晴樹編
さて、今日は何の日か。
言うまでも無い、ホワイトデーだ。
朝葉からバレンタインデーに手作りチョコレートを貰った以上、
何も返さないというのは流石に不味い選択だと思っていた。
で、何を渡せば良いのか判らないので、
それを巡り巡って千佳さんに頼んだ……そこまでは良い。
実は、その選択を少しばかり後悔していた。
どれだけ立派な言葉で飾り立てても、
プレゼントを自分で探して、選んだわけではない。
果たしてそこに、気持ちは籠っているのだろうか……
少しばかり不安があった。
(仮にどんな物を贈ったとしても、喜んではくれるだろう……)
だからこそ本当は自分で情報を得て探すべきではないか。
先日の、智樹の彼女……小織ちゃんのような感じで、
不器用でも頑張る姿勢を見せる方が良かったのではないだろうか。
そう思うと、行動しなければ気が済まなくなる。
(今からでも、買いに行けば……)
そう思って家を出ようとした矢先、連絡が入る。
「今、そちらに向かってるわ。
もう少ししたら着くから、待ってなさいよ」
相手は……千佳さんだった。
結局、買いに行くという選択肢を失ってしまったのだった。
千佳さんは手に二つの袋を持っていた。
「朝葉様から、家の片付けをしていると聞いていたのよ。
出かける予定だったのでしょう?」
「ああ、少し……買い物に出ようと思っていた」
「その前に連絡を入れておいて良かったわ」
こちらとしては、逆に都合が悪かった。
「これ、頼まれていた物よ」
「俺が頼んだわけではないが……」
「中身を見たら、多分納得すると思うわ」
千佳さんはそう言って、手にしていた袋の片方を俺に渡してくれた。
中を見てみる。
「これは……
なるほど、これは確かに俺が頑張って探しても入手するのは困難だな。
それでいて、朝葉も間違いなく喜んでくれる」
以前にも似たような光景があった事を思い出す。
テスト明けで一緒に食べた……そう、『初恋ショコラ』だ。
あの時は智樹に頼んだと思う。
だが、包装とかが微妙に違う気がするのだが……
よく言う、イベント時期にある特別な包装の奴だろうか。
「キャッチフレーズだけど……」
「前回と同じ、ケーキと僕のキス……」
「似てるけど、これは最近発売された物よ?」
そう言われて、俺はそれを取り出してみる。
「ほう、『君想いショコラ』というのか」
「そうそう、だからキャッチフレーズも違うの。
君に、想いの分だけキスをする……
実際に言ってみると、ちょっと恥ずかしいわね」
それをこれから俺に言わせようとしているのだろう……
まあ、千佳さんの思惑通り言ってしまうとは思うので、
結局俺は俺で問題なのは自分でも十分理解している。
理解していても止められない、これが恋という物か。
「というわけで、頑張って渡して」
「判った」
そう言うと、千佳さんは去っていった。
恐らく、この後はもう片方の袋を智樹に渡しに行くのだろう。
今日も、荷物の片付けの為に朝葉が来てくれる。
片付けをするとは言っても、元々そこまで物があるとは言えないので、
主に掃除をするのが殆どである。
ただ、受験等々で忙しくて最近は何もしていなかった上に、
引越しまで決まってしまったので、急がなければならなくなっただけで……
「晴樹さん、大方の物は片付きましたよね?
何か、まだ色々と残っているように見えますけど」
「一応、あと少しで何とかなる。
机とかまだ使うものは運び出しの前日に片付けるからな」
「そうだよね……
ちょっと気が早すぎたかな」
慌てなくて済ませたいのならば、これくらいが丁度良い。
「一人でやるよりは十分にやりやすいから、
手伝ってくれるのは大歓迎だ」
「うん、ありがとう」
この流れならば大丈夫だろう。
「というわけで、感謝の意を籠めてプレゼントを一つ」
「えっ……?」
俺は冷蔵庫に置いていたそれを持ってきて、机の上に置いた。
「丁度、今日はホワイトデーだ。
バレンタインデーにチョコを貰ったからな、そのお返しという事で」
「ありがとう。
これ……『君想いショコラ』だよね。
しかも、二個ある」
「ああ、俺も一緒に食べようかなと思った」
俺がそう言うと、朝葉は顔を真っ赤にしていた。
恐らく、あの時の事を思い出したのだろう。
「私達が初めてキスした時みたいに……かな?」
「そうだな。朝葉は……嫌か?
