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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『助っ人』

「アナタが()のお気に入りの子ね。初めまして、アタシはシェナ。情報屋として世界を飛び回ってるの」

「かれ……まさか――んむっ」


 魔王の娘に対しても怖がらずに、シェナはフィーネの口元に人差し指を添えて首を横に振った。


 他の人間ならいざ知らず、彼女ならこのような行いも許される。


 なので止めようともせずに、グリムは微笑みながらその光景を眺めていた。


「ダメだよー、情報は命なんだからー。そう易々と語れば()が不利になっちゃう」

「むぅ……仕方ない」


 不満はあってもやはり第一に考えるのはレグルス(ノルン)のことなので、そこを引き合いに出されてしまったらフィーネは反論できない。


 〈長耳族(エルフ)〉を変に刺激しないように、シェナは現魔王(レグルス)の名前は伏せる柔軟さを見せた。


「――シェナ様。その者たちはお知り合いですか?」


 木の上から颯爽と飛び降りてきた一人の〈長耳族(エルフ)〉が、シェナに眉間を寄せながら問いかけた。


「そ。アタシのお友だち。それなら大丈夫でしょ」

「致し方ありません。他ならぬあなたの申し出です。特別に許可しましょう」

「ありがとね」


 押しきられた〈長耳族(エルフ)〉の門番は渋々彼らを受け入れた。


 ファンヴァース帝国に入るつもりはなかったが、こうなってしまっては後には引けないとグリムも同行することを決意した。


「早く早くー」

「わっ、お前、急ぎすぎ」


 と口では文句を言いつつも引っ張る手を振り払わない辺り、本気で嫌がっていない様子。


 こうしてフィーネとグリムは、シェナという助太刀のおかげで問題にはならなかったものの、なし崩しのような形でエルフの国へと足を踏み入れるのだった。


 2本の大木を抜けた途端、景色が一変した。


 鬱蒼と生い茂る木々は何処へやら、開けた大地に巨大な大樹を中心とした自然と共存を果たした都市が広がっていた。


「どう? スゴいでしょー?」

「……緑」

「もう少しまともな例えはないのですか……」


 感想を一言で終わらずお姫様に呆れながらも、グリムは目の前に広がる光景に意識を持っていかれないようにしていた。


 自然()と共に生きる種族――〈長耳族(エルフ)〉とはよく言ったものだ。


 難しい言葉をへつらうのも憚られる美しさが、ここにはあった。


「ここがファンヴァース帝国。エルフの国だよ」

「噂には聞いていたが、これほどとは……」


 思わず言葉を失うとはまさにこのこと。


 グリムは自然の雄大さを余さず活かして共に暮らす〈長耳族(エルフ)〉に敬意を抱いた。


「緑……匂う」


 顔をしかめるフィーネ。


 空気が綺麗とはお世辞にも言えない環境の〈魔界〉で生まれ育った少女にとっては、緑の豊かさが残念なことに逆効果になりそうであった。


「あー、ここは森よりも空気が綺麗だからね」


 レグルス(ノルン)から事情を聞いているから、フィーネの反応に仕方ない苦笑した。


「――〈世界樹(ユグドラシル)〉」

「さすがの博識。そう、あれが世界に一本しかない世界を支える大樹――〈世界樹(ユグドラシル)〉」

「ゆぐどらしる?」


 感嘆の声を上げるグリムに、何を言っているのだと首を傾げるフィーネ。


 ――勉強で教えたはずなのに。


 困った表情を浮かべてからグリムは簡潔に〈世界樹(ユグドラシル)〉について説明した。


「あの大樹は、我々生物が生まれるよりも遥か昔にこの世界に根布いたとされ、全ての生命の母とも言われています」

「お母さん……?」

「諸説ありますがね」


 記録も情報も残されていないのだから断言はできなかった。


 しかし、実際にこうして〈世界樹(ユグドラシル)〉を前にした者ならわかる。


 心が落ち着き、穏やかな気持ちになる。


 まるで母親に抱きしめられているような温もりが感じられたのだ。


「そして、生命――つまりたくさんの動物や生き物が現れると、やっぱりそんな素晴らしい代物を放ってはおけなかった。高度な知性がなくても、本能的に力を感じ取ったんだろうね」


