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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
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『幸福』

 戦闘狂になった覚えはもちろんない。


 なのに思う。――戦ってみたい。


 そして、抱く。――何故、そこまで焦るのか。


 だからこそ俺は呆気らかんとした態度で人質を取る者に告げる。


「殺るなら殺れば良い。それ即ち、民の全滅、この国の滅びを意味すると知れ。覚悟があるなら事を成せ。俺は止めも拒みもしない」


 自分でも何だこれはと首を傾げたくなる発言をする。

 確かにそれは紛れもない俺の本心だった。が、同時に違和感が生じていたのも事実だ。


 ……我ながら訝しき発言はさておきだ。


 どうも事を急いでいるように見える。いったい何がこいつらを駆り立てるのか、訊いたところで答えられる内容ではあるまい。


 もし話せるならとっくに俺は聞いているだろうからな。


「決闘のルールは?」

「……あ、ああ、ルールは簡単だ。どちらかが敗北を認めるか、死を含めた戦闘不能に陥れば終わりだ」


 断られるとでも思っていたのか、返事までやや間があった。


「――何故お前たちはそこまでして命を懸けた争いを好む? 俺には理解できぬ」


今際(いまわ)の一時こそ(いくさ)に生を捧げた武士(もののふ)の本懐、それ即ち――幸福である。理解せよとは言わん。我とて凡人のそれ(・・)を逸脱した望みと承知の上よ」


 遥か遠くを見つめる瞳で、〈獣王〉と呼ばれる人物は己が理想を語った。


 到底理解も同意も叶わぬ願いに俺はため息を返す。


「哀れだな」

「同感だ」

「故に俺は応えるのだろう」

「……なん、だと」


 望んではいても諦めていた言葉を聞いた〈獣王〉は自分の耳を疑うような顔で俺を見返した。


「太平の世なら、俺はお前を愚かだと断じた。しかし、残念ながらこの世界は平和とは程遠い。いや、ある意味均衡が保たれているから平和なのかもしれないが……」


 事実、長らく世界を揺るがす程の大きな戦争は起きていないのだ。


 そこに様々な思惑と願いが秘められているか、俺とて全てを知っているわけでない。


「話を戻そう。端的に、お前との決闘を受けると言ったのだ」

「良いのか?」


 真剣なものへと面持ちを変えて訊く。


 自分から言い出したことでも、無礼な行いだと理解しているからこその問いだろう。


 俺とて内心自分は何をしているかと自問したいくらいだ。


 要望に応える義理も礼儀もない相手には間違いない。だと言うのに、理性とは別の部分で応えたいと主張している。


「ただし条件がある」

「聞こう」


 真っ直ぐに俺の瞳を見据え、獣王は来る条件を待った。


「俺が勝てば、俺の邪魔をしないと約束すること。それはお前だけではなく、エルファムル連合国ないしあの姫様も含まれる。それで構わないのなら受けよう」

「――もし貴様がこの国を襲撃しようと見て見ぬ振りをしろ。そう言っているのか?」

「捉え方は好きにすれば良い。どちらにせよ、お前が勝てば問題はあるまい。その身に国の、国民の、王の命運がかかるとすれば、より一層やる気になると思うのだが……?」


 肯定も否定もせずに相手を挑発する言葉を選んだ。


 不敵な笑みを浮かべて、ついに声を出して笑った。


「こんなに笑ったのは実に久しい。良い度胸だ、ノルン。条件を甘んじて受け入れよう。――構えろ」


 獣王がそう告げると、周囲の空気が一気に緊張を宿す。


 目の前の決闘相手はこう言ったのだ。――ここで、今から始めると。


 既に人質など眼中になく、その瞳は俺だけを捉えていた。


 部屋が広い理由を、このような形で知ることになるとは誰が考えただろう。


「アカネ、シグマ。そいつらを頼む。恐らく余波だけでも命取りとなる見込みだ。勝利したのにお前たちが跡形もなく消えていたのでは、今後の俺の旅がつまらぬものになってしまうからな」


 構える獣王には悪いが、旅のお供への指示を優先させてもらった。


 初めから許す気だったのか、俺が決闘の開始を渋っても文句は飛んでこなかった。


「安心しろ、言われるまでもない。端からそのつもりだ」

「ん」


 心強いふたりの頷きを確認してから、俺は待たせている決闘相手に向き直った。


「待たせたな」

「構わんよ。仲間の命を軽んじるより遥かに良い。ますますあの子のものになってもらわなくてはな」


 ――あの子(・・・)ねぇ。


 随分親しい間柄のようだ。まるで我が子のように。


 あながち予想は的を射ているのかもしれない。魔力から血が繋がっていないのは明白。ならば育ての親なのだろう。


 可愛い義理の娘のために奮闘する父親(獣王)とはなかなか貴重な光景だ。


「お前が勝てば、文字通り一石二鳥と言う奴やつだ」

「いっせきにちょう?」


 聞き慣れない単語に眉を寄せる獣王。


 俺の切れ切れの記憶の一欠片に存在する言葉だ、聞いたことがないのも無理はない。


「一つの石を投げて、一羽ではなく二羽の鳥を落とす」

「我が幸福とあの子の幸福の両方が得られると」

「勝てたらの話だがな」


 獣王は聞き慣れない単語を意味を自分の言葉に置き変えた。


「勝つとも。私は〈獣王〉、強く誇り高き父と優しき慈愛に満ちた母の血を継ぐ獣たちの王――ライフォーンである。人の子には負けぬよ」


 常人ならばそれだけで石になりそうな猛禽の如く鋭い眼光を突きつける。


 お世辞でも煽てでもなく、この人物は確固たる実力の持ち主だ。まさしく王に相応しい(・・・・・・・)程に。


「ふふふ」


 相手の強さに与したから出た笑いではない。


 ふたつ(・・・)の意が妙に合わさると思った。


 ――〈魔王〉に相応しい相手だ。


 胸の内側から込み上げてくるものについ笑ってしまったのだ。


「獣王。どうやら俺もあんたと同じ人種なのかもしれない」

「……そうであったか。喜ばしいことだ」

「しかし、残念だ」

「ん?」


 口元を歪める俺に首を傾げる獣王。


「俺はあんたを殺せる。が、あんたは俺を殺せない。理不尽だとは思わないか?」


 俺が敗北した場合の条件は、姫のものになる(・・・・・・・)だ。


 単純に俺が死んでしまっては、必然的に条件が不成立となってしまう。


「己自身への枷だ。貴様が気にかける必要はない」


 心配ご無用と言ってのける。


 強さに自信があるからこそのハンデと言うやつだ。


「無用な配慮だったか、それはすまない。……お姫様、始まりを告げてもらえるだろうか?」

「――へ?」


 玉座で言葉を失う姫様に提案すると、素っ頓狂な声が返ってきてついに俺も笑ってしまう。


「俺のお供は防御に徹しているのでな余裕がない。姫様なら安心して任せられる」

「えと、その…………心得た!」


 言葉を探して右往左往。やがて意を決して両手を胸の前で力強く掲げて承諾した。


 堅苦しい言葉遣いとは裏腹に、性根は見た目通りまだまだ幼いのだなと心の中で微笑む。


 そこでようやく一つの疑問が解かれる。


 ――フィーネに似ているのだな。


 畏怖される魔王を父にもつ娘と、偉大なる竜を父にもつ娘は奇しくも似ているのだと気付いたのだ。

 あくまで俺個人としてだがな。


 いつの間にか俺は微笑んでいた。

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