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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第六章 魔王の一人娘
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『迷った』

 レグルス(ノルン)一行がエルファムル連合国で修練を積んでいた頃、魔王たる彼を追ったふたりの人物がとある森で迷っていた。


「ここ……どこ?」


 自信満々に突き進んでいく少女の背中に不安を感じつつも、下手に口を挟めばより厄介になりかねないと黙っていたグリムブロンダ・アーカイスこと――グリムはため息をこぼす。


「姫様。もしやとは思いますが、なんの考えもなしにこの森(・・・)に入ったわけではないですよね?」


 もはや訊く必要のないにも等しい問いだが、一応主従関係である以上は確認しなければならない。


 ただの森ならまだしも、〈長耳族(エルフ)〉の住まう――〈リレインの森〉と呼ばれるこの森では迷うことが当たり前。抜け出す手段を予め用意しておくのが前提とされる魔性の森である。


 木の高さが尋常ではなく、生い茂る枝葉が太陽の光を遮る。


 昼間でも夕暮れ時のような明るいと暗いの中間状態の地上。


 それが夜になれば完全に闇と化すため、魔法なり道具なりと灯りの持参は必須条件である。


「こっちに、レグルスいる……はず」

「あながち間違ってはいませんが……」


 分身をレグルス(ノルン)に忍ばせているため、グリムには彼の居場所が手に取るようにわかる。


 主でもある少女――フィーネ・グランヴァース・デーモンロードが向かっている方角が間違っていないのも同様の理由で知っていた。


 普段なら遺憾なく道に迷う能力を発動させる彼女が、ここまで真っ直ぐに目的地に進めるのはもはや奇跡にも例えられた。


「ですが、はぁ……」


 逆に真っ直ぐ過ぎるのだ。


 まるで地面に描かれた一直線をなぞるように進んでいた。


 そこに障害物があれば容赦なく破壊し、森があろうと構わず突き進む。

 後始末はもちろん同行者のグリムが卒なくこなしていた。


 少女の父親である前魔王――フレズベルク・グランヴァース・デーモンロードに仕えていたグリムにとってはこの程度は朝飯前なのである。


 しかし、そんな彼でも冷や汗を流さざるを得ないのがこの森と言うわけだ。


 〈大精霊リレイン〉の名を冠する森が、ただの森であるはすがなかった。


「――ッ」


 森の中は別世界の如く、森の外と生態系がほぼ完全に異なり、生息する生物は見たことがないのが前提とされる。


 心配するグリムをよそに、フィーネは向かってきた全身が黒い蜂のような虫を一刀両断のもとに斬り伏せた。


「ですよねー。こうなりますよね、ハハハ」


 乾いた笑顔がグリムの表情を支配する。


 彼は悟った。――無難に旅を行うのは諦めるべきだ。


 噂をすれば何とやら。

 先程真っ二つにしたのと同じ黒い蜂のような虫が羽音を森に響かせ、しかもおびただしい数でこちらに迫っているではないか。


「――うるさい」


 グリムが腰に携えてあった剣に束に手を添えたのと同時。


 森に羽音を響かせる虫への文句の一言が聞こえた。


 その刹那、全ての虫がピタリと動きを止めて成す術なく重力に従って地面へと落下した。


 前方へ進んで飛んでいた勢いは殺しきれず、前のめりに大地への衝突を行ったために見るも無惨に虫の体はバラバラになったりもしていた。


「…………」


 長年、数十年どころか数百年単位で〈魔王〉に仕えてきたグリムですらわからない事象。


 原因は言わずもがな。


 フィーネであるのは間違いないのに、旅に出てから何度も目にしたその原理がまったくもって不明なのだ。


 唯一わかるとすれば、虫たちが一斉に動きを止めたあの時には既に死んでいた(・・・・・)ということのみ。


 相手の体内に流れる魔力を感じ取って、生死を見分けるのはグリムには容易である。


