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翠玉の竜

再び夜が訪れようとしていた。俺たちは夕暮れの中、迷宮に入るためのゲートを目指していた。セレスの一日は二時間単位のはずだったが、それよりも大分長く感じる。


集落を外れ、街道に出てしばらく歩くとエメラルド・ザウルスの爪痕らしき毒の沼があちらこちらに見られるようになった。耐毒の護符と腕輪の装備で毒耐性を出来る限り上げたが、沼に足を踏み入れればダメージは避けられないだろう。遠くに皇都の白っぽい街並みが見えた。相当に距離があり、俺は驚いた。


「こんな所まで、ラピスがあの化け物を誘導したのか?」

「ああ……騎士団の援護はあったが、途中で皆倒れて行った……命があればいいのだが」

「……」


NPCが死んだ場合、教会で蘇るのか、それともそのまま消えてなくなるのかは知らない。ただ、死体がゴロゴロ転がっていないだけ救われたと思う。これで顔を真紫にした騎士の死体などあれば俺はビビり切ってしまっただろう。ラピスの精神にもきっと良くない……精神があるのかはよく分からないけれど……。


「一度何とかしのげたからこそ、ある程度奴の耐性把握や行動予測などは出来ている。私に構わずブラッドは竜眼(ドラグナーアイ)で致命的な弱点を見抜いて欲しい」

「女性を盾にするのは気が進まないな……」


ラピスから提案されたのは、フェミニストの『紅龍の大剣士』ブラッドの主義に反する作戦だったけれど、「私を一人の戦士として、あてにしてくれないのか?」と少しむっとして言われたのでやむなく了承した。ラピスは自分をあくまで一人前の戦士として見て貰いたいようだ。


石造りのゲートに辿り着いた頃には、夜の帳が下りていた。一度もNPCともPCともすれ違うことはなかった。


「準備はいいか?」

「ああ」


ラピスがゲートキーである腕輪をかざした。腕輪にはめられた宝珠からゲートへまばゆい光が流れ込んでいき、光は規模を増していく。


俺たちは気が付くと大草原の真ん中に立たされていた。久しぶりの見慣れた景色には、かなりの違和感があった。

プレイヤーキャラどころか、モンスターの一匹もいる気配がない。空気は瘴気で濁り、青々とした草原には派手な緑色の沼が点々としていた。淀んだ空気をなるべく吸わないようマントで口元を覆う。


「これもエメラルド・ザウルスのせいか?」

「何てことだ……翠玉を掘り出したばかりに……」


迷宮と呼ばれるゾーンは、素材を採取し尽くしそうが戦闘で燃やされようが、再び入れば元に戻っているはずである。景色が変わっていればそれは『仕様です』と言う他ない。そういうイベントなのだと。


「エメラルド・ザウルスを倒せば、きっと元の平原に戻るはずだ。ラピスが責任を感じることじゃない」


迷宮で採取したりモンスターが落としたりする素材は貴重な資源だ。それを駄目にしてしまったなんて、相当な責任を感じるに違いなかった。俺は言葉を続ける。


「それより、奴がどこにいるかを……」


グオオオオオォ‼︎


聞き覚えのある咆哮が響き渡った。

俺たちの後方数メートル先に、翠色の恐竜が立っていた。奴はブレスを吐こうと息を大きく吸い込む。


「くそッ!」


同じ手は食わないと、バックステップで出来る限り距離をとる。ラピスは、そこから動かない。


「ラピス!」

「私に構うな‼︎」


翠緑色のブレスが大きな口から吐き出された。遠くから防御の体勢をとっても、瘴気の影響を受ける。しかし致命傷には至らない。

俺は言われた通りラピスに構わず、自らの両眼に意識を集中させた。耳鳴りと共に視界が赤く染まる。


見えた。


エメラルド・ザウルスのステータスが頭に流れ込んでくる。VIT(たいりょく)は高いが、STR(ちから)AGI(すばやさ)は低い。猛毒のエメラルド・ブレスが強力。弱点は炎。ただし、硬い鱗には相当な防御力があるので注意。


炎か。ラピスは炎呪文を扱える。勝機はあるだろう。


両眼の力を抜く。視界が正常に戻っていく。エメラルド・ザウルスとラピスが対峙している。ブレス以降の攻撃に何とか耐えている状態だった。硬直がなかなか治らない。尻尾を振り回すエメラルド・ザウルスに、それを必死でかわすラピス。


「ラピス! 奴の弱点は炎だ‼︎」


ラピスの詠唱を援護しようと奴に近付く。奴は狙い通り、駆け込んできた俺にターゲットを移す。人語を解さないのか、AIが単純なのかわからないが有難かった。ラピスが息を切らしながらも詠唱を始める。


「フレイム!」


ラピスの手から炎が放たれる。グギャア、とエメラルド・ザウルスは鳴き声を上げたが体勢は崩れない。


「なっ……炎が弱点と言ったじゃないか!」


流石はURなだけはある。レベル20では火力が足りないか……?


