表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第五章 竜の姫君
100/464

『竜人姫』

 部屋の最奥、玉座に辿り着いた俺は二重の意味で己が目を疑った。


「――ちっさ」


 俺があえて口にしなかった言葉を、隣のリュウヤが気にせず言ってのける。さすがは勇者だ、〈竜人姫〉に対して遠慮や配慮がない。


 シュヴァルツの忠告はものの数分で無意味と化した。


 しかしリュウヤの気持ちもわからなくはない。何ならまったく同じ感想を抱いたのだから。


 玉座に鎮座して俺たちを見下ろすのは、とても100年以上の月日を過ごしてきたとは思えない幼い容姿の少女だった。見たまんまの年齢なら恐らく12~15歳程度だろう。


 半分は竜の血を継いでいるのだから、若いのも当然か。


「いきなりの無礼だ。シュヴァルツの忠告を聞いただろうに」


 同感だ。


 皮肉をリュウヤに言ったのは、俺の驚愕の一番の理由である、玉座の隣に悠然と佇む獣人。


「まさか……実在した上に、対面することが叶うとは、夢ではないかと疑いたくなる」


 漠然とイメージしたことしかなかった姿がそこにあった。


 実際にお目にかかれたのを幸福に思い、感動のあまり涙が出そうだ。


 〈獣人族〉は文字通りベースの動物、いわゆる獣が人の姿かたちを得た種族である。その特徴として、動物だった頃の名残がいくつか存在する。


 だが同時に同じ〈獣人族〉であるため、別の動物をベースにした者同士でも恋をし、子を為すと言う。


 かといって他の種族と異なる部分が根強くあり、それこそが人の形になってしまったが故の幸福とも不幸とも言えよう。


 何故なら、動物の犬と猫は子を為せない。それは単純に身体を形造る仕組みや構造が根本的に別物だからだ。


 しかし、獣人となることでその垣根を越える可能性を手にした。――そう、あくまで可能性なのだ。


 そんな少ない可能性の中で最も確率が低いとされるも、実現すれば他を凌駕するとまで称えられた理想の個体。


 獅子と虎の両方の血を継ぐ、ライガーの通称で親しまれる種の獣人のパターンである。


 俺は納得した。――確かに獣の王(・・・)に相応しい。


「供の非礼を詫びよう。単刀直入に問う。何故、俺たちをこの国に招待した?」


 回りくどい言い回しは不要と判断して単刀直入に問いかけた。


 ゆっくりと目を閉じ、開いてから言葉を紡いだ。


「そなた、わらわのものになれ」

「――は?」

「……ええ!?」


 リュウヤの非礼を詫びたばかりなのに、今度は俺があまりにもわがままな願望に眉間にしわを作る。


 部屋に響き渡る程の大きな声で驚いたのはイーニャだ。俺ではない。


 アカネからは、何をしたのかと訊きたげな眼差しを向けられた。


「俺は何もしていない。理由を聞かせてもらおうか」


 考えを整理する時間稼ぎにと返答の予想がついている問いを重ねる。


「そなたの強さに惚れたのだ」


 恥ずかしいのか頬を赤らめつつも満面の笑みのもと宣言(告白)した。


「なっ――」

「だそうだぞ、ノルン」


 ここぞとばかりにシグマが口角を上げて追撃してくる。


 他者に言われるまでもない。


 清々しいまでの返答に対して、俺は吐息を口から吐きながら額を押さえた。


「お姫様からの告白なんて滅多にないんじゃないか?」


 シグマに影響されてリュウヤまでもが茶化してくる。


 能天気勇者が言ったのはもっともだった。


 100年以上も王ならば馬鹿や愚かな類いではないと考えていたが、どうやら予想に反して評価を改める必要があるようだ。


「――断る」

「そうだろう、そうだろう。わらわのものにな――ならぬだと!?」


 自分で繰り返して言うことで理解したらしい。目を丸くしていた。


 子どもの見た目に相応な反応は面白いものだ。


「どどどどうしてじゃっ! わらわのものになれば幸福であろう?」


 凄い決めつけだ。と言いそうになって一つの考えに俺の思考が導く。