「早く、ついてきて。置いてくよ?」

「ちゃんとついていきますよ」


 分析を試みるグリムに声をかけて、虫だった残骸の間をフィーネは平然と突き進む。


「姫様。このままですと本当に〈長耳族(エルフ)〉の領内に入ってしまいますよ」

「邪魔する?」

「それは姫様の態度次第かと……」


 ピタリと足を止めて身を翻してグリムの方に向き直り、フィーネは無表情で首を傾げた。


「〈長耳族(エルフ)〉は元来争い事を嫌います。よって、こちらが下手に刺激しない限りは大丈夫でしょう」


 言いながらグリムは苦笑いを浮かべる。――大丈夫ではないのだろうな、と。


 現状、フィーネの眼中にはレグルス(ノルン)以外は障害物と判断されている。そう推測していたからだ。


 〈アインノドゥス王国〉との戦争前に〈長耳族(エルフの)〉といざこざを起こすなど、間違いなく今後に影響するだろう。


「くれぐれも粗相のないようにお願いします」

「不愉快。粗相する前提」

「旅に出て、人間界に来てから何度……何度後始末をさせられたことか……しくしく」

「ぅっ……たまたま不運だった、だけ」


 目を逸らす少女の姿に、若かれし頃の前魔王(フレン)の姿を重ねて微笑んでしまうグリム。


 本当にふたりは親子なんだなと、不思議と暖かいものが彼の胸中を満たしていく。


 まだまだ幼い少女だが、時折見せる年齢不相応な強さや度胸が成長を感じさせる。


 それがグリムにとって堪らなく嬉しいのだ。――子どもが成長していく姿は何度見ても素晴らしい。


「早く、レグルスに会いたい。……ダメ?」


 故に彼は、グリムブロンダ・アーカイスはこういうお願いをされてしまうと無下にはできない性分である。


「構いませんよ。そのために私が同行しているのですから。ご自由にやってください」


 苦笑しながらもそう言ってしまう自分に呆れつつも仕方ないと納得するのがグリムなのだ。


 こんな子どもに甘く優しい人物だからこそ、フレンから元奴隷の子どもたちの世話を命じられ、彼も快く受け入れた。


「――ですが、やり過ぎたらレグルスに迷惑がかかることをお忘れなく」


 人差し指を立てて重要な部分を強調して忠告を忘れない。


 甘やかしてばかりではないのも彼の教育方法。


 けじめはちゃんとつけさせるのがモットーだとフレンに語っていた。


「わかった。任せて」


 相変わらずの無表情で承諾し、今度こそ踵を返して森の進行を再開する。


「――」


 木々の上の気配にはふたりとも気付いていた。が、殺気を飛ばしてくるわけでもなく、単に侵入者を警戒しているだけのようなので様子を窺った。


 門のように2本の大木が並ぶ場所に差し掛かる直前に、相手(エルフ)の方が先に動いた。


 いくつとの結界と隠蔽、幻惑など様々な魔法によって辿り着けないはずの〈ファンヴァース帝国〉の入り口。

 大木の抜けた先が〈長耳族(エルフ)〉たちの国である。


「――待たれよ。汝ら、それより先は我らがエルフの国と知っての行動か?」


 グリムは片手で顔を覆った。

 偶然で辿り着ける訳があり得ない場所に、フィーネは足を踏み入れてしまった。


 これで止まってくれればと儚き希望を抱くグリムの考えは一瞬で吹き飛ばされた。


「どうでも良い。わたしは、レグルスのところ……行くだけ」


 複数の殺気が彼らに向けられ、グリムはこのままでは矢を構える〈長耳族(エルフ)〉が先程の虫のようになってしまうと危惧して眉を歪める。


「――かわいい子はっけーん」


 そんな緊迫した空気など意に介さずと言わんばかりの陽気な声が彼らの間を突き抜けた。


 そこには人間の少女が、遠くを見渡すように片手を額に添えていた。


「あなたは――」


 どうやら希望は費えていなかったのだとグリムは一人胸を撫で下ろす。


 そう。彼女ならこの最悪とも言える状況を覆せる。


 名前は――シェナ。


 〈人間族〉の情報屋である。

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