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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『解放』

 確かな違和感を俺は抱いていた。


 獣王は一度も魔法を使っていないのだ。


 〈獣人族〉が身体能力強化、体内面の魔力操作に秀でているとしても、他の種類の魔法も使えるはずだ。


「これこそが我の真の姿なり――」


 下手な魔法の発動より、それの変化は早かった。


「あれが〈獣王(・・)〉たる所以(ゆえん)か」


 相対する白い(たてがみ)は見る者の心を奪い去る程美しい。


 彫刻や絵画を嗜む趣味はない俺でもそう思うのだ。芸術家どもが見たらどんな反応をすることやら。


 しかし、あいにく決闘相手の俺に鑑賞に割く時間は一秒たりとも存在しない。


「――んなっ!?」


 魔力を周囲に展開していても反応できない速度で獣王は俺の懐へと入り込み、そのままお返しの一撃を腹へとめり込ませる。


「ぬんっ!」


 掛け声は何を意味するのか、俺はすぐに思い知らされる。


 背中が壁との邂逅を果たした。


 首を傾げる余裕はないが首を傾げる思いだ。つまりはそこに壁が現れた(・・・)のだ。


 強化された身体は石造りの壁を割りながら押し込まれた。


「がはっ――!!」


 前方の獣王の拳。後方の石の壁に挟まれて内臓が損傷したのか、血が口から飛び出した。鉄のまずい味が口内を支配する。


 魔法を使えない――否。使わなかったのだ。


 やられた。


 このままでは押し潰される!


「ん?」


 次の拳を突き出すより先に俺は転移した。が、十分な距離を考慮した俺の位置へとまるで巨人の一歩のように獣王は来た。


 2発も受けてたまるか。


「ハァッ!」


 獣王の進行方向に壁を生成。足止めをし、その間に次の手を打つ。


「〈グランド・インパクト〉」


 魔神の拳を叩きつけると、床は俺を中心に地割れのような勢いで割れ、鋭く盛り上がることで攻撃の手段とする。


「――〈グランド・インパクト〉」


 俺の声ではない詠唱が聞こえた途端、盛り上がった部分が襲いかかってきた。


 この部屋でここまで地属性の魔法を使えるのには、何らかの理由があるのだと考えていたとも。


 一番厄介な結論だった。


「フーハッハッハッ!! 我は楽しいぞ、ノルン!!」


 轟きと高笑いを部屋に響かせながら、盛り上がる石など意に介さず。拳で次々と砕きながら歩いてきた。


 おいおい。一応強化した壁だったのだがなぁ……なんかデジャヴを感じるぞ。

 並の獣人に破壊できる程度の脆さではなかった。


 それを硝子を割るように砕いてくれるのだから笑わずにどうしろと言うのか。


「ふぅ……」


 何度か拳を交えたことで痛感する。


 俺が押し負けている。


 決闘開始当初から繰り返される攻防でも、優劣が反転し始めていた。


「このっ!」

「――遅い」

「――ぐっ」


 転移を交えた奇襲はもはや無意味と化していた。


 ずば抜けた感覚の鋭さで転移先を予見しやがるせいで、奇襲にすらなっていなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 相手は一撃しか受けていないため、ほぼ無傷に等しい。


 対してこちらは肩で息をし、全身のあちこちで切り傷や打撲の跡が見え隠れしている。


「……ははは」


 始めにリュウヤが疑問に抱いたように、武器を使っていれば有利に進められていたのだろう。


 だがそれでは――つまらない。


 腹に痛みを抱えながらでもそう思う。


「俺も久しぶりに楽しい……楽しめている」


 気付いたらそう言っていた。


 獣王はきょとんとした顔を見せた後に、声を上げて笑った。


 俺もつられて笑った。


「どうして笑えるのかな……」

馬鹿()だからでしょ」


 女性陣からの辛辣な言葉が耳に届いて続いて苦笑したのは言うまでもない。


 深呼吸をしてから冷静になった頭で相手を分析する。


 ……なるほど。もともと獣人より身体能力が劣る人間が強化魔法を施したところで、その上を行ってくれる。笑える冗談だ。

 正攻法では追いつけないと結論づける自分を嘲笑する。


「負ける訳……ないよな?」


 確かめるように呟く。


「世界は広いな、グリム――」


 この世界での生き方を教えてくれた恩師の名を告げる。


 そして、俺はその言葉を紡ぐ。


「〈解放(アルシエ)〉」


 室内であるため、風が吹くはずがないのは火を見るより明らかだ。


「……風?」


 カグラが自分の髪が揺れる感覚を感じて、手を広げて確かめる。




 ◆◆◆




 ――獣王は100年以上の月日を過ごしてきて、この時初めて感じる背中の違和感に眉を潜めた。


 心なしか心臓も鼓動を早くしているではないか。ついぞ待ちかねた相手を前に高揚しているのだと納得するのも束の間――。


「……これは……?」


 それ(・・)が視界に入った。


「――ッ!?」


 あり得ない現実を目の当たりにした獣王は思わず息を呑んだ。


 驚愕が彼の心を支配するのは一瞬だった。


 他者からすれば些細なだとしても、獣王と呼ばれる程の強さを誇る人物はこの世に生を受けてから一度も味わったことのない感覚。


 震えていたのだ(・・・・・・・)


 震える右手を押さえよう左手を添え、獣王はようやく理解した。これが、これこそが――恐怖(・・)なのか。


 経験したことない未知の感覚を理解した途端、空が晴れ渡るように彼の思考が遅れて一つの答えを導き出した。


 ――逃げろ。


 解き放たれた力を前に、獣王は人生で初めて恐怖した。


 思考はいつもよりも凄まじい回転をしているのに、身体が動こうとしない。まるで最早間に合わない、そう告げているのだと彼は捉えた。


 必死にいつも以上の働きをする思考を精一杯活用し、勝利への道を切り開こうと思案する。何度も、何度も何度も何度も仮想戦闘を繰り返した。


 だが、答えは全て、一つの狂いもなく同じ結論へと至る。


「――勝てない」


 その言葉も恐らくは一度も口にしたことがないのだろう。


 悲しげに苦笑を浮かべる。〈獣王〉と呼ばれた男に残された選択肢は数少なかった。


 このまま続けるか、敗北を認めるか。ふたつにひとつだ。


 答えは考える前に出ていた。


「準備は良いか――〈獣王〉」


 レグルス(ノルン)は様々な感情が入り交じった複雑な表情で自分の姿を見据える獣王に尋ねた。


「――もちろんだ」


 彼は紛れもない〈獣王〉であった。


「我は今、生まれて初めて恐怖を抱いている。……同時に、これ以上のない喜びを感じている。感謝するぞ、レ――こほん、ノルンよ」


 細い目で咳払いする獣王を見つめる。――油断して言いかけやがった。


「死ぬなよ?」

「貴様こそ」


 構える獣王。


 構えずにその場に佇むレグルス(ノルン)


 獣特有の猛禽染みた黄色い瞳。かたや人のそれには程遠い色――白金の瞳。


 決して交わらない両者の視線が交錯したー。

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