 竜と人の〈混血種(ハーフ)〉であるこの娘は、〈獣人族〉で唯一無二の存在であり誇りにもなり得よう。その所有物になるのを喜ぶかもしれないと。――獣人ならの話だが。


「頭の中がお花畑なのは良いし、誘われたこと自体は光栄に思う。――が、あんたのわがままに俺を巻き込まないでくれ」

「……ぁ……ぇ……」


 突き放すように言うと〈竜人姫〉は戸惑いと困惑に支配された表情で言葉を詰まらせた。


 本当に心の底から受け入れられると信じていたのだろう。

 随分と甘やかされて育ってきたのが丸見えだ。


「歓迎の宴までしてもらって悪いがな。あんたが俺を望むように、俺にも相手を選ぶ権利がある。それを理解してもらおう」


 拍子抜けだ。警戒して損した。


 ため息が出るのは仕方ないはずだ。


「ではな〈竜人姫〉よ。また機会があればお会いしましょう。――行くぞ、お前たち」


 身を翻して玉座の間を出ようとする。


「待て。待たんか、ノルン」


 背中に投げ掛けられる制止など最早聞く耳持たずの意思表示に無視することにした。


「いや、こう呼ぶべきか――」


 単なる言葉では止められないと判断した獣王が俺たちと重厚な扉の前に立ちはだかった。


 獣特有の縦に細い瞳孔が俺を貫かんとする鋭さで俺を捉える。


「――待ってくれ!」


 それでも構わず歩みを止めない俺の背中に、少女の声がかけられる。


 ついに足を止めた。


 悲痛な叫びだったからか、今にも泣きそうだったからか、はたまた獣王が次に口にしようとしたものを警戒したからかはわからない。


 俺は歩みを止め、その両の瞳で〈竜人姫〉を見つめた。相手も真っ直ぐ見つめ返している。


 ふと、魔界で俺を追いかけ回していた少女の赤色の瞳を思い出した。――綺麗だ。


「メルリツィア・エンデュミオン・エルファムル」

「――ッ!」


 突然フルネームで名前を呼ばれて硬直する少女を気にせず言葉を続けた。


「俺にはやらなくてはならないことがある。俺を気に入ってくれたのはありがたい、感謝すら抱いている。だからこそ言わせてもらうと、俺はあんたが思っているような人間ではない」


 心の何処かで思っている。

 実際の年齢がどうあれ、幼い少女を自分の運命に巻き込むわけにはいかないのだ。


 ネイレンたちがあの部屋の外でも平和に暮らせる世界に変えるために、俺は世界を征服する。


 手始めに〈アインノドゥス王国〉を潰すのはほぼ確定していた。


「悪いな」

「…………」


 悲しげで今にも泣きそうな表情になる少女に、胸が締め付けられる感覚を覚える。


「――認めない」


 静かな怒りを込めた声が耳に届く。


「貴様に決闘を申し込む。私が勝てば姫のものになれ。負ければ命をくれてやる」

「え!? ちょ、ちょっとルー」


 獣王の発言に声を上げるお姫様。あの反応から完全な独断専行らしい。


「受ける理由がない」

「いや、あるとも」


 獣王がそう告げた途端、急に身体が重くなる。


「ぐっ――」


 どうやら俺だけではないようで、イーニャたちも膝をついている。


 重力魔法か。


 原因をすぐに理解し、魔法陣を探すも何処にも見当たらない。


「――()か」

「さすがの慧眼だ。その通りだとも」


 俺が魔法陣を破壊するのを知っていて対策を講じたのだ。


「貴様が受けなければ、仲間とは永遠にお別れだ」


 初めからこうなることを予期していなければできない芸当だ。


 部屋を広くするために空間魔法を使っていたのも、正確な位置を把握させないようにだな。


 具体的な破壊方法が判明していないが故に、可能な限り俺が魔法陣に干渉できないように考え抜かれている。


 ――やられたな。


 苦笑を浮かべた。


 抜け出すのは簡単だが、その隙に獣王(こいつ)は命を懸けてでも我が旅のお供を殺すだろう。


 加えて、ここでふたりを排除したとしても、様々な種族が住む国では逆に状況を悪化させかねない。


 ならば転移魔法でお供もろとも離脱させれば良いのだが……俺の好奇心がこの最悪のタイミングで発動してしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