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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『楽しみ』

 アインノドゥス王国、五老公すら存在を知らない通路の先にある地下の一室。

 壁に沿って棚が置かれ、そこには数々の書物が所狭しと並べられていた。


 日の光が届かないここでは、蝋燭の灯りだけが頼りとなる。


 ドレイアス・ウィル・ヴァンダグリーフ・アインノドゥス王は部屋に備え付けられた椅子に腰掛け、書物の一冊を手に読み耽っていた。


「――また歴史のお勉強かい?」

「楽しみの一つでな。それより、部屋に入るならノックくらいしたらどうだ?」


 背後に突如現れた影に驚きもせずに、国王はパタンと書物を閉じながら苦言を返した。


「あれ? もっと驚きに目を丸くする、なんて面白い反応を期待してたのになー、つまんない」


 影は相手が一国の長であろうと気にせずおどけた態度を貫く。


 そこには触れないのは、ドレイアスと影の関係が昨日今日の知り合いではないことを物語る。


「用件を言え。私は忙しいのでな」

「忙しい、ね。ヴァティくんの研究、あとは調整だけみたいだよ」


 ヴァティとは五老公の一人――ヴァテッロ・ルドクリントのことである。


「さすがはヴァテッロだ。あやつに任せて正解だった」

「よく言うよ。成功させるように追い詰めたくせに」

「王には人を動かす手腕も必要なのだ。私はそれを発揮したに過ぎん」


 背中を向けたまま当たり前の営みだと言う国王。


 ――成功させねば、貴様の血はそこで終わりじゃ。


 一言でヴァテッロのやる気を出させた。ドレイアス自身は悪意など微塵も抱いていない。


 相手が一番良い成果を出させる、そのために得策な手段を選んだに過ぎないのだ。


「キミ。魔族より人間に殺されるんじゃない?」


 何気ない影の一言をドレイアスは気に入り、部屋に響き渡るくらいに笑い声を上げた。


「貴様も冗談を口にするのだな、覚えておこう。私を殺せる者がいると本当に思っているのか」

「さぁーてね」

「知っているだろう――不可能だ。私はこの国の王、絶対者である。他の国ならば王が死ねば終わりだが、我が国の王――私は何者にも殺せない……即ち永久不滅なり」


 嬉々として語る国王の背中を、影はどんな表情で見ているのかは暗いこの部屋ではわからない。


「長年目障りだった魔族を滅ぼせる好機を逃しはしない。魔界を手中に収めた後はエルファムル連合国だ。平等などと世迷い言を語り続ける輩は早めに排除するに限る。……もちろん、貴様は私の傍で世の行く末を見せてやる」


 黙り込む影に心配はいらないと不安を取り除くように言った。


「ボクだってそうするつもりだよ。キミが辿り着く結末を楽しみにしているからね」


 くすくすと肩を揺らす影に、国王もご満悦の様子だ。


「――魔王はどうしている?」


 楽しげな雰囲気から一変。


 ドレイアスは上げていた口角を下げて冷たい口調で問いかける。


「勇者と仲良くしてるよー。ちょうどエルファムルでお姫様とお話でもしてる頃だと思うよー」

「竜人姫か。あれはもう長くはないだろうに、何を求めて小僧の魔王なんぞに……よもや?」


 自慢の髭が伸びる顎に手を当てて思案する。


 導き出される答えを待たずに影は結論を告げた。


「治したらしいね。これで竜のお姫様の命は長くなってしまった。さすがは我らが魔王陛下だー」


 表情を怒りに染めてバンッと思い切り机を叩いた。


「余計な真似を。小僧の実力はどの程度だ?」


 影はニヤリと口の両端をつり上げる。


「小僧ー? 勇者と魔王のどっちの小僧かなー?」


 ギロリと射殺す勢いでドレイアスは殺意を込めた視線を影に向ける。


「おー怖い、怖いわー。わかってるさ、陛下でしょー。ついでに勇者も教えるよ」


 指を頬に当てて相変わらずの態度で影は話を続けた。


「陛下は獣王を倒しちゃったからねー、この国の精鋭にも負けないんじゃないかなー」


 影はチラリと国王の表情を窺うが、懸念などないと宣言するように眉一つ動かしていなかった。


 そりゃそうだよね、と影は変わらないドレイアスに納得する。


 理由は影とてはっきりと理解しているからこそ言及はしない。


 〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉序列1位――ギルシア・S・アイオンと、序列2位――クラリア=ネメシスの存在だと確信していたからだ。


