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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『王の器』

「王様になるにはどうすればいいんだ?」

「また唐突な問いだな」


 カグラによる説教を受けていたはずのリュウヤがひょっこりと顔を出してきた。


 奇しくもここには3人(・・)の王が揃っている。


 ふと抱いた疑問だろうが、ここより相応しい場が他にあるだろうか。


「獣王の考えを聞かせてもらおうか」


 自分でもわかる。

 俺は今、凄く悪戯小僧のような顔をしていると。


 〈魔王〉である事実を隠している俺が答えるより、〈獣王〉ライフォーンが答えるべきだと促した。


 睨み返されたのは言うまでもない。


「うぅむ……」


 何故ならリュウヤの問いは本人の意図など関係なしに、簡単に答えられるような内容とは異なるからだ。


 人の数だけ答えがあるとまでは言わずとも、その例えが出る時点で数え切れないに等しいのは明白。


 腕を組んで熟考する獣王。

 日常のさりげない仕草でも、さながら絵画のような芸術性を感じさせる。


 持って生まれた美しさとでも例えるべきか。


「難しく考えなくても、方法なら簡単だ。自ら王を名乗れば良い。襲いかかる弊害を無視できるのならの話だがこれも一つの手だ」

「襲いかかる……」


 物騒な例えにリュウヤは腰が引けたまま苦笑する。


「半ば強すぎる自己主張だ……」


 呆れたようにため息と一緒に獣王が付け加えた。


「王になるにはどうすれば良いか、だったな。知識や力のように後天的に偉業を成し遂げたりして王になる者もいれば、才能のよう産まれる前から決まっている場合もある。他にもいくつか思い当たるが、わかりやすいのはこのふたつだな」


 どうやら解説の準備ができたらしい。


 一歩身を引く俺である。


「じゃあ手っ取り早く王様になるための方法は、凄いことをして皆に認めてもらえってこと?」

「つまるところそうなる。貴様は勇者故に、自ずと成果を上げる機会は訪れるだろう」


 うんうんと頷く獣王。


 目を輝かせるリュウヤ。


「しかし、ただの偉業では効果は薄い」

「どうして? 凄いことをすれば皆は認めてくれると思うけどなぁ」


 もしこれが演劇の一幕ならなかなかのできだったろう。模範解答にような相槌を返すリュウヤを見ながらそう思った。


「大切なのは人々の印象に残ることだ。過去の偉人が行ったのと同じでは、ただの真似事に成り下がる」

「んー、じゃあ誰もやったことがないような、物凄いのをやらなくちゃいけないんだな」


 言葉選びに知能の低さを垣間見る。――あ、外見だけでも十分馬鹿だな。


「然り」


 ゆっくりと頷いて肯定する。


 相手を持ち上げるのが上手いのか、リュウヤの馬鹿さが後押ししたのか俺にはわからない。


 結局どっちつかずになり、両方だろうなと結論づけた。


「やはりお前に王は似合わない」

「いーや、もしかしたら数年後にはものすんごい王様になってるかもよ?」


 苦笑いを浮かべた俺に、何処から湧いてくるのやら謎の自信で胸を張った。


「王には、というより指導者には最低限の()が必要になる」

「ちから? だとしたら……まぁ、これからまだまだ伸び代があるし」


 自分で言うかそれを……。


 哀れみの視線など意に介さず。


「武力も含まれるが、部下や民を率いる統率力、危機を切り抜ける状況判断能力など、一口に力と言えどそれ以外にも多種多様なものがある」


 ふんも鼻を鳴らす獣王は、俺に視線をちらりと向けた。


 どうやら見た目の美しさに似合わず、負けず嫌いな面もあるらしい。


 可愛いところもあるのだな、と思ったのは言わないでおこう。

 あの爪を光らせる姿が容易に想像できる。


「そういう王になり得る素質がある者を俺たちはこう呼ぶ――王の器、とな」


 項垂れて落ち込み暗くなっていた表情が一瞬で快晴の空の如く晴れわたった。


 こいつが何を言おうとしているのかを察した。


「俺は、どうよ?」


 白い歯を見せつけてニヤリと口角を上げて親指を自分に向けて決めポーズで訊いてくる。


 予想を上回る自己主張に、俺は自然と苦笑する。


 こういう奴にはどう言葉をかけたら良いものかと思案してみるも、具体的な答えは出せなかった。


「貴様も言ったようにまだ若いのだ、焦る必要はない。加えて、王になるべく精進するより、貴様には他に成すべき事柄があるのではないか、勇者リュウヤ・トウジョウよ」


 先程までの朗らかな印象から一変。


 相手の真意を確かめるための真剣な眼差しでリュウヤに告げた。


「――ああ、ライスターの言うとおりだ。俺には魔王を倒すって目標がある」


 気持ちをしかと受け取り、リュウヤも真面目な表情で言葉を返す。が、すぐにそれを崩してふっと苦笑いを浮かべた。


「……けどよ俺、思うんだよ。魔王を倒したからって、それで本当に世界は平和になるのかなって」


 獣王は真剣な面持ちのまま、黙って話に耳を傾ける。


 感じ取ったのだ。

 察したのだ。


 目の前の少年が今話しているそれは、彼なりに未来を見据えての意見だと。


「だってそうだろ。魔王を一人倒しても、魔族はいっぱいいるから、すぐに次の魔王が出てくるかもしれないし。そうしたら俺は二人目も倒さなくちゃいけなくなる。それをさ、何回も何回も繰り返して……最終的に魔族がいなくなるまでやる羽目になるんじゃないかって、最近わかんなくなってんだ」

「…………」


 旅を仕切る俺でも、師匠のシグマでも、ましてや幼馴染みのカグラでもない。


 まだ知り合ったばかりの獣王ライフォーンだからこそ言えた自らに課せられた使命への葛藤。


 アカネに女性陣をこちらに連れて来ないように指示した。

 本心の吐露を偶然聞いただけの俺にできるのはそれくらいだと思ったからだ。


「……のお、リュウヤ」

「……なんだ?」

「魔王は本当に――倒さなくてはならない者か?」

「……ぁ……それは」


 即答できずに言い淀む。

 いつものリュウヤからは想像もできないしおらしさが、太陽の光を浴びれずに萎れる花のような儚さを抱かせる。


 持ち前の明るさと賑やかさで、周りだけではない、自分自身も誤魔化していた心の奥底に溜められた疑問や不安や恐怖。


 それが表に出ただけで、これほどまでも人は弱く見えるのか。

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