「鱗が硬いんだ‼︎ 俺が隙を作る! その間ラピスは援護に回ってくれ!」


俺は魔法は簡単な回復以外はからきしだけど、剣技になら自信はある。遠距離から技を打てばブレスを吐かれるだろう。近距離で勝負するしかない。


エメラルド・ザウルスはその爪や尻尾、鋭い牙で攻撃してくる。剣を叩きこんでも、なかなかダメージが通らない。時折吐かれる毒のブレスの合間を縫って喉に剣を差し込もうと思っても、なかなか上手くいかない。ラピスが回復し、時折フレイムで援護してくれる。奴のHPはじりじり減っていくが、こちらの疲弊の方が大きい。


俺が炎を扱うことが出来れば……。


その時、俺はあることを思い出した。

ソロプレイヤーだからこそ忘れていた、だけど、憧れていたあの技を……。


「ラピス! 奴がブレスを吐く瞬間に、俺にフレイムを打ってくれ!」

「何を言うんだ⁉︎」

「俺を信じろ‼︎」


俺は、ブレスが来るようにわざと一定の距離をとる。エメラルド・ザウルスが息を吸い込み、大口を開けた瞬間……


「フレイム!」


ナイスタイミングで呪文が放たれる。炎は俺の自慢の大剣に絡みつき、大剣を瞬く間に赤くーー紅く彩る!


「クリムゾン・ドライヴ!」


そんな技はない。しかし、その波動は確かに紅い色をしていた。『真空刃』と『フレイム』の共闘スキル・『フレイムウェイブ』の発動。


まんまと口内をさらけ出したエメラルド・ザウルスを紅い衝撃が襲う。断末魔の叫びが空気を揺らしたが、喉を焼かれたのか、その声も聞こえなくなる。

奴が倒れ込む重低音。見事な翠色の鱗は黒ずみ、顔は焼け白目を剥いていた。


「やった!」

「何だ……今のは?」


共闘スキル。最近追加されたセレスのウリの一つで、組み合わせは多様。アップデート毎にスキルが追加され、プレイヤーはそれを見つけるのに躍起になる。

ラピスがそれを知らないことに驚く。クエストの際などで、NPCと共闘スキルを発生させることも出来たはずだ。


「初めて見たのか?」

「ああ。驚いた。こんなことができるのだな……何しろ、実戦は二度目だからな」

「そうなのか⁉︎」

「迷宮以外に敵もいない、この平和な天界(セレスティアル)の姫が百戦錬磨というのも変な話だろう?」

「確かにそうだが……」


ほぼ実戦なしでレベル20か……皇族補正なのだろうか。この平原の最強の敵・ビッグベアだってレベル20なら楽勝だ。迷宮の二層目も余裕だろう。


「それにしては、随分な身のこなしだったな。何より肝が座っている」

「有難う。鍛錬が役に立った。肝の方は、まあ、皇族たるもの堂々としていなければならんから、な……」


ラピスがふらっ、とこちらへ倒れ込む。


「あっ、ら、ラピス!?」

「いかん、安心したら力が、抜けた……」


ラピスが俺の腕の中で息をついている。回復に援護と、暇がなかったからな……無理もない。


「帰ってゆっくり休もう、ラピス」

「……少しだけ、こうしていても、いいか?」

「ああ……」


バーチャルとはいえ、こんなに女の子と近付くのは初めてだった。幾らか発熱しているんじゃないか、という温かさ。閉じられた瞼、赤らんだ頬、呼吸する度上下する、やや控えめの胸……。現実(リアル)よりもリアルな感触に、俺までくらくらしそうになる。


「またイチャイチャしてンじゃねえか」


突然の声。黒い影が、何もない平原から浮かび上がる。


「黒曜……」

「さッさと取ッて来いつッたろ。あんまり遅いンで取りに来ちまッた」


ラピスの反応が気になったが、どうやら眠ってしまったようだ。宿屋で俺を看病している間も、あまり寝ていなかったのだろう。


「約束通り、コレは貰ッていくぜ?」


黒曜は焼けただれたエメラルド・ザウルスの口から、虹色に輝く石のようなものを取り出した。

URモンスターのドロップアイテム。

さぞレアな素材なのだろう。だが、現実に戻れるならそんなものはどうでもよかった。


「これで、帰れる……のか?」

「どーせリアルもボッチなンだろ? チヤホヤしてくれるオンナも居るわけじゃなし、姫さんの婿養子にでも立候補すりゃいいンじゃねえか? 一生遊ンで暮らせるぞ⁇」


虹色の石を片手で弄びながら、黒曜が下卑た笑みで言う。何で俺がぼっちだって……。


「お前、意外と有名人なンだぜ? 厨二こじらせたイタいソロプレイヤーだッて」

「な、な……」


どこかの匿名掲示板で、自分がイタい人間として話題になっているのかも知れない。怖くて覗いたことはないが。


「ヒヒ……おいらが晒してやッたンだ、有難く思えよ。お前の前途は明るいぜ?」


真っ暗だよお前のせいで! お前こそ痛々しい喋り方しやがって! 何がおいらだよ‼︎ ……と思ったが、口が動いてくれない。


「顔真ッ赤にしてンじゃねーよ。ちゃンと帰してやるからさ。あ、姫さんの面倒は最後までみるンだぞ? そうしたら、ログアウトさせてやる」


まるで自分がセレスを管理しているみたいな言い草だった。


「お前は、一体、何者なんだよ……?」

「ソレはおいらの口からは言えねえな。まあ、深追いするのも楽しいンじゃねえか? 全力で潰されるかも知ンねえけど」


黒曜は楽しそうにヒヒヒといやらしい笑い声を響かせながら、また黒い影になり消えてしまった。俺はまた瘴気漂う平原に取り残された。


「うぅん、げほ、げほ……」


腕の中のラピスの寝息に咳が混じる。彼女が最初に、猛毒のブレスを思い切り浴びたことを思い出した。アミュレットの力があるとはいえ健康に差し支えがある可能性は否定できない。平原が元通りになることを祈りながら、腕輪をかざす。宝珠から天高く光が伸びる。


俺たちは光に導かれて、エーデルシュテーンへと戻った。

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