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智樹編

さて、今日は何の日だったか……

そうだ、ホワイトデーだった。


一応、バレンタインデーの時に……

不器用ながら必死に作ってくれたチョコレートを貰ったので、

こちらはこちらで何らかの物を返すのが礼儀だと考えていた。


というか、返すべきだと千佳さんに念押しまでされてしまったので、

何もしないでそのまま過ごすわけにもいかない。


今回は、こちらが何か行動を起こす前に先回りされていた。

渡すお菓子を準備するから必ず渡して欲しいとまで言っていた。



前日の夕方、千佳さんがわざわざこちらに来てくれた。


「先に兄さんの所に行っていたんだっけ?」

「そうよ」

「何か言っていた?」

「とりあえず、頑張ってみるとは聞いているわよ」


その、渡す予定のお菓子を見てみる。


「もちろん、これのキャッチコピーをちゃんと言って渡してね」

「あ、ああ……」


笑顔でそう言われて、何も言い返せなかった。


「知っているわよね、もちろん?」

「当然、情報は……仕入れているけど……」

「それじゃ、頑張ってね~」


先に兄さんが了承しているのだから、自分が断るわけにもいかない。

ああ、何て理不尽なのだろうか。


(まさか、今度は自分がやらねばならないとは……)


以前、兄さんに『初恋ショコラ』を渡して、

あの特長的なキャッチフレーズを言わせた事があった。


今回、千佳さんから預けられたのは、

それにハート型のマカロンが乗っけられた……

『君想いショコラ』だった。


無論、自分はこのお菓子についての情報は既に把握していた。

上に乗っけられている『君想いマカロン』についても。

というかこれ、小織ちゃんと沖本さんの二人が話している時に出ていた。


故に、その辺の事情を千佳さんが知っていた可能性はある。が……

全く、一番断り辛い状況を作ってくるとは思わなかった。


え、何故こんな事を今更考えているのかって?



千佳さんの根回しの素晴らしさは本当に尊敬する。


「智樹さん、今日って確かホワイトデーですよね。

 千佳さんから聞いて、お伺いさせてもらいました」

「小織ちゃん、千佳さんは何て言ってここに……」

「プレゼント準備してたから行ってあげて……だったと思います」


ここまでやられてしまうと、退路は完全に絶たれているに等しい。


「もしかして、本当にホワイトデーだから……

 わたしを呼んでくれたのですか?」

「と、当然……」


笑顔で語りかけられる半面で、こちらは焦る一方。


(こういうの、慣れていないんだよ……)


小織ちゃんも多分慣れてはいないだろう。

互いに緊張している。だから会話が無い。

目が合って、軽く逸らして、また軽く目が合って……

こんな事の繰り返し。


「あ、あの……」

「ん、ああ……

 と、とりあえずプレゼントを持ってくる」

「う、うん……」


耐え切れなくなって、とにかく冷蔵庫の前に逃げた。


(お、落ち着いて……)


