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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『拳』

 ふたりの束の間の会話を、魔力による透き通る盾で身を守られるイーニャたち。


「あれで2人とも本気じゃなかったのかよ……。やべーくらいバンバンいってたじゃん」


 (もと)より獣人は体内における魔力操作は他種族に比べて段違いである。


 しかし全ての獣人が高水準かと問われれば答えはNOだ。何故ならベースとする動物によって変わってくるからだ。


 偶然か必然か、それは奇しくも野生の動物たちの食物連鎖の表に似通っている。


 肉食の動物が特に魔力操作が秀でていることになる。


獅子(ライオン)と虎。両者とも食物連鎖の頂点に位置する種だ」

「それってつまり……」


 解説するシグマに確かめるように表情を窺うイーニャ。


「そ――」

「ハイブリットじゃん」


 どうだと言わんばかりの顔で告げようとしたシグマに先んじてリュウヤが割って入った。


「はいぶりっと……ってなに?」

「あー、これもないのか。ようするにいいとこ取りってこと」

「なにそれすごい」


 獣王の生まれの凄さを教えてくれたリュウヤの簡潔な解説に、目を輝かせるイーニャが不穏な空気を感じて後ろを振り向いた。


 そこには視線を斜め下に落として明らかに落ち込む仮面の男の姿があった。


「ええっ、ちょちょっとシグマ、そんなに落ち込むことないでしょ!」


 いつもの澄まし顔は何処へやら。いじけるシグマにたじろぐイーニャ。


 その光景を人差し指を口元に添えて、不思議そうな眼差しで眺める少女が一人。


 〈竜人姫〉こと――メルリツィア・エンデュミオン・エルファムルは、決闘の開始を告げた直後に巻き込まれないようにと、レグルス(ノルン)がシグマたちのもとへと転移させていた。