嫌なら、考え直す」
「考え直したら駄目。してくれないと怒るよ?」
「待て、強制か?」
「うん、もちろん」
輝かしい笑顔で俺の事を見る朝葉。
いやはや、しっかりとやり返されてしまったな、これは。
俺の方が照れてしまったじゃないか。
「早く食べよ、美味しそうだからっ!」
「お、おう……」
なんかよく解らないが、朝葉が乗り気になっている。
というわけで、手っ取り早く包装を解いて準備完了。
「それでは、まずは一口」
「ひとくち、いっきまーすっ!」
元気な朝葉の姿を見ながら、俺もそれを口に運ぶ。
「やっぱり、これはなかなか美味しいな」
「うんっ!」
あの時は緊張していた事もあり、
確かに美味しいとは思ったが、ちょっと味わう暇が無かった。
故に、今回は……しっかりと味わって食べる事ができる。
しかし、そうやって味わっていると……
「ねぇ……
今日は、あれ、言ってくれないの?」
「ん……ああ」
まさか、朝葉にあのキャッチフレーズを言って欲しいと頼まれるとは。
渡してもなお、恥ずかしさで覚悟ができていなかったのだが、
今なら、言える気がした。
「朝葉……君に、想いの分だけキスしてあげる」
「うん、ちょうだい……」
彼女の方から唇を近づけてくる。
俺は……躊躇う事無くそこに自分の唇を重ねた。
「んっ……」
口の中に、何かが移されてくるのを感じる。
マカロン……ああ、ケーキの上に乗っていた奴だ。
唇を一度離すと、蕩けた顔の彼女が居た。
「えへへ……マカロンの口移し、しちゃった」
ああ、これは……
もう、逃れられそうに無い。
「今回も、ケーキが無くなるまで……
キス、しよ」
「甘い甘いキス……か。
それならば今日は、満足するまで付き合おう」
「ありがとう……ん……」
お礼を言い終えると同時に、再びキスをしていた。
とはいえ、流石にケーキがなくなるのは早く……
三回くらいで止めておいた。
口移しとか、深いキスとか……色々してしまった気がする。
ほんの少しだけでもいいから冷静になるために、
くっ付くのを止めてちょっとだけ離れていた。
無言の空間を流れる息遣いに、少し気を向けてみる。
彼女の方を見ると……また目が合ってしまった。
「こ……今回のプレゼント、
やっぱり千佳さんか弟くんが考えてくれたんでしょう?」
早口で、朝葉がそんな事を言った。
「当たり、俺では何を買えば良いのか判らないからな。
智樹に頼む所で、千佳さんに先手を打たれたよ」
隠しても仕方ないので、俺は真実を打ち明けた。
「私の時もそうだったからね……
でも、今回の『君想いショコラ』は嬉しい」
「喜んでいただけて何よりだ」
嬉しい。この笑顔が見れたのならば……
今回は、これで良かったという事にしておこう。
「ただ、いずれは……
千佳さんに頼らずにプレゼントを買って、
朝葉に贈る日が来ると思うから……」
「うん……
期待して、待っているからね」
そう言ってくれて、ありがとう。
協力してくれた千佳さんにも、朝葉にも……
(約束する、次に贈る物は……)
次に贈り物をする時は……
多分、婚約指輪になると思うから。
校則などに引っかかるかもしれなかったので、
高校生の間は止めていた物だったが、もう縛りは無い。
そう、ここから先は自由が広がると同時に……
俺と朝葉で、色々な事を決めて行動していかなければならないのだ。
「結婚の事も、いずれ考えていかないとな」
「うん、まだ、先の話に思えるけど……」
「一つ一つ解決していけば良い。
それに、困った時には頼りになる人も周りにいる」
「そうだね。特に……千佳さんとかね」
「ああ……」
だから、焦らず慌てず進んでいこう。
その先にきっと、楽しい毎日があるのだろうから。
さて、落ち着いたら少し他の事も気になりだした。
「智樹の方は……大丈夫だろうか」
「そういえば、弟くんもやってるのかな、『君想いショコラ』で……」
「多分、その予想は外れていないと思うぞ」
何となくだが、今回のバレンタインデーとホワイトデーの流れが全て、
全部千佳さんの計画ではないかと思ったのだが……
「間違いないよね、千佳さんが全部裏で仕組んでるよね」
「朝葉も同じ事を考えていたのか」
「うん、だから後で小織ちゃんに聞いてみる」
後日、智樹と小織ちゃんの話を聞いて、
俺を含めた四人は皆、同じ結論を出した。
「千佳さんの悪乗りに警戒しよう」
「兄さんの言うとおりだね」
「このままだと何か他にも企んでそう。気をつけないとね」
「お姉ちゃんの感が外れていますように……」
何故こんな結論になったのかって?
千佳さんが怪しい笑顔でその後の報告を聞きに来たからに決まっている。
まあ、とはいえ……
お節介を焼かねば千佳さんらしくも無いのも確か。
今後も、色々と企んで振り回されるのは間違いないだろう。
だが、晴樹と朝葉の二人を常に遠巻きに見守っていてくれるのもまた、
紛れも無い彼女なのだから。
「いつか、恩返しをする日が来るのだろう」
「その時は、私達でサプライズを仕掛けようね」
「ああ、それは楽しみだ……」
俺と朝葉は、微笑んで顔を見合わせる。
「兄さん達だけではやらせませんよ」
「わたしや智樹さんも忘れないでね」
そこに、弟とその彼女も入ってくる。
皆、笑顔だ。
その光景を見て、俺は過去に思いを馳せる。
朝葉の誕生日より前の頃から考えたら……
今の自分がどれだけ幸せか。
きっと今の俺は、最高の笑顔をしているだろう。
皆の笑顔も、きっと最高の物になっているだろう。
この笑顔を、何度でも引き出せるような毎日が欲しい。
今回のホワイトデーは、俺にそれを教えてくれたのだった。
そして、いつか来るその日に向けて……
今はまだ決めていないが、いつかは覚悟しなければならない。
決めねば……夫婦は始まらない。
先は長いが……それでも、あっという間にやってくる。
そのときもまた、笑顔で迎えられますように……
俺は、心の中で誓うのだった。