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ストレンジャー

「そうか、やってくれるか」


ラピスが薄く微笑んだ。涙なんかより、笑顔の方が美少女を飾るのにふさわしい、と……カッコつけて安請け合いをしてしまった。


「ああ。この『紅龍の大剣士』にかかれば、竜殺しなどたやすい」

「私の治療なしでは命が危うかったかも知れないと言うのに……簡単に言うものだな」


ラピスが治してくれたのか。道理で、教会の景色とは違うはずだ。それにしても、病み上がりのようなリアルな感覚がするのは何故だろう。


「ここは、どこなんだ?」

「皇都オニキスの宿屋だ。ゲートからは程近い。古臭いが、主人の人柄は良い」

「ということは、ここはエーデルシュテーン?」

「そうだ。緑豊かで、美しい国だ。皇都は今は瘴気が漂っていて、見る影もないが……」


ラピスの顔が曇る。不思議だ。表情といい、言動といい、ラピスはNPCとは思えない細やかさを持っている。下着の色まで設定されているし……。下着姿のラピスがまた脳裏に蘇ってしまった。ダメだ、ダメだ。煩悩を取り去ろうと首をぶんぶん降ると、頭がくらくらした。


「何をしているんだ?」

「い、いや……何でもない。まだ少し、毒の影響が残っているのかも知れない」

「そうか。このアミュレットがなければ、私たちは野垂れ死にしていただろうな」


ラピスはそう言って首に下げていたお守りを見せた。金で出来ていると思われる丸い、細かい細工を施された土台に、ラピスの髪と同じ蒼い宝石がついている。


「あらゆる災厄から身を守ってくれると聞いている。効力のほどを見たのは、竜とあいまみえてからだがな」

「それで、ブレスを防いだのか」


チートっぽいアクセサリーだな。流石NPC。流石プリンセス。

俺も毒耐性を上げておくべきだった。低レベルの時はがっちり毒対策をしていたが、ファッション性を重視し過ぎた結果がこれだ。

でも鍛え上げたこのブラッド様が一発で倒れる毒なんてやり過ぎだ。ヒーラー必須のバランスならやめて欲しい。ラピスの逃走までがシナリオだと言うなら、納得しなくもないけれど。


「猛毒の対策をしなければならないようだな。ラピスはそのアミュレットでどうにかなるとして……」

「即死級の毒だからな。店で売っている護符で何とか出来れば良いが……」

「いや、こちらで何とか出来るかも知れない。ちょっと待ってくれ」


今までゲットしたお宝の中に、耐毒100%のアクセサリーがあったはず。セルリウムに一旦戻れさえすれば自宅の倉庫に眠っているはずだ。

転移アイテムを持っていたので、インベントリを確認しようとメニューを開く。


「あれ?」


@jtjojp'j')jjtps'tjptuapg(jutjm,'jan_wjdowxtwujt???


メニュー画面が見事にバグっていた。


「えっ……何で?」

「……どうしたんだ? ブラッド」


ドッキリにしたっておかしい。大変な不具合が起きたのかも知れない。俺はいぶかるラピスの声も半ば耳に入らずに、カーソルを動かす。インベントリも漏れなくバグっていて、持ち物が確認出来ない。ついでにステータスウィンドウもバグっている……と思いきや、

はっきり読める部分があった。

ブラッド

大剣使い

LV???

