない心を理解し、レンフィアは多くは語らずにそっと寄り添うことを選んだ。


 彼らはお互いを支え合う。まさに夫婦として理想の関係を築くことができたのである。


 決して国民には見せない、ふたりの胸の内を知っているグリムは穏やかな表情を彼らに向ける。――本当にお似合いだ。


「……シェナ、特別?」

「そうッ、ワタシってばスゴいんだか……ら? ねぇっ、お母さん、フィーネちゃんがシェナって呼んでくれた! 聞いてたッ、ねぇ聞いてた!?」

「ええ、ちゃんと聞いていましたよ」


 名前を呼ばれただけでここまで喜べるとは、なんと純粋な心の持ち主なのだろうとグリムは苦笑する。


「シェナの話はまた後程聞くとして――貴様らはなぜこの森にいた? そちらの姫君はともかく、貴様はこの森が我々(エルフ)の領地だと知っている」


 組んだ両手の上に顎を乗せ、レンフィアは笑顔を消して真剣な面持ちになるの同時に纏う雰囲気も針のように鋭く変化した。


 父親としての顔ではなく、一国の主としての顔だ。


 もっと早くに訊かれるとグリムも考えていた内容だ。返答は既に用意してある。


「その上で前魔王の娘を連れてきた理由を訊かせてもらおうか」


 問いかける相手を殺さんとする勢いの鋭い眼光を向けられるも、グリムは一切怯むことなく返答する。


「――迷いました」

「迷ったか。その程度の理由で我が領内に足を踏み入れるとは、貴様とあろう者が浅はかになった、な……今なんと言った?」


 全くの逡巡なく答えたグリムに、事前に準備していたように捲し立てるレンフィアは途中で我に返る。


 そんな威厳をあっさりと消してしまうレンフィアを、エルミシアとシェナは笑いを堪えていた。


「ですから、迷ったのです。もちろん私ではありませんが」


 この森に入った原因、迷いの達人(フィーネ)は自然な応答の流れで自分に恥をかかせたグリムを睨んだ。


「はぁ……。貴様がついておきながらなんたる(てい)たらくだ」

今の私(・・・)はあくまで従者です。助言はできますが、決定権はありません。フィーネ様が進むと選んだ道を曲げることは叶いません」


 さも当然の行いだと堂々と語るグリムに、頭を抱えてため息をつくレンフィア。


 昔馴染みだからこそ皇帝は知っていた。グリムはこんなつまらない嘘をつく人物ではないと。


 〈魔族〉の中で唯一信じられる友人でもなければ仲間でも同志でもない。言うなれば、本当に知り合い程度の関係である。それは間違いなく前者以上の、ではあるが。


「ならば問いを変えよう」


 故にこそ、無意味に主の命令に従うだけの無策の人形などとは程遠い思考の持ち主なのも、レンフィアは知っていた。


皇帝(わたし)になんのようだ?」


 望んでいた問いを聞いて、グリムは嬉しそうに口角を上げた。


「我々魔族はまもなく人間族、強いてはアインノドゥス王国に宣戦布告を行い――滅ぼします」


 曖昧な表現をせずに断言したグリムに、目を細めるレンフィア。


 和やかな雰囲気な部屋を再び張り詰めた空気が支配する。


 そんな中でもエルミシアは微笑みを浮かべて娘の頭を撫でている。


 フィーネに至っては無言で出されたお菓子を頬張っていた。


 緊迫しているのは悲しきか、グリムとレンフィアのふたりだけなのである。


「大それたことを。新たな魔王とは随分と大胆な思考をしているようだ」


 レンフィアの言葉には〈魔王(レグルス)〉に対しての半ば呆れ、半ば恐れ。相反するような、ふたつの意味が込められていた。


「……だが余計にわからん。貴様がなぜそれを止めないのかを。貴様とてその後(・・・)が見えていないわけではあるまい」


 戦争が終わった後。


 今は何の気まぐれか大人しくしているとしても、〈魔族〉も〈人間族〉も一度火がついてしまえば消すのは難しい。


 レンフィアが危惧しているのは、戦争が起これば2種族だけで完結するような単純な話ではなくなるのが目に見えているからだ。


 必ず周りの種族に飛び火し、やがては〈長耳族(自分たち)〉も巻き込まれると。


「ですから、私がここに赴いたのです」

「……」


 レンフィアは無言で先を促した。


「――我々の戦争に介入しないでいただきたい。その一点に限ります」

「同胞が殺されたとしても、ということだな」

「解釈は皇帝陛下にお任せします。ですがこれだけは言わせてもらいます」

「聞こう」

「今までの魔王陛下を悪く言うわけではありませんが……あの方なら、レグルスなら我々が予想し得ない結末を掴み取れる。私はそう信じています」


 しばらくグリムを睨み付けていたレンフィアだったが、堪忍したのかふーと息を吐きながら肩の力を抜いた。


「――レグルス・デーモンロード」


 現魔王の名前を呟いてから、問答で乾いた喉を紅茶で潤す。


「貴様がそこまで人を褒めるとは、天地がひっくり返るかもな。おかげで娘が隠そうとする理由がはっきりした」

「――へっ!? べべべべ別に、隠してなんかー、アハハー」


 動揺が全然隠せない娘に微笑みつつ、グリムに視線を戻した。


 新たな魔王――レグルス・デーモンロードの所在をシェナが知っているところまで掴めたレンフィアだった。が、その先には進めずにいた。


 装飾品に興味を示さなかった娘が、突然耳飾りをつけて帰って来た日には皇帝とて父親。かなり冷静を保てなかったものだ。


「内容が内容だ。わたしとエルミシアだけで即決はできない。急ぎはするが、返答には時間を要するだろう」

「1ヶ月以内であれば問題ありません」

「そこまではかからん。魔族を長居させる許可は出せんが、今日くらいは休んでいくといい」


 言いながら席を立ち、部屋を後にしたレンフィア。


 正直な話をするならば、レグルスの居場所を皇帝は掴んでいた。


 新たな魔王が誕生したと報告があってから、時を経たずして〈アインノドゥス王国〉領内で謎の人物が話題になった。


 怪しまれるのは当然と言えば当然だろう。


 それで調べ始めたのと同時に、娘との接触の可能性が浮上したのだ。耳飾りをし始めたのも同じ時期なのだから、父親として心中穏やかではなかった。


「一度、話してみたいものだな」


 知らず知らずの内に、レグルス(ノルン)は〈長耳族(エルフ)〉の皇帝にまで興味を持たれることになったのである。

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