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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『魔王と獣王』

 まるで、たった今(さなぎ)から(かえ)ったかのように、思考や視界が澄み渡っている。


「揺るがぬ水面と、そこに投げ入れられた小石か」


 竜の姫の透き通った声が耳に届いた。


 ――言い得て妙だ。


 俺はそう思った。同時にどちらが水面なのかと苦笑を浮かべる。


「獣王……いや、ライフォーン。一つ提案があるのだが――」

「奇遇だな。我も頼み事がある」


 聞かなくてもわかった。

 俺たちは同じ事を考えて、危惧しているのだと。


 見物客の身の安全だ。


 俺と獣王はお互いを見合って頷き、シグマらの方を向いた。


「どうした、終わりか?」


 急に戦いの手を止めて自分たちに向き直る俺たちに、シグマはどうしたのかと眉を寄せた。


「アカネ、お姫様をちゃんと守るんだぞ?」

「……ん!」


 可愛らしくもやる気満々の返事が返ってきて思わず頬が緩む。


「シグマ。皆を頼む」

「…………はぁ。こちらは私が受け持つ。文句は後で言うからな」


 ビシッと人差し指を突きつけて宣言する。


 心当たりがあった。――本気で、だったな。


 シグマとの決闘で本気でやっていなかったことがバレてしまった。さて、今の内に言い訳を考えておかなくては。


「あとでな――〈転移法(テイル)〉」


 片手を上げて再会の軽い約束を交わして、城の外へと避難させた。


「ここからは〈魔王〉レグルス・デーモンロードとしてやらせてもらう」

「新たな魔王の力、見定めよう!」


 外では色々と察したシグマが、お姫様に協力してもらって城を結界で覆ったようだ。


 一目でこの先に起こるであろう状況を案ずるとは、さすがと言うべきか。


 お供への賛辞はここまでにして、それを無下にしないためにも目の前の相手に集中するとしよう。


 決闘再開の合図はなかったが、自然と床を蹴ったタイミングは同じだった。


「フオォォ――がッ!」


 拳を突き出してくるかと思いきや、直前と床が割れるほど踏みしめて蹴り上げることで、その足が俺の顎へと近付く。


 最小限の身のこなしで躱わし、裏拳を獣王の側頭部にお見舞いする。


 視界が揺らぎ、体勢の維持が覚束なくなる一瞬の隙。そこを突かねばなるまい。


「フゥーッ」


 全身に魔力を纏う。外側はこれで良い。


 次は内側。心臓を中心にして魔力を指先に至るまで血液のように巡らせる。


 体が若干の熱を帯びる。


 〈解放(アルシエ)〉――普段から行使していては無駄な負担になると半ば封印に近い形で力の大半を抑えている。それを文字通り解放するのだ。といっても全部ではないがな。


 俺の記憶に能ある鷹は爪を隠すらしいからな。

 奥の手は隠しておくに限る。


「〈翔帝〉」


 俺の準備が終わるのと、獣王が持ち直すのは同じタイミングだった。


 距離を取るように飛び退くと見せかけ、空中を蹴って(・・・・・・)殴りかかってきた。


 突き出された獣王の拳に自分の拳を正面からぶつける。


「――ほぉ」


 しかし俺の拳は何にも当たらなかった。どうやら残像を殴ったらしい。


 視界から消えたにも等しかった。


 だが居場所は把握済みだ。

 腹部へと迫る指先を折り畳んだ状態の手の甲。


 身を屈めて懐へと入り込んでいたのだ。


「ハッ!!」


 そこから放たれる衝撃波を、身を捩って躱わすと共に突き出された手を上へはね除ける。


 露となる獣王の腹部へと今度は俺が衝撃波を放った。


「ぐっ――」


 しかし、ただで飛ばされるような奴ではない。


 俺の足下の床が凄まじい速度で上昇。重力の作用によって自然と体勢が崩れて顔と床が衝突してしまいそうになる。


「よっと」


 それを上昇の始めに察知し、後ろへ飛び退いて難を逃れる。ついでに盛り上がった床の一部である塊を思い切り殴った。


 空中で見事に体勢を立て直して着地して見せた獣王に飛んでいく床の塊は当たる前に砕け散った。


 その破片が俺を標的に飛んでくることを誰が予想したろうか。


 数えることすら憚れる大小様々な破片は、容赦なく俺への衝突を至上の喜びとして向かってくる。


「小さいな」


 いくら数が多かろうと所詮は破片。


 魔法ではなく単なる魔法を放つことで砕かれる、と言うよりかは霧散した。


「――むっ」


 ズンと壁が伸びてきて、まるで両手を合わせるように俺を挟む。


 無論この程度で潰されるほど脆い身体ではない。


 獣王もそれは理解しているはず。ならばこれは時間稼ぎか。


 ドンッドンッと重苦しい音が外から聞こえる。

 まるで俺をここに封じ込めるように。


「〈領重土縛〉」


 ただの石や岩ならばいざ知らず。魔力を込めれば鋼鉄にも勝る強度を誇れる。


「このまま押し潰されてやるかよ」


 身体に纏う魔力を周囲に解き放つ。


 俺を中心に球体型に広がった魔力は、他の全てを吹き飛ばす。


 これで振り出しに戻ったぞと安堵する俺を嘲笑うように魔法陣が上下前後左右に展開していた。


 俺に魔法陣は無意味だと知っているだろうに、ここに来てそれを使うとはどんな狙いか。探る必要もなく即座に解析、指を鳴らして陣を破壊する。


 そして俺の目は獣王が左を開いて突き出し、右の手を握りしめて腰に引いている姿を捉えた。


「――〈閃行〉」


 言葉が紡がれ、引いていた右の拳が突き出される動きを俺はしっかりと見届けた。恐ろしくゆっくりと進んでいるはずなのに、身体が反応を示さない。


 まるで他の全てを置き去りにして、知覚だけが先行しているように。


 見るものが遅ければ、感じるものも等しく遅かった。


 みぞおち辺りに何かが触れ、そのままめり込んでいく感覚が脳へと伝達される。


 この先を俺は予測する。


 ――飛ぶな。


 あまりにも在り来たりな、来ることが確定していた未来。

 笑ってしまった。


「…………丈夫だな」


 苦笑いを通り越して呆気に取られる獣王。


 無理もない。相応の一撃だったのは受けた俺なら良くわかる。


 だが今の俺には残念ながら受け止められる。

 全身を纏う魔力を一転に集中させることで、来る衝撃を相殺したのだ。


「間違いなく魔王だ」


 獣王は気を取り直すように一息吐いてから構えた。


「当たり前だ。冗談で名乗れるほど安くはないからな」


 そこからは力と力のぶつかり合いだった。


 空気の抵抗など無視して突き進み、音が置き去りになるような速度で打ち合った。


 衝突の余波は、そのまま凄まじい威力を持つ衝撃波となり、玉座の間を――やがて城すらも破壊していく。


「ふっ――」


 シグマたちが城を丸ごと結界で覆ってくれて助かった。

 おかげで心置きなく戦える。


 幸せなどは到底思わないが、俺は間違いなく楽しいと感じていた。


 元の俺が何処の住人にせよ、今の俺は良くも悪くもこの世界に対応していってしまっている。

 喜ぶべきか悲しむべきか難しい話だ。


 何にせよ、この一時だけでも心に素直に従うとしよう。

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