レベルが確認出来なくなっている。以降のステータス表示も、無茶苦茶だ。

スキルには唯一、

竜眼(ドラグナーアイ)なんて、さっき偶然作られたようなものが表示されていた。


竜眼LV1 暴

硬直時間と引き換えに、相手の全てを暴く。


ラピスに使った竜眼の記憶が蘇る。これって、いちいちどれが弱点か試さなくていいってことじゃね……? 硬直時間がどのくらいかは気になるけど。


しかし、こんな都合のいいバグり方があろうか。アイテムは使えない、ステータスもわからない、なのにいきなりの新スキル。

他にも、時刻表示やサーバ名まで読めなくなっていた。リアル時刻がわからないのはまずい。ちゃんと学校に行くという約束でVRMMOをやっているのに……。


「ラピス、今日の日付と今の時間が分かるか?」

「今日は、(りく)の月10日、時間は……昼過ぎだな」


俺がURに挑もうとしたのが陸の月9日の夜。実時間にしたら、そろそろログアウトしなくてはならない。


「ラピス、少し待っていてくれないか。用事があるんだ」

「用事。それは竜を倒すより大事なことか?」

「あ、ああ」


俺もヒマじゃないんだ。URの情報とかも確認したいし。

と言っても、ログアウトの所もバグってるんだけど……カーソルを合わせてもログアウト出来そうにないので、現実の俺が装着しているヘッドギアを外そうとする。

あれ?

ダメだ。


「……何をしている?」


ラピスにジト目をされる。はは、と乾いた笑みを浮かべる。おかしい。ログアウト出来ないなんて、サービスが停止されるに足る規模の不具合だ。このままデスゲームでも始まったら……ちょっとワクワクするけど、シャレにならない。


「格好つけておきながら、用事があるなどと言い出した上に何を情けない顔をしている? やはり怖気づいたか?」

「ち、違う……竜を倒すなんてこと、どうってことない」


そう、どうってことない。現実に戻れないかも知れないことに比べれば、きっと。

一時的な不具合に違いない、と思いたい。

とにかく、セルリウムに戻ることも現実に戻ることもかなわないことが分かった今、やることは……。


「情報収集だ」


ラピスが苦々しい顔をする。


「あの竜の情報なら、お前が竜眼で暴けばいい。私が奴の攻撃を引きつけている間に……」


俺の言っている情報収集は、意味合いが違う。勇気を振り絞って他のプレイヤーに今の状況を尋ねるのだ。情報次第では、無事ログアウト出来るかもしれない。

ごめん、ラピス。しょうもないかも知れないけど、俺にも現実(リアル)があるんだ……。


「とにかく、この宿を出よう」

「体調は大丈夫そうか?」

「ああ。問題ない」


ベッドから降りるとふらふらしたが、大したことはない。漆黒のマントを羽織り、大剣を提げる。ラピスも同じく装備をきっちりして、俺たちは宿屋の一階へとおりた。


「ラピス様! お加減はもうよろしいのですか?」

「ああ。宿代だ。感謝する」

「そんな、こんなに!」

「気持ちだ。この宿があったお陰で、命拾いした。ブラッドも礼を」

「ありがとう。助かった」


実際、すごくピンチなんだけど。


「ラピス様、またいらして下さい。出来うる限りのおもてなしをさせて頂きますので」


宿屋の主人は俺のあいさつなど無視して、ラピスに言った。


「ああ、それではな」


恭しく礼をする宿屋を尻目に、俺たちは外へ出た。小さな集落だった。オニキスでも山あいの方なのだろう、ドラゴンの瘴気の気配もそんなにない。


「ここが、エーデルシュテーン」

「のどかだろう。セルリウムと比べれば、大分田舎だ。中心部はもっと栄えているが……」


新しいフィールドを前にして、ワクワクしなくもなかった。でも、景色に違和感があった。赤と青のバーが見当たらないのだ。


NPCしかいない。


情報を集めたくても、プレイヤーキャラが不在。俺は呆然とした。


「どうした? エーデルシュテーンの景色に、何か問題があるのか?」

「いや。少し頭が痛いだけだ……」


まったくだ。頭が痛い。

ログアウト出来ないうえ、状況を知る人もいないなんて……。


「大丈夫か? やはりもう少し休んでいくか?」


ラピスの気遣いは嬉しかったが、休んでどうにかなる頭痛の種ではなさそうな気がした……。

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