 グリムの説明に続いてシェナが付け加えた。


「だからその対抗策として〈世界樹(ユグドラシル)〉が生み出したとされる生命が――」

「エルフ」

「そういうこと」


 タイミングを合わせたようにフィーネに答えを言わせたシェナは楽しそうに笑った。


「決して悪い意味ではありませんが……もとより守護者としての役割で生み出されたことが起因しているのか、外界の事情については消極的です」

「――耳が痛い意見だな」


 突然声をかけられた3人は、別段驚きもせずに声の主へと向き直った。事前に近付いてくる気配に気付いていたのだ。


 そこには白を貴重とした、派手ではなくとも高貴さを感じさせる服装を身に纏った白銀の長髪を後ろで束ねた男性。

 ファンヴァース帝国皇帝――レンフィア・クライエル・ファンヴァース。


 同じような服装に身を包む、金色の長い髪を丁寧に纏めた女性。

 ファンヴァース帝国皇后――エルミシア・カイラル・ファンヴァース。


 そんなふたりが護衛らしき槍を持ち、背中に弓を携えた者たちと一緒に歩いてきていた。


 やはりと言うべきか、彼らの全員が〈長耳族〉の名前に相応しい、文字通りに〈人間族〉のそれよりも特徴的な長い耳を有していた。


「これは両陛下自らがお見えになるとは、何やら異常事態ですかな?」

「その原因が何を言うか?」

「ハッハッハ、我々が原因とはまたご冗談を」

「ハッハッハッハッ、貴様がこの国に足を踏み入れること自体がもはや事件と言えよう」


 お互いに乾ききった笑いを浮かべながら、言い合いを始める男性ふたり。


「え……? ふたりとも知り合いなの?」

「「違う!」」


 息ぴったりの反論をシェナに返してからも、なおも続けられる笑いと言い合い。


 こうしていると見た目は大人として完成されている分、子どもっぽい一面を見せられた側としては複雑な心境にならざるを得ない。


 当の本人たちは周りの気苦労など耳に入らずだ。


「ふふふ。本当に仲良しですね」

「「誰がなかよ――」」

仲良し(・・・)、ですよね?」


 シェナの時と同じように反論しようとする男ふたりは、笑顔の前に屈することとなる。


 丁度フィーネとシェナからは表情が見えない角度で、鈴のような透き通る声だけで判断を強いられた。


「な、仲良し、だとも。な、なぁグリム」

「そう、ですね。私たちは仲良し、ですよ」


 ふたりの顔は言葉とは裏腹に明らかに引きつっていた。


 シェナはいつものことなので慣れているが、事情を皆目見当もつかないフィーネだけは不満そうに頬を膨らませた。


「騒がしくなったけど――おかえりなさい、シェナ」

「ただいま、お母さん」


 聞き捨てならない一言に驚きを見せるグリムだったが、逆にそれでシェナの立場が府に落ちた。


「そういうことでしたか」

「もう気付いたのか。相変わらずの慧眼だな」

「あなたに言われると皮肉にしか聞こえませんね」


 目を細めるグリムに、悪戯小僧のような笑みを返す皇帝陛下。


「で、ふたりはどういう知り合いなの?」


 当の本人たちからはまともな情報は得られないと判断したシェナは母の腕に抱かれたまま尋ねた。


「実はわたくしも詳しくは知らないの。昔から仲良しというくらいしかね」


 エルミシアが顔を向けた途端に、背後で小言を言い合っていたふたりは仲良く肩を組んだ。


「ねぇ、シェナ。わたくしにあなたのお友だちを紹介してくれるかしら」

「もちろん」


 そう言って母の腕から離れて縮こまるフィーネの隣を陣取った。


「フィーネ・グランヴァース・デーモンロードちゃん。前魔王陛下――フレズベルク・グランヴァース・デーモンロード様のご息女です」


 両手を広げてお友だちを紹介するシェナに対して、紹介された側のフィーネはどう対処したら良いかを決めかねていた。


 そんな戸惑いはエルミシアの抱擁で全てが吹き飛ばされる。


「大丈夫よ、安心して。あなたに危害を加えたりはしないから。もし、夫が何かしてきたらすぐに言ってね――燃やすから」

「うん、そうする……」


 あったかい、とぼそりと呟いてフィーネからもエルミシアに抱きついた。


 長らく忘れていた母の温もりを思い出すように、魔王の娘である小さな少女はしばらく抱きついたままだった。

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