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Mr.NO-GOOD´EX  作者: 慎之介
EXtra
77/77

外伝:残像と逃走が十八番

ガラガラと、荒野に音が響く。


男性が一人、棺のような物を引き摺り、荒野を歩いていた。


その男性にはもう少し速い移動手段が残されているが、それでも歩くと選択したのだ。


男性がふと空を見上げると、雲がほとんど無い快晴の空だ。


男性の心中とは、真逆と言えるだろう。


生きてきた人生の中で、最高の問題に直面した男性は、水筒の水を一口飲むと再び歩き出す。


どう足掻いても、逃げられない問題が、男性をひたひたと付け回す。


「はぁ~……」


溜息をついた男性の顔色は、真っ青とは言わないまでも、明らかに血色が悪かった。


人生最大の山場である問題の解決方法を、幾度も幾度も考えるが、男性は答えを出せない。


正確には、答えは出ているがそれを選択する踏ん切りがつかないでいる。


その為の回避方法をいくら思案しても、行きつく答えは一つだけだった。


それでも、その選択は正しいとは思えない。


いっそ逃げ出してしまおうかとも考えたが、どう考えても間違いだとは男性にも分かっている。


「はぁ~……」


再び溜息をついた男性は、懐から出した携帯用の食料をかじり、俯いて歩き続ける。


もしその男性に、超能力とまでは言わないが、空気を察知する力があれば、これほど悩むことはなかっただろう。


しかし、彼にその能力は……。


備わっていない。


****


「なるほど、そんな事が可能なんですな」


「流石は最高神様ですね」


エデンの城にある書斎で、梓の話を聞いたマリーンとライブは感心していた。


「ほれ、本物の耳もここにある」


髪をかきあげた梓は、人間と同じ位置にある耳を見せる。


「じゃあ、その頭の上の耳はなんになるんですか? そちらも耳ですか?」


「そんな突飛な事はしておらん、耳としては機能せんが今まで通り動くが……頭皮の延長みたいなものじゃ」


「それは……飾りですな」


マリーンの的確な言葉に、梓はうなずいた。


「そうとも言う」


「では、梓さんも正式にこちらの世界で、人間として暮らすんですね?」


「うむ。よろしく頼むぞ」


オリビアの質問に、梓は笑顔で返事をする。


オリビアも笑顔で梓を見つめ、机に置いてあった大量の書類を手渡す。


「なんじゃ!?」


「もちろん、これが梓さんのここでの仕事です」


「ただ飯とは……いかんか」


「当然です。期待してますよ? 神様?」


「お手柔らかに頼むぞ」


「はい」



その二人の光景を、マリーンとライブは腕組みをして眺めている。


「まさか、人間ベースの分身体を送り込むとはのぅ……」


「愛は盲目……ですかね。本体は、ちゃんと最高神の仕事をこなしているそうですから、人手が増えて助かりますけどね」


「アホの子が、血反吐を吐くのが目に浮かぶのぅ」


「お馬鹿さんも、もう少し女性とうまく付き合えれば、いいんですけどね~」


ライブのその言葉で、マリーンの眉はピクリと反応する。


そして、かねてからの疑問をライブにぶつけた。


「お前……信徒候補じゃな?」


「まあ、聖剣になる前はそうですよ」


「お前、意外に端正な顔をしとるな?」


「まあ、弟達には負けますけどね」


「お前、馬鹿に経験があると言っておったな?」


「ええ……まあ……」


「お前、そういった女性と縁がなかったとか言っておったな?」


「え~っと……」


「お前……遊んどったんではないか?言ってみろ!」


ものすごい形相のマリーンが、ライブに顔を近づける。


「……ノーコメントで」


「それは、イエスと取る! ああ~! もう! 最悪じゃぁぁぁぁ!」


マリーンは、自分の長いひげをわざとライブの頬にぶつけながら、椅子にだらしなく座り込む。


「まあ、過去の事じゃないですか」


「なぁ~にが聖人じゃ~! お前は、あいつとは別の種類のクズじゃ~!」


「ちょ……賢者様」


「ライブさんは、ある意味彼よりクズですね」


二人の間に、笑顔のセシルがにゅっと顔を出す。


「あ~あ~! わしなんて嫁さんと何千年も前に、死に別れとるのにの~!」


「も~! 勘弁してくださいよ」


「あ! ライブさん! 肩に水子の霊がついてます」


セシルの言葉に、ライブは反射的に自分の肩を見る。


それを見ていたマリーンが、すかさず言葉を続ける。


「最悪じゃ~! こいつ! 確実に女泣かせとる~!」


「ちょ! 違いますって!」



それを部屋の外から見つめる二つの影があった。


「はぁ~……」


「まあ、何時もの事じゃないか? エレノア?」


「アレンは何も思わないのか?」


「仕事はしっかりするし、あれくらいはいいじゃないか」


「あの三バカトリオは……」


「しかし、もうすぐカルテットになるかも知れないな」


「いや、トリオはトリオのままだろうよ」


エレノアは、眉間に深いしわが入る。


エレノアの言葉が理解できないアレンは、問いかけた。


「意味が分からないんだが?」


「あいつは、あの三人を超越した超お馬鹿だ」


アレンは、理解できたと言わんばかりに、無言で首を縦に振る。


「あいつが戻れば、あの三人が正常に見えるだろうな」


アレンは、再び首を大きく縦に振る。


「さあ、行こう。私達にも仕事は山積みだ」


「ああ、早く終わらせよう」


二人は同時に溜息をつくと、自分達の書斎へと向かった。



