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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『あえて言おう』

 まずは体内の魔力循環を調べようとしたら、俺は紙吹雪のように宙を舞っていた。


「――っと。やれやれ、生半可な力では弾かれるな」

「大丈夫か……?」


 こうなる予感はしていたので、心の準備を済ませておいて正解だった。


 難なく着地した俺に、ライスターが心配を込めた目を向ける。


「おかげで原因が絞れたよ」

「左様か。して、それは何なんだ?」


 メリーの正面に歩いて戻りながら問いに答える。


「〈竜人〉はこの世界でも非常に稀有な存在だ。歴史上でもメリー以外だと一人しか確認されていない。それ故にこういった場合の対処が困難になる。が、今回は比較的わかりやすい部類だよ」


 少々前置きで時間を稼ぐ。

 そうでもしなければ手の痺れがまだ取れなそうだったからだ。


「様々な種族、生物が存在するこの世界でも〈竜〉とは頂点に座せる程の強大な力を有している。比べて〈人間族〉は強さで言えば中間より下辺りに位置するのだろう」


 そこまで言うと、どうやらライスターも答えを導き出せたらしい。


 表情だけで察した。


「竜と人の組み合わせだからこそ陥る状態。竜の強大を以て、脆弱な人の部分を圧迫している」

「このままこの状態が続けば……」

「十中八九、身体が保たない。あるいは竜になるだろうな。そこにメリーの心があるかどうかはわからんが……」


 さすがに会話の内容で不安を感じたのか、メリーが正面に立つ俺の顔を見上げてきた。


 そこには〈竜人姫〉などと他国から恐れられる国王ではなく、一人のか弱い少女がいた。


 だから俺は年相応の対応をして安心させるのが筋だろう。


「俺が治してやる。見返りなんぞ望まない。あえて言うなら幸せになれ、だな」


 頬に手を添えて真っ直ぐに目を見て話した。


 俺の手を自分の両手でぎゅっと握ってゆっくりと頷いた。


 竜人特有の病だった。

 かといって見過ごすわけにもいくまい。


「先に血を少しだけ貰う。すぐに治すから手を出してくれ」


 アカネの表情を見れば、メリーのことが気になっているのはわかる。

 互いに良い友人になってくれるだろう。


 アカネの秘密を知っても、何ら関係なしに接してくれるに違いない。


「少し辛くなるが、そのまま俺の手を握っていろ」

「……うむ」

「よし、良い子だ――〈解放(アルシエ)〉」


 力を解放した状態でなければまた吹き飛ばされてしまう。いや、最悪の場合力の強大さに負けて砕け散る可能性があった。


 竜の力はそれほどまでに強く、気高く、雄々しいものなのだ。


 生半可な覚悟で触れれば軽く蹴散らされてしまうほどに。


 メリーの体内で暴れる竜の部分を鎮め、更に今後同じことが起こらないように安定させる。


 説明するのは簡単だが、実際に行うとなると難易度は桁違いだ。

 針の穴に糸を通す作業を、同時に(・・・)100本分行う。それを何度も何度も、数え切れないくらい繰り返す……と言えばわかりやすいか。


 一本でもミスしたら、その瞬間にメリーの身体は崩壊する。


 それに俺も加わるのだから孤独ではないのがせめてもの救いだろうが、こんなところで死ぬつもりなど毛頭ない。


 必ず成功させる――。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 どれだけの時間が経ったのか、俺にはわからない。

