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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『黎明』

 イーニャに差し出された紅茶を一口啜り、微かな香りだけのそれを無表情で味わった。さながら不純物を浄化せしめた清水を連想させる。


 身体を酷使したから味覚がお亡くなりになった訳ではない。5回に1回はこれが出た。


「どう? 休めた?」


 わざとやっているのではないか?

 試しに本人の様子を窺ってみたが、全てにおいて変化はなかった。


 つまり――自覚がないのだ。


 慣れれば悪くはない、そう自分に言い聞かせて俺は改善を諦めた。


「随分ましになった」


 手を開いたり閉じたりして確かめる。


 〈竜人姫〉の治療にかかった時間は3日だ。その後気を失っていた日数を合わせれば計5日。

 我ながらそこまで自分の集中力が持続したのかと驚いたものだ。


「どう感謝を言ったら良いか……」

「いらないと何度も言っただろうが。俺はやりたいようにやった結果が偶然メリーを助けただけだ」


 頭を下げる獣王こと――ライスターを前に面倒くささを隠さずに応対する。


「国の象徴である〈竜人姫〉を失えば、連合国はたちまち不安定に陥るのは明白。そこを突いて、周辺諸国が攻め入る可能性も考えられる。この国の在り方故に、多くの種族が介入するのもまた同じ」

「冗談を抜きにして、世界中で戦争が起こっていたかもしれないと……」


 事の発端から起こり得る未来(さき)を説明する我らが旅のメンバーの中でも一際賢いシグマとカグラのふたり。


 役割を取られても不思議と不快感を抱かないのは、他の馬鹿共よりも優れている奴がいてくれる安心感があるからだと思う。


「どうせ放っておいても戦争は起こる。しかし己が手の届く場所に火種があるのなら、見過ごすのは如何せん寝覚めが悪い」

「ーかっこつけちゃって」


 そこで唐突な皮肉がぶつけられる。


 声の主はリュウヤだった。

 肘を机に置き、顎の手に乗せてそっぽを向いている。態度の悪さ、ここに際まれりだった。


 いつもなら断罪できようが、現状では反論は逆効果になると察したので苦笑を浮かべて誤魔化す。


「なにゆえ勇者は不機嫌なのだ?」

「んー」

「ははは……」


 俺はもう乾いた笑い声を出すしか許されないのだろうか。


 両手に花とはまさにこの事。

 勇者が不機嫌な理由もまた同じである。


 右腕はアカネが。左腕はメリーががっしりと自らの両腕でがっしりと抱きしめた状態の俺は、男なら歓喜すべきなのであろう。


 俺も世の正常な奴らのように素直に喜べたらどれだけ良かったことか……。


 シグマは視界にすら入れず、イーニャは不敵な笑みを、リュウヤは不満げなため息を、カグラは微笑ましく俺たちを……と言うより少女ふたりを眺めていた。


 ライスターに至っては、我が娘の成長に感極まって涙を流しそうな様子と来た。


 真面目な話をしようにも、俺を取り巻く雰囲気がそれを許してくれないのだった……。


「――ついに仕掛けるのか」


 ライスターが厳しい表情で俺の話を聞いてそう呟いた。


 結局ふたりの少女を引き剥がせないまま、俺は招待された時からしようと考えていた話を投げ掛けた。


 ――人間が魔族に宣戦布告をしようとしている。


 この事実の共有、及びそれに介入しないようにと要求する旨だ。

 後者はもちろん〈魔王〉としてのものであるため、シグマ、リュウヤ、カグラには聞かせられない。


「あんたたちはどうするか聞いておきたくてな」


 だが重要な箇所を隠して問いかけるのは可能なわけで……現在に至る。


「我らは民の安全と平和を第一に考えている。もし宣戦布告の相手ならば全力を以て戦おう。――しかし、他国となれば話は別だ。たとえ、それがこの国に住む民の同志であっても例外ではない」


 真剣な表情でライスターは話を続けた。


「ましてや此度の相手は魔族、強いては魔界に向けて行うと聞く。彼らが過去に犯した罪の数々を忘れはしない。が、それでは我らが介入する理由にはなり得ない」


 〈エルファムル連合国〉において、武力はあくまで自衛目的のものだと獣王(ライスター)は語った。それはそのまま、なおも俺の左腕にしがみつく〈竜人姫(メリー)〉の方針なのだ。


