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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第一章 召喚されし魔王
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『涙』

 思い瞼を上げて意識の覚醒を促す。


 身体のあちこちが痛い上に、まるで岩が乗っかっているように両腕が重たい。


「――ようやく起きたんだね、幸せ者」


 声がした方に首を傾けると扉に背中を預けるグリムの姿があった。ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべてだ。


 いつもと変わらない態度を見せるので、俺はそれに乗っかることにした。

 何をしたかを俺が気付いていると知りながら、どう対応するかを試しているのだろう。


 で、クスッと笑うもんだから悪戯でも仕掛けたのかと思ったが、答えは両腕が教えてくれた。


「……なるほど」


 両手に花とはまさにこのことだろう。フィーネとイーニャが俺の腕を枕にしたり抱きついたりして動きを封じていた。


「起こしても大丈夫だと思うか?」

「魔王陛下がお決めになるべきでしょう」


 更に口角を上げ、いきなり敬語に戻しやがって白々しいにも程がある。まぁ、その気さくさに安らぎを覚えているのもまた事実。


 だからこそ“目をつぶる”のも必要なのだ。今はまだこの距離で充分だ。


「まったく、優しくない奴だ」

「話は変わるけど、マグリノメイド長が呼んでいたよ。荷物の確認をお願いします、と」

「相変わらず仕事が早い。すぐに行く……起きろふたりとも」


 なかなか起きないふたりを、グリムにも手伝ってもらい時間をかけて起こした。


 フィーネはともかく、スパイであるイーニャがこれでは人間の教育レベルを疑ってしまう。おそらくこいつが特別なだけなんだ、そうだ、そうに違いない。そうでなければ魔族が手こずるはずがないもんな。


 我ながら、誰に言い訳してるんだとため息を一つ。




 ◆◆◆




 メイド長のもとへ行くと、視線が顔より上に向いているので尋ねてみると、


「いえ……独特なチャームポイントだと思いまして」


 頭のてっぺんに見事なチャームポイントが出来上がっていた。


 メイド長。これは寝癖と言うやつです。決してチャームポイントではないのです。だから無表情はやめてー!


「――気を取り直して、荷物の確認に来たんだが……別の要件があるのか?」


 チャームポイントを整え、何事もなかったように話題を変える。


 だが荷物の前に気になることがあったから、まずはそれを確かめることにした。


 一瞬だけ驚きの表情をするも、すぐさまいつもの顔に戻って教えてくれた。


「先日弔った、リルと言う少年についてなのですが……どうやら〈特異能力(レガリア)〉を発現させていた可能性があるのです」

「だろうな」


 今度こそはっきりと眉が動いた。


 僅かだが色が(・・)続いていた(・・・・・)。その様子から暗示や恐怖によるものではないのは明白。なら導ける結論は絞れる。


 好奇心旺盛な性格だったリルは、何度か外に出てみたいと言っていたのを俺は覚えていた。


 そして一番重要なのはリルたちがいる部屋を出入りするには、厳重な結界を超えなければならない。フレンが施した、グリムのみが入出を許可できる強力な結界をだ。


 つまり真相はこうだ。


 結界に対して有効な〈レガリア〉が発現したリルは、みんなの目を盗んで外へと脱走。そこに居合わせたベルグスに殺された。


 偶然という名の不幸が招いた事故のような事件。わかれば呆気ないものだ。


 しかし腑に落ちない点がある。

 〈特異能力(レガリア)〉の発現したタイミングだ。


 人間側と密約を交わしていたベルグスが手引きして魔界へと入ったイーニャたちスパイが引き起こしたあの事件とどうして噛み合ってしまったのか。これこそ偶然なのか、起こるべくして起きた必然なのか。


