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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『必ず』

 〈獣王〉と〈竜人姫〉のふたりによる稽古は時間の経過を忘れさせるには十分な内容だった……らしい。


 結果、〈エルファムル連合国〉の滞在期間は何と驚きの2ヶ月。


「マジかよ。もう2ヶ月も経ったの!?」


 とリュウヤが驚くのも無理はない。


 彼らにとってはかなり濃密な時間だったはずだ。


 かくいう俺はほとんど単独行動をしており、リュウヤたちはともかく、イーニャやアカネとも距離をとっていた。


 嫌いになったとか、もう一緒にいられないとかではなく、俺自身も現状で慢心せずに鍛えるべきだと判断したのだ。


「寂しい思いをさせてしまったか?」

「…………」


 そのため、久しぶりにアカネに会うと、突進する勢いで抱きつかれたものだ。引き剥がすことが叶わず、説得でお姫様だっこに体勢を変えたは良いものの……一日中それが続いた。


「ノルンは全然変わんないな」

「お前と違って、出来上がっているようなものだからな」

「言いやがるぜ。ま、むちゃくちゃ強くなった俺のプァウァー(Power)を見て腰抜かすなよ」


 ふんと鼻を鳴らして、いらっとする言い方で威張るリュウヤ。


 身体中に刻まれた傷。顔つき。体格。瞳に宿る自信。


 あながち口だけではないようなので、実際にそのプァウァーとやらを見てから馬鹿にしてやるとしよう。


「どうやらお前も強くなったようだな」


 悠然と佇むシグマにそう言った。

 雰囲気も以前より落ち着きを増している。


「もちろんだ。獣王と竜人姫のお二方に教えを請うたんだ、強くならなければ無能になる」


 相変わらずの真面目具合で安心した。


「……な、なによ」


 無言でじっと眺めていると、さすがに恥ずかしくなったのかカグラは赤くした顔を隠すように背ける。


「深い意味はない。ただ単純に凄いなと思っただけだ」


 元々のポテンシャルが高かったのもあるにせよ、短期間(2ヶ月)でここまで伸びるとは思っていなかった。


 さすがの手腕と感服するくらいだ。


 イーニャとアカネに関しては、実は影からちらりと様子を窺っていたのでどれだけ強くなったかを知っていたりする。


「良くもまぁ、この短期間で全員を伸ばせたものだ」

「正直我も驚きを禁じ得ない。以前よりも格段に実力を飛ばし、心構えも十分だ」


 ライスターが当たり前だと胸を張り、メリーがもじもじとしながら両の人差し指をつんつんと当てていた。


「助かる、感謝するよ。メリーも頑張ってくれたようだな」

「……う、うむっ。わらわ頑張ったぞ。褒めることを許可してやる」


 許可されたので頭を撫でてやると、目を細めて嬉しそうな表情でされるがままだった。


 ちなみにライスターとメリーは、アカネが〈混血種(ハーフ)〉なのを知っている。と言うより、初見で見抜かれたらしいのだ。


 俺の幻影魔法は無意味に等しかったとは情けない話である。


「まだ教え足りないことはあるが、いつまでもここにいるわけにもいかんのだろう? いつここを()つつもりだ?」

「あと3日は滞在し、こいつらの疲れを取り除いてからになる」

「ならば貴様らの門出を祝い、宴を開いてやろうぞ」

「楽しみにしている」


 それから軽く近況と予定を話してから寝室へと向かった。


「――ん」


 部屋に着くなりアカネがベッドへと行くように指示してきたので、これはもしや大人の階段を上る準備ができたのか、と一人で娘の成長を喜んでいたら、


「おや、なるほ……ど……ぉ……」


 俺の首筋を露にさせて、そこに思い切り噛みついた。


 痛い、のは仕方ないだろう。

 結果として随分長い間、最低限の量で済ませていたからな。


 狂わなかっただけでも褒めなければな。


 しかし、ここで問題が生じた。


「……ちょ……あか……ぇ……」


 凄まじい勢いで吸われていくのがわかる。


 回復魔法をかける前に意識が遠退いていく。


 止めようとするも、全身から力が急激に抜けていき声すらまともに出せそうにない。


「――お仕置き」