「そなたらはいつもこうなのか?」


 賑やかな少年少女たちを前に、ついに耐えかねて輪の中に入ろうとする。


「うん。いっつもすぐにうるさくなるの」

「なんだとー。お前だってこっち側だろうが」

「私はあんたより大人なのよー」


 優しく微笑みかけるかと思いきや、次の瞬間にはリュウヤとカグラの言い合いが始まった。


 周りからすれば、またいつもの痴話喧嘩が始まったと苦笑する思いだ。ともすれば和んでしまうのだから不思議である。


「演技はさておき」

「演技だったの!?」

「当然だ。あの程度でいじける私ではない」

「ふぅーん」

「コホン」


 わざとらしく咳払いするシグマは、突き刺さる視線など意に介さず控えめなお姫様に話しかける。


 緊張している相手を安心させるために、小さな子どもに語りかけるように優しく微笑みながらだ。


「エルファムルの姫君よ。ノルンの言葉を借りるわけではないが、名乗るのが礼儀なのでしょう。ですがここはひとまず、ふたりの決着を見届けませんか?」

「――うむ。そなたの言うとおりだ。わらわの命運は、この勝敗にかかっておるしな」


 聞き捨てならない発言だったが、シグマはあえて内容に触れなかった。


 決闘が終われば、自ずと理由は知れるだろうと判断したからだ。




 ◆◆◆




 迷いが吹っ切れたレグルス(ノルン)を迎え撃つは、相手を食い殺す猛獣の勢いで迫る男。


 魔力を自分を中心に円形に展開。


 範囲内に入った相手の動きを即座にレグルス(ノルン)へと伝達する。


「〈強化(ブースト)〉」


 先に仕掛けたのはレグルス(ノルン)だった。


 獣王の一歩手前まで急接近し、前に出ていた足で床を踏みしめる。


「――ぬっ」


 すると、獣王の足下の床だけが不自然に空中へと飛翔した。咄嗟に飛び退いて天井との衝突を避けた男に、レグルス(ノルン)は追撃を加える。


 着地する瞬間を狙って再び床を飛翔させる。が、次は体勢を崩すためのものではなく純粋な攻撃としてだった。


「――ちぃっ」


 身を捩ることで躱わす獣王は、そこでレグルス(ノルン)が眼前まで迫っていることに気付く。


「宿れ拳神――〈魔神拳〉」


 詠唱を終えると同時にそれは具現化する。文字通りの魔神の如く、刺々しく禍々しい見た目の黒い拳がレグルス(ノルン)の拳に纏われた。


 大きさは青年の拳よりも二回りほど大きい程度か。


 躱わす分にはまだ余裕を残せる。


 しかし、獣王は本能的に察知していた。


 ――ここで退いては、殺られる。


 後ろに飛び退こうとする心と身体を抑え込み、本能に従って自分の拳に魔力を纏わせて魔神の拳を迎え撃つ。


「ぬんっ!」


 衝突による衝撃は風としてその迫力をイーニャたちに伝えた。


 魔力操作に専念しながらシグマは思う。――魔力の盾がなければ、彼女たちは今頃壁の彫刻になっていたことだろう。


 魔神の拳と獣王の拳の幾度となく繰り返される部屋を揺らす衝突を、その肌に感じるリュウヤは歓喜にも似た感情を抱いていた。――すげぇ、すげえよ、ノルン。俺もいつかあんたみたいになってやるぜ。


 そして奮い立たせた。


「ハアァァアッ!!」

「フオォォオッ!!」


 咆哮と共に互いの拳が衝突した瞬間、両者は衝撃によって回転しながら後ろへ後退りして見せた。


「正面から打ち合う奴があるかよ」

「魔神の拳と交える喜びには勝てぬ」


 戦いの中で幸福を得る人物だからこそ、相手が強者であればあるほどその身を喜ばせる。


 誘惑に勝てるほど余裕を捨ててはいないと言いたいのだろう。レグルス(ノルン)はそう考えたが、実際は獣王とて先程の局面は危うかった。


 もし本能に従っていなければ、魔神拳と壁に挟まれて無視できない痛手を負っていたのだから。


「しかし、詠唱なしの魔法行使とは……なかなかやりおる」

「2度の称賛。こちらも喜びを抑えられそうにない。――敵に次を教えるのと同じだからな。できるだけしないように心がけている」

「然り。それでこそ我が相手に――相応しい!」


 次に攻めるは獣王――だったが、


「――かはっ」

「〈衝破〉」


 床を力強く蹴り、跳躍を始めた――恐らく一番無防備に近い状態。


 背後から飛翔していた床の一部が飛来するも、空中で空気を殴る(・・・・・)ことで体を回転させて難なく破片を粉砕した。


 だがそれはレグルス(ノルン)も予測していた。


 故に〈短転移(テイレル)〉で獣王と床の間に自らを転移させて拳を突き上げた。


 勢いを残していた獣王の体はもとの姿勢に戻ろうと腹を床に向けようとした途端、そこに凄まじい衝撃が全身に伝わった。


 咄嗟の防御も間に合わず、魔神の拳をもろに腹に受けて肺の空気が一気に吐き出され、獣王の体は紙切れのように空中を舞った。


「ぐ……かぁっ……はっ……」


 自分の身に何が起きたのか、思考を巡らしてすぐさま答えに行き着く。


 ――転移魔法を使うか。


 ここまで足での(・・・)移動しか使わなかったことが、獣王に一撃を与える隙を作らせた。


 痛みを堪えて腹を抱えながら立ち上がる獣王は――笑っていた。


 その真意がわからずに畳み掛けようにも、何かの罠があると予測したレグルス(ノルン)は攻めあぐねた。――この状況で、笑っていやがる。


 何よりふらふらと立ち上がっているはずなのに、その姿には全くの隙がなかったのだ。


「こんな一撃を受けたのもいつ以来か……。見事だ、ノルンよ」


 痛がっていたのが嘘のように、おもむろに胸を張って両手を広げた。


「故に我は、我が力を全てを見せよう――」


 ふっと口角が上がった。もとより笑っていたのだから上がってはいたが、明らかに雰囲気が先程までとは一変したのだ。

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