『鈍感』
皆での茶会は終わり、俺とアカネ。ライスターの3人だけが部屋に残った。
メリーが国を案内してくれるとのことで、イーニャたちははしゃいで部屋を後にした。
「行かなくて良かったのか?」
「わかって訊いてるだろ」
皮肉を言ってくる獣王に、細い目で答える。
「結界を張った」
その一言で意図は伝わるだろう。
案の定、ライスターは頷きで応えた。
「貴様が知っているんだ。魔族側が知っていると考えて良いのだろう」
〈アインノドゥス王国〉が〈魔族〉に対して宣戦布告を行う内容についてだ。
「全員ではない。一部の者にしか伝えずにおいた」
「その様子だと、手に余っているようだな」
完全に御しきれていない。少ない言葉から真実を掬い上げる。
さすがの慧眼だ。
「戦い大好きな連中だからな。知れば嬉々として無用な戦争を引き起こすのはわかりきっている」
「昨今の魔王は争いを好まないと聞いていた。実際、魔族による被害はここ十数年は報告されていない」
「だが、魔族が戦いを望むのは本能に近い。抑え込むのは可能としても、いつまでもと言うのは当然困難な部類だ」
そこまで言ったところで俺は言葉を切った。
時を同じくして、ライスターが真剣な表情に変わる。
「――まさか、応じるつもりなのか?」
戦争に、とその先は言わなかった。
「いつかは来る日だ。俺は、そのいつかを定めたに過ぎない」
「しかし、人間とてかつての弱小種族ではなくなっている。もはや魔族と言えど、容易く勝利は得られんぞ」
ライスターが眉間にしわを作りながら忠告した。
「身に染みて実感したとも」
「そう、だったな……」
〈隻眼の剣聖〉と軽く剣を交えたのを知らないわけでなかったようだ。
だがこの獣王が目を伏せた理由は俺への申し訳なさとかではあるまい。その時の情景を思ってのことだろう。
法儀国の連中が炎と雷に焼かれる、半ば地獄のような光景を――。
「獣王にこれを言うのも何だが、魔族とて一枚岩とはいかない。〈魔王〉を君臨させて表面を取り繕ってはいても、裏では本能に従って暴れだそうと企む奴らはいくらでもいる」
「その前に欲を解消しようと言うのだな」
「ご名答。どうしても暴れるのを抑えられないのなら、せめて手綱を握ってやれば良い。そのための魔王だと俺は考えている」
アカネの頭を撫でながら説明した。
うぅむとライスターは腕を組んで唸る。
「貴様は思った以上に用意周到だな」
ようやくとある点に気付いたようだ。
「俺の邪魔をするな、とは良く言ったものだ」
それは俺が獣王との決闘にて提示した条件だった。
いつもの冷静さがあれば提示された時点で答えに至っていたであろうが、目の前の強敵を前にしたあの状況では普段の落ち着きなど遠きかろう。
あえて狙ったのもあるが、それ故に事実に気付いた今のライスターは悩ましいと言わんばかりの顔だ。
そして、それは今更覆すことのできない盟約に等しい。
俺が勝利した――つまり、俺の方が強いのが証明された。
もしライスターたちが歯向かうようなことがあれば、実力の差が彼らを容赦なく屠られる可能性を示唆していた。
「やられたな……」
「あんたたちに介入してほしくない。俺は〈エルファムル連合国〉とは友好的な関係を築きたいのだ」
「力で屈服させるのではなく、か?」
核心をついてくる遠慮のなさは敵わないな。
思わずこめかみを押さえたままで苦笑を浮かべる。
「否定できないのが悔しいな。俺個人としては力を欲するのも誇示するのも他国への抑止力になるべくだ。戦うのを拒みはしないが、それは単なる手段に過ぎない。俺が望むのは平和な世界だからな」
「平和な世界……」
確かな志を感じ取ってくれたのか、ライスターは言葉を繰り返した。
「その身に有り余る力は、必然他者に影響を与える。畏怖し、崇拝し、利用しようと考えるだろう。そういう輩に、貴様は勝てるのか?」
「手段を選ばないような、非道な連中を相手にしても同じことが言えると――そう言うことか?」
答え合わせをするように口角を上げて言葉を返した。
うむ、と頷く獣王。
「…………」
即答するつもりだったのに、予想に反して俺は口は言い淀んでいた。
そんな様子を見て取って、獣王は再び話し始めた。
「力は拳と同じだ」
言うが先か、自分の握った拳を突き出した。
「それ自体に善悪はない。それを振るう者が善か悪か、どちらかによって染まる無色なものだ。先刻も告げた、貴様の目指すものに嘘偽りはないと感じた」
そこで一息つくことで間を置いた。
「だが同時にこうも思う。貴様は夢を追い求めればいずれ、メルリツィアを悲しませる……と」
緊張を拭い去るようにふっと口角を上げる。
「〈獣王〉などと呼ばれても我は貴様に敗北した。前回はいつだったか思い出すことすら難しい。獣人の中で最も強くかろうと、世界は国一つより遥かに広い。己の全力を尽くして抗っても望みが叶うとは限らない。貴様の考えを否定するのではなく、これだけは覚えておくが良い……そんな年長者の戯言だ」
「それは、俺がメルリツィア・エンデュミオン・エルファムルに好かれているからこその忠告か?」
俺の問いに返ってきたのは深いため息だった。
「頑固か、はたまた本当の愚か者か……」
「単なる確認をしたかっただけだ。あの子は俺を好きなのではない、好きになろうとしているだけなことくらい見抜いている。それこそ、この国のためにな」
再びため息をつかれる。
「貴様の予想通り、我が娘はノルン――いや、レグルス・デーモンロードを好こうとしよった。この国のためにな」
「なら――」
間違っていないではないか、そう口にしようとしたが阻まれる。
「――今は事情が変わったがな」
「ん? 訳がわからんぞ」
「ようやっと理解した。貴様――鈍感だな」
「なっ――」
「我らも行こう。この国は名所が多い。一日で回りきれんからな」
話を終わらせて立ち上がり、足早に部屋を後にした。
「……俺は、鈍感か?」
隣のアカネに問いかける。
「…………ん」
普段は見せないであろう難しい表情で悩んでから、凄く申し訳なさそうにゆっくりと肯定した。
「そうか。俺は鈍感か……」
複雑な心境で呟きながらアカネの手を引いて、俺もライスターに続いた。