 妙に引っ掛かる。俺は何か、重要なことを見逃している気がする。なのにそれがわからない。もどかしい。


「如何なさいました、レグルス陛下」

「あ、い、いや、対したことはない。いずれ判明するだろう。――で、リルのレガリアがどんなものかはわからなかったか?」


 唸る俺を見かねて声をかけてくれたんだろう。


「触れたものになんらかの干渉を行えるとしか……」


 かくいうメイド長も〈レガリア〉保持者だ。話によると触れたものの記憶を覗けると言う能力で、今でこそ制御できているが、発現当初はかなり大変だったらしい。


 メイドたちの噂話が目的だったはずなのに、何故かメイド長にその話を聞いた。


 “触れたものに干渉”か。それを利用して結界の造りを変えたりしたって訳だな。生きていたらもしかしたらかなりの猛者になっていたかもしれない。


 是非とも魔王軍に迎え入れたかったものだ。


「充分だ、ありがとう。……なぁ、メイド長。俺は今、どんな顔をしている?」

「失礼を承知で申し上げますと、とても辛そうに見えます」


 メイド長が若干表情を曇らせた。


 俺は辛いのだ。リルを失って悲しいのだ。胸の奥でもやもやとした気持ちが渦巻いている。


 どうやら俺は記憶と一緒に――泣き方を忘れたらしい。


「変なことを聞いてすまない。旅の支度をしてくれたそうだな。確認させてもらおう」

「かしこまりました」


 必要以上に深入りしない。その対応がありがたくもあり同時に歯痒かった。




 ◆◆◆




 全ての荷物の確認や説明などを終え、リルの墓参りにグリムと結界の先の部屋を訪れていた。


 部屋に入るとネイレンが俺を出迎えた。その表情は険しく、すぐにでも飛びかかってきそうなほどだ。


 グリムは少年の行動の理由を察したようで一歩前に出るも、俺は構わないと制止した。


「グリム兄には悪いけど、やっぱ納得できない」


 俺の横にいるグリムに悲しげな微笑みを浮かべながらそう言うと、こっちに詰め寄ってきて俺の胸ぐらを掴んだ。


「答えろレグルス! リルはどうして死ななくちゃいけなかったんだ!!」


 ある程度の効果が見込めると考えていたが、普段は至って冷静なネイレンがこうも取り乱すとは……。リルが死んだんだ、当然じゃないか。


 魔法で回復や治癒の類いはできても蘇生は叶わない。――死んだら終わりなんだ。


 こんな時、悲しむ相手にどんな言葉をかければ良いのか俺はわからない。


 悲しみによる怒りを誰かにぶつけたい。理屈ならわかる。だが逆に理屈しかわからない。あいにく、俺には記憶(経験)がないから、お前に何をして、何を言うのが正しいのかが……わからないんだ。


 俺にだって喜怒哀楽はちゃんと備わっている……はずだ。しかし、それが本物(・・)かは証明できない。そういった常識も、グリムに教わるべきだったのかな。


 ふっと鼻で笑ってしまう。


「なんで笑ってんだよっ、おかしいことがあんのかよ!」


 それがネイレンの癪に障ったらしく、胸ぐらを掴む手の力が強くなった。


 俺にはわからない。お前の問いへの正しい解答がわからない。だから記憶がないほとんどが空っぽな俺が、色鮮やかなお前に言えることは多くないんだ。


「……羨ましいからだ」


 率直な感想を答えにさせてもらうよ。


「お前にはリルを失った悲しみで、俺に突っかかるほどの怒りを抱けている。それはお前が一人の人として感情を養った結果だ。リルと過ごした思い出と言う名の過去(・・)があるからだ」


 予想外のことを言われて困惑しているのか、手の力が弱まった。俺は気にせず続けた。


「俺にはそんな過去はない」

「なにを……言って」

「俺には“記憶がない”んだ」

「――っ!」


 はっきりと息を呑む音が聞こえ、「そんな、まさか……」などと呟きながら胸ぐらから手を離して後ずさる。


「もちろん、ある程度の常識や知識は残っている。だけど、俺は前魔王フレズベルクに召喚される以前の記憶がない。今まで何処で、どんな人生を送ってきたかがわからない」


 我ながら早まったな。まだこの事実は隠しておくべきだろうに……。


 俺自身も大概馬鹿野郎だ。


「だからお前が羨ましい。俺にはここでの記憶しかないからなのか、喜怒哀楽はあれど、お前のように悲しいはずなのに泣けないんだよ」


 おいおい、そんな目を向けないでほしいな。

 同情してほしくて話した訳ではない。


「その感情を忘れるな。味わいたくなければ強くなれ。答えにはならないが、俺がお前に言えるのはそれくらいだ」

「……ああ、覚えておく」


 落ち着いてくれたようで安心した。と思いきや、まだ言い残したことがある様子。先読みしてやろうじゃないか。


「失った記憶に関して、辛いとは思ってないさ。いずれ戻ってきた時に考えると決めているからな。今は今、過去は過去。しばらくは魔王レグルス・デーモンロードとしての人生を楽しませてもらうつもりだ」