 明白なのは俺の体力と集中力の限界が近付いていると言う、逃れようのない現実だった。


 息も絶え絶えに、意識は朦朧とし、視界もぼやけてきた。

 妙に身体中が痛いのも気掛かりだ。


 ライスターとアカネにはシグマたちを任せたため、随分前に玉座を後にしている。


「もう……すこし……もう少しだ」


 自分に言い聞かせるように呟き、最後の段階を乗り越えて作業の終わりに至った。


「――ッ」


 終わった瞬間、全身から力が抜けてその場に膝から崩れた。


「……シグマ……シグマ。聞こえていたら、ライスターを玉座へ……もう、あんし……ん……」


 俺としたことが返事を聞く前に意識が途絶えてしまった。




 ◆◆◆




 重い瞼が上がり、視界が広がっていく。情景を脳に伝達し始め、意識の覚醒を促された。


「すぅ……すぅ……」


 窓から差し込む月明かりで、時間帯が夜なのだろうと判断した。


 全身が怠い。己の行いへの、それなりの反動にため息をつく。


 全身が重い。特に胸から腹にかけてと、両腕が重い。


「はぁ……」


 部屋の造りから鑑みて、ここは城の一室か、位の高い客人用の宿だろう。


「――どのくらい寝ていた?」


 部屋に備え付けられたソファに腰掛け、背中を向ける人物に問いかけた。


 俺が目を覚ましたのは気配で察していたのだろう。返事の内容とは裏腹に、別段驚きもしなかった。


「2日だ。メルリツィア様と玉座に籠ってからの日数を加えれば、丸5日になる」


 淡々と告げるシグマ。


 俺に張り付く者たちを起こさないようにと、彼なりの配慮でもあるのだろうなと苦笑した。


 謎の久しさを感じたのは5日も経過していたからだと理解する。


「貴様の声が聞こえて、私たちに用意された部屋に偶然立ち寄っていたライフォーン様に事情を説明。急いで玉座に向かい扉を開けると、そこには穏やかな表情で眠りにつくメルリツィア様。そして――彼女の後ろには、全身から血を流して床を一帯を赤色に染めた貴様が倒れていた」


 身体を動かせないので首だけ動かして、シグマの背中を視界に入れる。


 顔を上げて壁の方を向いていた。

 恐らく、その時の光景を思い出しながら話しているのだろう。


「かなりの大騒ぎだったぞ。特にイーニャとアカネの2人は相当なものだった」


 シグマはそこでふぅ、と軽く息を吐いた。


 心中お察しするよ。目を(つぶ)らなくとも用意にその光景が想像される。


 さぞかし何の比喩もなく騒いだに違いない。


「手間をかけた」


 特にここ――連合国に来てからと言うもの、シグマにかなり頼ってばかりだったと思い出す。


 俺自身の感覚では1日も経っていないがな……。


「構わない。貴様の無茶は今に始まった話ではないからな」

「面目ない」

「そういう面も含めて、貴様と手を組むことを選んだ。責めるつもりなどありはしまい。だが――」


 話が終わると思い、言葉を返そうと口を開いたがまだ続きがあるらしい。


「あえて言おう。もっと私たちを信用したらどうだ?」


 そう言われて目を丸くした。

 いつものシグマなら、ここまで踏み切った内容を口にはしないからだ。


 それにこいつは気付いているのだ。

 言葉では「任せる」だの「頼む」だのと言っておきながら、結局そこには信頼は介在しない。


「貴様がどう思っているかは知らん。初めは目的が似通っていたから行動を共にするだけの関係だった。……が、今は違う。私は貴様を、ノルンを仲間だと思っている」


 理由はあっさりと知ることとなった。


「――仲間、か」


 呟くように俺はシグマの印象深い言葉を繰り返した。


「リュウヤとカグラも同様だ。イーニャとアカネはそれ以上かもしれないが」


 そこで一旦言葉を切って、紅茶かコーヒーでも入っているのだろうグラスを口につける。


「それでも、全員共通の思いがある。――貴様(仲間)には死んでほしくないと言う思いだ」


 そこまで言われてようやく俺はシグマが何を伝えようとしているのかを理解した。


「私個人としても、貴様には命を救われたばかりか、シャロンも救ってくれた恩がある。一生かけても返せないような大恩だ。その一欠片も返さない内に死なれては困る」


 恥ずかしげもなく堂々と言ってのけるシグマを、素直に凄い奴だと称賛する。


 背中を向けているのが、せめてもの抵抗なのだろう。


「力の差は目の当たりにした、嫌と言うほどにな。だから目を背ける、などと恥を晒すつもりはない」

「故に信じろ、か」

「察したようだな」


 そこでシグマはふっと鼻で笑った。


 油断していた。まさかシグマに説教されるとは思いも寄らなかった。


 しかしそのおかげで目が覚めた。


「お前の言葉、しかと受け入れよう。明日からは存分に恩を返してもらうから覚悟しておけ」

「受けて立つとも」


 心強い返事を聞き届け、俺は再び瞼を下ろした。

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