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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『非礼』

「力まなくて良い」


 こちらに歩いてくる時、お姫様の手と足が一緒に動いていたので苦笑しながらそう助言した。


「うっ、うむ、大丈夫だ」


 返ってきた言葉は頼もしいものなのに、動きは不安定そのものだった。


 我が子のその姿には、さすがの獣王も額に手を当てていた。


「これではこちらが和む。――改めて、合図を頼む」


 俺と獣王の間にかくかくした歩きで、ようやくたどり着きいたお姫様に言った。


「よし。ふたりとも準備はよいな?」


 順番に俺と獣王を見渡した。


「いつでも」

「構わない」


 息が合った返事をする俺と獣王を目を丸くして見比べるお姫様。


 始まるまでに時間がかかったのは言うまでもない。


 戦う気満々の獣王の雰囲気に圧倒され、緊張を露にしていたイーニャやリュウヤもいつもの腑抜けた表情に戻る始末だ。


「両者構えよ――」


 姫様の言葉に従い、俺と獣王は互いに構えた。


「あいつ、武器を使わないのか?」


 背中にリュウヤの呑気な疑問が届けられる。


 相手が拳で構えているから、と言うのも一つの理由だ。が、本命はここ最近は武器を使ってばかりで、素手での戦いを疎かにしていたからであった。


「考えがあるのだろう。おい、あまり前に出過ぎるな」


 さりげないフォローをしてくれるシグマに密かに感謝を。


「始め!」


 凛とした声の合図が玉座の間に響き渡る。


 ――ドンッ。


 始めはどんな手で攻めてくるかと軽く息を吐いたことを後悔する。


「――っ!」


 床を蹴る音が聞こえた時には既に、その拳は俺の腹目掛けて迫っていた。


 左手で突き出された拳を右へ弾き、空いた右手を握りしめて魔力を込める。あとは突き出すだけだったが――


「フッ」


 獣王は口角を上げ、体の重心を変えることで無理やり体勢を立て直し、俺の右の拳に開いた左手を突き出す前に当てて力を相殺した。


 掴まれてはまずいと判断。拳から魔力を前方に放った勢いで俺は一回転しながら後ろへ飛び退く。


 ずしゃりと音を立てて着地して床を踏みしめる。


 追撃が来ると睨んだ俺はすぐに視線を獣王へと合わせる。と、同時に読みを外した事実を思い知らされた。


 右手を開いて肩越しに前方へ翳し、左の拳は腰まで引いていた。


 俺はこの直後に来るであろう現実を予測して両腕を胸の前で交差させて防御の姿勢に入った。


「――ハァッ!!」


 構えが成立するのと同時に放たれた一撃。言葉にすればただの空気の塊。


 それが獣王の拳で前方へ放たれたものであることを除けば、何処にでも存在する風のようなもの。


 それが凄まじい脅威となって俺の腕に衝突し、音と衝撃と痛みを脳に伝えた。


「ぐっ」


 足が床をしっかりと捉えていると言うのに、勢いを殺しきれずに筋を描いた。ここがもし土場ならば小さな山を作っていただろう。


 心の中での呑気な呟きとは裏腹に、腕は強大な衝撃を受けた反動で痺れてまともに動かない。


 ――まずいな。


 そんな俺の不安を読み取ってか、獣王は即座に距離を詰めた。


「フンッ」


 拳が来ると予想したが、迫るは開かれた掌。そこから先程よりは弱い衝撃波が放たれて体勢を崩した俺に、回転蹴りが迫り来る。


 丁度良い。


 やって来た蹴りの足に自分の足を重ねた。


「なっ――」


 蹴りの勢いを利用し、更に俺も足に力を入れて飛び退くことで再び互いの間に距離が生まれる。


 腕の痺れを回復する良い時間稼ぎになった。


「我が蹴りを利用するとは……。やはり面白い相手だ」

「お褒めいただくとは光栄だ」


 称賛する獣王は拳を握りしめ、対する俺は握るか握らないかの状態を保つ。


 相手との距離は凡そ10歩程度。


 奴からすれば1歩と然して違いはあるまい。


「今度は俺から行くぞ」

「ああ。どこからでもかかってこい」

「〈強化(ブースト)〉」


 身体能力強化の魔法を施すと同時に床を蹴り、風の如し勢いで距離を詰めた。


 そこからは拳と拳の応酬だった。


 魔力を帯びた互いの拳が衝突する度に空気の破裂音を周囲に響かせ、衝撃波が床や壁を抉る。


「クフフフッ、楽しい。我は楽しいぞ!!」


 歓喜の声を上げる獅子虎男を横目に拳の力を緩める。


 ――〈獣王〉とはこの程度(・・・・)なのか?


 俺は聞いていた名声とは程遠い相手の実力に、半ば落胆していた。


 確かに強い。

 気を抜けば一瞬で攻められ、押しきられてしまうだろう。


 しかし、予想していた強さにはどうにも届かない。


 殺さないように手加減していたとしても、求めていた結果とは違う現実に歯がゆさを覚えた。


 もしその原因が俺にあるのだとしたら?


 決闘相手――つまりは俺の強さに合わせて拮抗させているとしたら?


「――そうか」


 一際大きな音を立てた拳の衝突をきっかけに、俺は獣王と距離を取った。


「ん?」


 明らかに様子が変わった俺に気付いて獣王は首を傾げた。


「――非礼を詫びよう」

「……」


 突然の謝罪に目を丸くしたがすぐに意図を察したのか次なる言葉を黙って待った。


 相手を甘く見て、軽んじていたのは俺の方だったようだ。


 俺はあろうことかこの程度で(・・・・・)良いだろう(・・・・・)と力を故意に押さえ込んでいた。


 故に獣王はあえて必要以上に手加減することで戦いを長引かせようとしたのだ。


 幸せを得られる一時を長く保つために。


「ふぅー」


 大きく深呼吸をした。


「俺の名はノルン。真名(まな)は故あって名乗れぬ。だが、非礼の詫びを含め、この身を以て誠心誠意相手をさせてもらう。それで……いかがだろうか?」


 言葉だけではなく態度にも誠意を込めて、俺は改めて獣王と相対した。


「ノルン――良い響きだ」


 知っていたであろう俺の名を繰り返し、ふっと微笑んだ。


 気を遣わせてしまったようだ。


「覇気を纏うのだろうな?」


 今度こそ戦う気があるのかと問う。


 その表情からは情けや優しさなどを微塵に消し去り、ただ目の前の相手の真意を確かめる揺るぎない意思だけがあった。


「当たり前だ。これ以上の無礼は、あいつ(・・・)を失望させる」


 だから俺も正面から応じた。


 やがて思案していた顔から一気に笑顔へと変貌して獣王は言った。


「――相分かった。こちらも非礼を犯した身、責めなど出来ようか。しかしこれでおあいこだ」


 苦笑する獣王に俺もつられる。


「……そうだな」

「さぁ、始めようか(・・・・・)


 仕切り直しと言わんばかりに獣王はそう言いながら構えた。


 ――もはや我が心に憂いはない。


 心の中の言葉が顔に浮かび上がっているような獣王を前に、自分も似た表情をしているのだろうなと思う。


 ここからが俺たちの、本当の決闘の始まりだった。

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