「レグルスらしいな」

「やっと笑ったな。やはりお前は笑顔が似合う。イケメン野郎が羨ましいぜ」


 心の枷が取れたかどうかは定かではないが、少しは楽になったみたいで良かった良かった。


「お前には話しておこう――」


 念のためネイレンにリルの死に関連することを話した。聞いている時は落ち込んでいるようだったが、聞き終えると苦笑しながら、


「リルらしいな……」


 と、まるでリルに優しく微笑みかけるように呟いた。



 それからリルの墓に案内してもらい、墓前で手を合わせた。


「リル。まずはお前を守れなかったことを謝罪する。ごめんな」


 痛かったろう、辛かったろう。なまじ思考能力が高めだからか、あの惨状を見ただけでどのような工程を経たのかはすぐにわかった。


「俺はこれからもお前のように守れずに、誰かを死なせてしまうだろうし、誰かをこの手で殺すこともあるだろう」


 俺は魔王だ。俺の言動一つで数多くの命が失われることだってあり得る。


 実際、今回の事件だって様々な思惑が交錯している。


 そうだろ、グリム。


 俺を起こすためとはいえ、扉を思い切り叩いたり大声を出したり、お前があんな焦り方をするはずがない。

 リルの死を知ったグリムは、許されない行いと感じながらも心を鬼にして俺を試すのに利用した。本当に魔王に相応しいかどうかのテストとして。


 だからこそ、リルへのせめてもの罪滅ぼしにと、お前はベルグスを――殺したんだろ。


 俺はお前を責めるつもりはない。そりゃあたしかに、ベルグスに魔界からの永久追放を命じたのはそれなりの考えがあった上での判断だ。仮にそうじゃなくとも責めないがね。


 改めて自分の立場を思い知らされた。俺は今回の出来事を経験に昇華できたのは、グリムのおかげでもあるからな。


「リル。お前の墓前に誓おう。俺は誰よりも強い魔王になり、お前のように命を奪われる者のいない世界にすると」


 そうだ、やってやろうじゃないか。


「俺は魔王レグルス・デーモンロード。必ず世界を支配する。そして、この部屋に住まうお前たちのような、種族も身分も関係なく手を取り合える世の中に変えてやる――いーや、変えるんだ」


 宣言して、リルの墓に笑顔を見せつける。


「見守っていてくれ」


 グリムのついでにネイレンにも俺が旅に出たあとの計画を説明しておいた。味方は多い方が良いからな。


「あ……レグユス」

「レグ兄……」

「レグルス……」


 まさかと思って振り返ると、そこには悲しげな表情を浮かべた子どもたちが俺を見上げていた。


 全員、今にも泣き出しそうな顔だ。


 ただでさえ目の下は腫れており、もう何度も泣いたのだろう。それでも彼らは泣き足りないのだ。


「――」


 子どもたちが来やすいように両手を広げようとしたその時、視界が歪んだ。


「レグルス!」


 グリムが突如驚くように俺の名を呼ぶ。


 まさかと思い、自分の目元に触れてみると……、


「――っ!」


 ああ……これが、そうなのか。俺にも心はまだ残っていたらしい。


「……おいで」


 両手を広げると声を上げて泣きながら飛び込んできた。子どもに我慢をさせるのは良くないだろう。


 かくいう俺も、この子たちがいなかったら同じように我慢していたのかもしれないな。感謝しなければなるまい。


 旅は明日からだ。


 また泣かれてしまうかもしれないなと思いながら、子どもたちを優しく抱きしめた。

第一章読んでいただき、ありがとうございます。


ついに次回から〈人間界〉のお話です。


ご感想などありましたら、遠慮なく書いて下さい。


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