 それが聞こえた時に俺は気付いた。


 吸血行為と同時に、アカネは俺には睡眠魔法をかけていたことを。

 どうやら魔法を隠す手段を覚えたようだ。


 ――やはり俺の娘は天才だ。


 再び娘の成長を喜びながらも、俺の意識は夢の世界へと誘われる。


「ただい――ににに兄様!?」


 最後に慌てふためくイーニャの声が聞こえたような気がしたが、既に相手をする力も意識も残されていなかった。



 程なくして意識を取り戻した俺は、頭を撫でられる感覚と、何やら顔の側面で柔らかい感触を感じた。


「イーニャ、何をしているんだ?」

「あ、起きたんだ。なにって、膝枕だけど?」


 目を閉じたまま話しかける俺に、別段驚きもせずになおも頭を撫で続けながら返事をするイーニャ。


「不思議な感覚だ」

「不思議……?」

「いつもは俺がお前やアカネを撫でているからか、どうやら自分がされるのは慣れていないらしい」

「撫でられるの、嫌?」


 不安そうに訊いてくるイーニャに俺は膝の上で首を横に振った。


「嫌ではない。むしろその逆だ」


 髪の毛がくすぐったかったらしく、くすくすと笑い声が聞こえた。


「よかった」


 ほっとしたような声が、俺の心を落ち着かせる。


 だからなのか、俺はずっと抱いていた疑問をイーニャにぶつけていた。


「お前は、俺を憎くないのか?」


 暫しの沈黙。


「……どうして私が兄様を憎むの?」


 すると疑問で返された。


「俺はお前に言った。お前の仲間は自ら命を絶ったと」

「うん」

「それに嘘偽りはないと疑わないのか? 俺がお前に協力させるために嘘をついていると」


 再び部屋を静寂が支配する。


 正確には無音ではない。


 お互いの息遣いや、アカネの寝息。イーニャの心音や撫でられた髪が擦れる音。


 しかし、静かだった。


「兄様……ううん――レグルスが言っていることが嘘か本当か」


 俺の名前を呼んだのは、一種のけじめみたいなものなのだろう。


「そりゃあ最初は、取引だとか魔王だとか言われて困惑したわ。魔族は敵……そう教えられてきたから信用もできなかった。――でもあなたは違った。私を守るって言って、その約束を今も破ってない」


 フフッと笑い、一度俺の顔を見下ろしてから話を続けた。


「時には戦いを指示するけど、命に関わるような大怪我は一度もしていない。私を、私たちをあなたはずっと守ってくれてる。いつも、どんな時でもね」


 ああ、そうだ。

 約束は守らなくてはならないからな。


 約束を果たせなかった時の後悔と絶望を俺は知っている(・・・・・)


 失われた記憶の中に、果たせなかった約束が、守れなかった約束があるのを知っている。


 それがどれだけ辛いのかを。


「だから私は思うんだ。この人がたとえどんなに悪い人だったとしても、私は――ぅむ」


 柔らかいその口元に指をそっと当てて言葉を遮る。


「先は言わなくて良い」


 その先を言ってしまっても大丈夫だ。


 イーニャの心臓を握りしめていた魔法の解析は終わり、解除も済んでいる。なのに胸騒ぎがしたのだ。


 ――その先を言わせてはならない。


 心の中で警告をしてきた。


「気持ちは伝わった。素直に喜ばせてもらうよ」

「ほんとに?」

「ああ、本当だとも。それこそ、言わせない理由があるのだと思ってくれると助かる」

「仕方ないな。兄様がそういうなら言わないでおいてあげるわ。……でも、いつか私の気持ちを絶対に聞いてもらうから。止めても無駄だからね」


 頬を膨らませながら両手を腰に当てる。


 豊かな表情をもつ旅の案内人の顔を見上げた。


「必ず聞くとも。そうだな……王国との戦いが終わったら聞かせてくれ、必ずな」

「じゃあ――」


 小指を立てた手を俺の顔の前に突き出した。


 すぐに意図がわかり、俺も同じように小指を立てて相手の小指と絡めて上下に振った。


 イーニャは座り、俺は寝転んでいるから上下、と言うよりは斜めにが正しかった。


「約束よ」

「仲間との約束は必ず守る」


 今は聞けないお詫びにイーニャに要求された添い寝をして、俺は再び眠りにつくのだった。

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