危険のない生活
「過去の人間は、以上の様に非常にリスクのある暮らし方をしていたのです。」
「へー、それじゃあ先生、昔の人ってすぐに死んじゃってたの。」
光でできた教室で美しく若い男が、皆そろって可愛らしい顔をした生徒たちに歴史の授業を教えていた。
今日の授業は、過去の生活についてである。
「いえ、すぐに死ぬわけではなかったようです。事実、手足が無くとも人は生き、音や光が無くとも発狂しなかったようなので。」
生徒たちは口々に驚嘆の言葉を発した。
とてもじゃないが、そんなこと今は考えられない。
本当に、感覚が無くとも生きていけるのか。
大体はそんな話であった。
「はいはい、みなさん静かに。確かに、今の世界ではとても考えられないことではありますが、政府のアーカイブにしっかりと載っている情報ですからね。それが事実なんですよ。」
「でも先生、さっきの話が本当なら、昔の人は不便だったんじゃないですか。」
一人の生徒が手を上げ、質問した。
毎年、必ず一人はまったく同じ質問をするモノだから、先生もこの質問への解答になれている。
彼は眉ひとつ動かさず、生徒からの問いに答える。
「えぇ、不便だったでしょう。しかし、それは今だから言えることなのです。昔の人々はそれが当たり前だったのですから、自身の生活について疑問すら起きなかったでしょう。」
「でも、何をするにも肉体があるのって危ないじゃないですか。いつ死んでもおかしくないんですから。」
「そうなのですよ。今の様に脳だけ分離させ、生体インターネットで意思の疎通を送れなかった時代はいつ身体の不調が現れるか、びくびくしながら生きていたでしょうね。だから、みなさんは今の脳だけの生活に感謝をしなければなりません。」
ひとしきり喋ると、先生は壁にかかっている時計をちらりと見た。
そろそろ授業の終わる時間である。
「さて、そろそろ時間のなので、歴史の授業を終わりにします。次は体育なので、みなさんアバタ―を体育様に変更してきてくださいね。」
扉に向かって歩く先生を、生徒たちはそろって礼で送る。
教室の戸に手を掛けると、先生のアバタ―はばらばらと光の屑になって消えた。
先生がはと気が付くと、そこは本来の居場所、自身の脳であった。
栄養剤と何種類かの混合保存液を通して、視神経でつながる眼球からは同じように脳と目だけの人々が所狭しと並んでいた。
肉体なぞ存在せず、ただ脳だけで生きる人々は、果たして昔の人々と同じなのだろうか。
そう考え、そしてすぐに考えを放棄した。
瓶詰の脳であっても、人々は生きている。
ただ、体があるかないかの差、生きる上で三大欲求を満たすかどうかの差だけである。
そう思い、体育用の屈強な男のアバターを選び、運動場サーバーへ飛ぶ。
意識の無くなった脳は、ただその瓶の中から同じように瓶詰になった脳を見ているだけであった。