 あのふたりに関しては、もはや人間を逸脱していると他国から畏怖される実力者である。


「勇者くんは、そうだな……まだまだどこにでもいる騎士くらいだなー。弱くはないんだけど、強くもないんだよね。レグルスくんには勝てないと思うよー」

「――今のままなら、であろう?」


 迷いなど一切なく、尋ねるドレイアス。初めから答えを知っているような自信だった。


「勇者はふたりいる理由はなぜだと思う?」


 問いの内容も含め、相手を試すような表情だ。


 真面目に答えようか逡巡した後、影はフッと鼻で笑って返した。


「魔族にはないだろうが、愛する者を失った時に人は何倍もの力を発揮するのだよ」


 押し黙る影に誇らしげに語る反面、ドレイアスが魔族を見下しているのは一目瞭然だった。


「答えは簡単だ。――どちらかを生贄にすればいいんだ」


 外道ここに極まれり。


 自分と、自分の気に入ったもの以外なら平気でゴミのように捨て去る。それが、それこそが目の前にいる男の本性なのだと改めて実感させられる。


 同時に安堵していることを、ドレイアスは知る由もない。


「どっちを選ぶんだい?」

「さてな。それこそ魔王が選んでもらわなくては困る。怒りの矛先がこちらに向いては処分が早まる」

「召喚魔法は安定していないみたいだね。いったいどれだけ処分したのやら」


 皮肉を混ぜて探るような口調を選んだ。


「ハッハッハッ。たった122人程度で済んだ。過去の召喚に比べれば上出来だ」


 ドレイアスは笑いながら楽しげに語った。


 勇者を用意するための召喚魔法によって、求める結果(人材)が出るまでに犠牲にした異世界人の数を少ないと言うのだ。


 本来は干渉することすら許されない別世界。あまつさえそこから人を召喚しようなど無謀に等しい。呼び出せたとしても人の形を保てていることがまず珍しい。


 形が人であっても、世界観の移動で精神的異常を発生させている場合が多い。


「……少ないね」


 その中でまともな肉体、まともな精神を保てるのは奇跡と言えよう。


 だがこれで終わりではないのだ。


 一番重要で、難しい関門が待ち構えている。


 ――魔法への適性である。


 戦うにせよ、単に生きるにせよ、この世界では魔法が使えるのが当たり前。人々の希望の象徴たる勇者ならば使えて当然なのだ。


 それらの条件を乗り越えた人物こそ、今代の勇者――リュウヤとカグラである。


 もちろん自分たちに至るまでに犠牲になった者たちのことなど教えられていない。


「じゃ、報告は済んだしボクはこれで」

「引き続き頼りにしているぞ――ルシファー」

「コラコラ、その名前で読んじゃダメって言ったでしょー」


 ドレイアスに背中越しに注意しながら影は部屋を後にした。


 そのまま城の天辺で涼しい風を浴びながら、月明かりに照らされる。


「キミはどうするのかなぁー。さてさてー、多いに楽しませてもらうよーレグルスくん」


 ルシファーことルシフェルト・ウェルテクス。〈堕天の皇〉と呼ばれる正体不明、年齢不明、性別不明の謎に包まれた自称魔族である。


 彼はレグルスを心底気に入っていた。


 それはルシファーが見逃された(・・・・・)ことに気付いていたからだ。


 召喚されるや否や、畏怖と異形の集団の中に放り出されながらも自分を貫いた人間。更には単なる人間では片付けられない強さを見せつけていくレグルス。


 気にならないはずがなかった。


「キミと殺し合う日が待ち遠しいよ――レグルス・デーモンロード」


 そこに愛しき相手を思い描いて両腕で自分の体を強く抱きしめるのだった。

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