一呼吸置いて、落ち着いたのを確認してから……

満を持して、冷蔵庫を開けてそれを取り出す。


「あの……」

「おっと……

 待たせてすまない」

「大丈夫ですか、遅かったので心配して……」

「こういう雰囲気、慣れていないから。

 心配かけさせて、ごめんな」

「いえいえ、わたしも実はかなり緊張してますから……」


自分なんかよりは余程度胸があるのではと思う。

義姉さん然り、小織ちゃん然り……

千佳さんにでも鍛えられているのではなかろうか。



改めて、『君想いショコラ』を机の上に置いて……

品が1個しかないのは、クリスマスの少し前にやったパーティーの時と同じ。


「やはり、1個だけしか無いんだね」

「おまけに、スプーン2個……」

「あの時と全く同じだよね。

 やっぱり、これって千佳さんが……」


ここまで来たら別に隠す必要も無いだろう。

大人しく全て明かすことにした。


「その予想は大方正解。

 恐らくバレンタインの時から練られていたのではないかと思っている」

「やっぱり、そうだったんだ……」


何故かがっかりとされてしまった。

多分、千佳さんに言われなければ気が付かなかったとでも思われてしまったのか。


「一応、自分でも何かお返しをと思っていたが、

 相当前から先手を打たれていたとだけ、言い訳させてくれ」

「えへへ……ありがとう」


ほら、ご機嫌に。

何となく予想が出来る程度には、付き合ってるので当然かもしれない。


「というわけで、どうぞ」

「えっ……

 一緒に食べて、くれないの?」

「一応これは小織ちゃんに食べてもらうために……」

「せっかくだから、一緒に食べて欲しいなぁ……

 できれば、あーんとかして……」


やはりそう来るか。

つまり、あの時と同じ状況を再現して欲しいと……


拒みたいが、先程からしっかりと目の前にスプーンを差し出されていた。

一度軽く首を横に振ると、小織ちゃん顔が笑顔から悲しげな顔に……

更にそのスプーンを思いっきり目の前にまで突きつけられる。


「解った、解ったからスプーンを突きつけるのは勘弁してくれ」

「一緒に食べるって言ってくれるまで嫌だよ……」


全く、本当に……

ああ、もうどうにでもなれ。


「一緒に食べよう。この前、『初恋ショコラ』を食べたときみたいに」

「うん、そうしよう」


先日と同様に、先に自分が半分食べてから……

と、そう思ったら止められた。


「ちょっと待って、マカロンはわたしが食べるから……」

「ああ、是非ともそうしてくれないか」


一応、彼女へのプレゼントなのだから。


「というわけで、自分の分を食べて……」


なるべく素早く、振り切るように半分くらいを食べる。

味は……まあ、先日食べた『初恋ショコラ』と同じだから美味しい。


「わたしが、残り半分……

 はい、智樹さん、あーんしてくれますか?」

「あーん……」


見ている人間は誰も居ないが、正直とてつもなく恥ずかしい。


「小織ちゃん、口あけて……

 ほら、あーん」

「あー……むっ、

 一緒に、マカロンも食べちゃうよ……」


そう言うと、小織ちゃんはマカロンと一緒にショコラを食べた。

そして……


油断していたこの唇に……

彼女の唇が、触れていた。


「な……何を……」

「おすそ分け……だよ。

 ファーストキスも、一緒に」


初めてのキスは、ショコラとマカロンの甘い味がしていた。



彼女のキスの後からだろうか。

自分の中で何かが崩れた気がした。


「小織ちゃん……

 君に、想いの分だけキスをする」

「うん、ちょうだい……」


彼女も、どこか惚けていたのだろう。

潤んだ瞳で自分を見つめ、ふんわりとこちらに寄りかかってきた。


そのまま、長い長い……キスをしていた。


ゆっくりと唇が離れて。

ほんの少しだけ冷静になった気がした。


「一回だけで十分だろう?」

「うん、甘くて、深くて、気持ち良いキスだから……

 これ以上貰っちゃうと、また何かお返ししたくなっちゃう」


その笑顔を見て、もう一度……

そう思ったが、何とか思いとどまった。


ああ、これがそうだったのか。

兄さんと義姉さんが仲良くなったのは……


「お姉ちゃんに聞いたの。

 恋人同士のキスは、止められなくなるって……」

「自分も兄さんから聞いた。

 だから、もう一度だけ……」

「えへへ……」


結局そのまま、もう一度軽くキスをしていた。



甘い甘い空間が、少しだけ去りつつある。


「そろそろ、時間かなぁ……」

「ああ、今日はここまでかな。

 とりあえず、家まで付いていくよ」

「うん、ありがとう……」


その反応一つ一つが愛しくなる。

ああ、もう……完全に心の底まで彼女に惚れてしまった。


だから、心に誓う事にした。

今はまだ自分がその年齢にすら達していないから無理だけど……


いつか、恋人ではなく生涯を共に歩む相手にできるように。


「何か、考えているでしょう?」

「割と大事な事かな。

 まあ、今は内緒だが……」

「えっと……期待してるからね」


どうやら、完全に読まれていたらしい。

しかし、何となくだが通じ合っていると思うと嬉しいと思えた。


「またね」

「ああ」


送り届けた後、兄さんの部屋へと行く。

どうやら、兄さんの方も上手く行ったらしい。


ただ、この展開の場合に良くある話で……

色々と思い出してしまってその日は全く寝れなくなった。

小織ちゃんも、兄さんも、義姉さんもそうだったと聞いている。



後日、千佳さんには感謝すると共に……

今後は色々と警戒しないと何をされるかわからないと、

納得の全員一致となってしまったのだった。


「何でそんなに警戒するのよ……」


不思議がる千佳さんの前で……


「自分で蒔いた種ですよ」

「明らかに自業自得だ」

「智樹さんの言うとおりだと思います」

「晴樹さんに同意します」


皆でそう告げたのだった。


これに懲りて大人しくなるかもしれないと思ったが……

結局その後も色々とお節介を焼かれてしまう事になる。



そしていつか、二人は結ばれて幸せになる。


このホワイトデーの出来事は、始まり。

自分にとっても、小織ちゃんにとっても……

深く深く思い出に残る、一日となったのだった。

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