 その証拠に、俺の腕をぎゅっと抱きしめたままライスターの言葉にはちゃんと耳を傾けていた。


「苦肉の策ってやつか」


 悪意の欠片もないリュウヤの何気ない発言にライスターとメリーが同時に眉を寄せた。


 どうやら虎の尾を踏んでしまったようだ。この場合は獣王と竜の尾になるのか、と思い浮かんだものを改める。


「責める気も、資格もない。それこそこの国の王にでもならない限りはな。ふたりがどれだけ悩んだかなど、訊かずとも容易に想像ができるからな」


 急かさず割って入る。


 短い時間しか接していなくとも、ふたりの根幹から存在する揺るぎない優しさは既に承知している。

 己の無力さを余さず理解しているからこそ、その優しさに対して最小限の反抗で決断に至った。


 ちらりとリュウヤを見やると、状況を察したのであろうカグラにげんこつを食らっていた。


 ナイスだ。称賛を送りつつ、ライスターに焦点を合わせる。


「先程のシグマが話したように、この国が戦乱に巻き込まれれば多くの種族が黙ってはいない。それだけ〈エルファムル連合国〉という居場所は、世界になくてはならない重要な場所なのだ」


 俺はいずれ、ここみたいに種族の壁が取り払われた世界に変えるつもりでいる。だが、それは先の話で、今ではない。


 ふたりは紛れもない()のこの国を優先した。


 小さないざこざは在れど、取っ組み合いの喧嘩が起ころうと、互いに殺そうなどとは思わない。そんな一つの共栄の形を成した場所を守ろうとしている。


 それを間違っていると誰が言えようか。


 同時に思う。――だから(・・・)治したのだ(・・・・・)


 俺が〈魔王〉としてこの国を守るのを宣言すれば、抑止力にはなるだろうがいずれは無用な争いを招きかねない。

 それは一重に、〈魔王〉――レグルス・デーモンロードがどんな人物かを世界が知らないからだ。


「俺としてもあんたたちは巻き込まれてほしくない。ここの在り方を否定する訳ではないが――平和は決していつまでも続かない」


 恐らくはこの中でそれを一番良く身に染みているであろうシグマが、険しい面持ちで噛みしめるようにゆっくりと目を閉じた。


「だから俺は見守りたい。平和が恒久的でないほんの一時だとしても、長く続くに越したことはないと思う」


 その先は口が勝手に動いていた。


「果てはそれが、イーニャが楽しく絵を描けて、アカネが大手を振って外を歩き、リュウヤが己が力のなさに苛まれず、カグラが悩みを一人で抱え込まずに済む――そんな俺が願う平和な世界(誰もが笑い合える世界)に繋がると信じている」


 普段の俺では言わないであろう壮大な夢を聞いてシグマたちは当然、一番の年長者のライスターまでもが言葉を失った。


「…………似合わないな」


 さすがに部屋を支配する沈黙にいたたまれなくなり、誤魔化しがてら苦笑した。


「――いいや、悪くない」


 しかし、俺の恥ずかしさを払拭する一言が投げ掛けられた。


「そうだね、兄様らしいよ」

「だな。ちょっと面食らったけど、勇者も同じ世界を目指してるぜ」

「恥ずかしいけど、私もリュウヤと同じ」


 毅然とした口調、しかしてそこはかとなく優しさを宿したシグマを筆頭に、イーニャ、リュウヤ、カグラと続いた。


 曇りのない晴れやかな空のような笑顔で、俺の描いた未来(理想)を応援したのだ。


「――ん!」


 自分もそうだと主張するようにアカネが服を引っ張った。


「わらわもいれよ」

「我もな」


 昨夜のシグマの言葉が過る。――もっと信頼しても良い、か。


「ふ……」


 気付けば自然な笑みを浮かべていた。


 なるほど……。

 これが、お前たちのような者のことを――仲間(・・)と呼ぶのだな。


 その事実を理解した途端、世界が明るくなったように感じたのは気のせいではないと俺は思っている――。

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