「さて、アホな話はこれ位にするか」


「はははっ。そうですね」


晴れやかな顔のマリーンとセシルとは対照的に、ライブは顔をしかめたままだ。


「終わりましたか? 三人とも?」


それを見ていたオリビアが、三人に声をかける。


「おっ? 待っておったのか? これはすまん事をしたのぉ」


「いえいえ。梓さんに一通りの説明は終わりましたので、何方か城の案内と説明を頼めますか?」


顔を見合わせたは、お互いの顔色を伺う。


流石に最高神である梓の相手は、少し考えるところがあるようだ。


一度溜息をついたマリーンが、仕方ないといった雰囲気で、椅子から立ち上がる。


「ここは、年長者のわしがお相手をさせて頂きます」


「うむ。頼むぞ、マリーン」


「御意に」


通常モードのマリーンは、梓に丁寧に頭を下げる。


「では、こちらへ……」


マリーンが梓を誘導しようとした矢先、セシルの部下である兵士が部屋に駆け込んできた。



「セシル隊長! 大変です!」


「ん? どうしたの? モンスターの気配は無いけど……」


真っ赤な顔をしたセシルの部下は、隊長であるセシルに状況を伝える。


「変な男が!」


「変な男?」


「はい! ピンクの棺を引き摺った、変な男が城に侵入してきました!」


「うん? 一人? 大勢?」


「一人です!」


「止められないの?」


「それが……近づくと、よく分からないんですが、吹っ飛ばされるんです! 誰も近づけません!」


「うん? それって……」


「ボロボロのコートで顔を隠した……。おかしな奴なんです! 助けてください!」


「誰が変態だ。殴るぞ? コラ?」


おかしいと評された男性は、兵士の背後からいきなり声をかける。


「ひぃぃぃ!」


兵士は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


しかし、他の五人は笑う。


「大遅刻じゃな」


「はははっ! すごい格好だね」


「毎度毎度、よくそれだけ奇抜な事できますね」


「うむ! よくぞ戻った」


「おかえりなさい、あなた」


状況の理解できない兵士が、その場できょろきょろとしている。


「ああ! 居たぞ!」


「掴まえろ!」


「隊長! そいつです!」


人差し指で、鼻の頭をかいたセシルは、座り込んだままの兵士を引き摺り、部屋をでる。


「あっちは、僕が何とかするよ。じゃあ、また後で」



彼は、部屋に入る。


「うん!? どうしたんじゃ? 馬鹿?」


「深刻な顔してますね? クズ?」


「お前ら後で殴る! そ……それから、マジでちょっと席外してくれる?」


マリーンとライブは、顔を見合わせると部屋を出て、扉を閉めた。


長年一緒にいた二人は、彼の本気を察したようだ。



わざわざ、人生最大の問題を考える為に、歩いて帰ってきた彼。


そして、覚悟を決めた彼は、その場に正座をした。


「どうしたんですか? あなた?」


「遅れた事を、わしらは咎めたりせんぞ?」


大きく息を吸い込んだ彼は、両掌とおでこを床に叩きつけた。


そして、叫んだ。


「勘弁してください! ごめんなさい!」


首を傾げたままの梓が、問いただす。


「主語が無いぞ? さっぱりわからんが?」


頭を上げずに、彼は言葉をつづけた。


「梓さん! ごめんなさい! 俺やっぱり、オリビアが一番好きなんです!」


その言葉に、梓の顔が悲しげに歪む。


それを見ていない彼は、なおも言葉を続ける。


「オリビア! ごめんなさい! 結婚してるのに! 梓が一番好きなんです!」


オリビアと梓が、一瞬だけ固まる。


「二人とも同じだけ、一番好きなんです! 愛しています! ごめんなさい! 二人に嫌われたくない! でも、嘘もつきたくない!」


彼の不器用な言葉を理解した二人は……。


「二人とも……結婚して下さぁぁぁぁぁい! お願いします! ごめんなさい!」


彼は、そのままおでこを床に擦り付ける。



ガタンと彼の耳に、大きな音が届く。


「押すな! 馬鹿者!」


「はははっ……。あ~……いや~……」


音がして振り向いた彼が見たのは、扉の外で盗み聞きをしていた五人だった。


扉を押し過ぎた五人は、その場に将棋倒しになっている。


彼の顔は、どんどん赤みが増していきます。


「はははっ……。しかし、土下座でプロポーズか……」


「下から数えた方が早そうなプロポーズですね」


「あれじゃな。最低じゃな」


「まあ、馬鹿は馬鹿なりに考えたんだろう? 私達の気配も気が付かなかったし……」


「おい……エレノア?」


彼の方を向いたアレンが、青ざめて自分の下にいる妻の肩をたたいた。


「どうした?」


「はははっ……あら~……」


「賢者様……私達……」


「うむ。本気で殺されるかも知れんな」


真っ赤な顔の彼は立ち上がり、目には殺気が燃えていた。


全身から灰色のオーラを出す彼は、手元の椅子を両手で掴む。


「お前ら殺して! 俺も死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「うわあああぁぁぁ!」


彼が本気で投げつけた椅子は、運よく誰にも当たりませんが、鉄骨の入った柱を吹き飛ばすほどの威力がありました。


それを見ていた五人が、さらに青ざめます。


「うがああぁぁぁぁぁぁぁ!」


もう一つ彼に投げられた椅子は、壁を突き破り大気との摩擦で燃え尽きてしまいました。


彼を本気で怒らせた時の怖さを知る五人の脳裏に、死という言葉がよぎりました。


代弁するなら、「やべっ……本気で殺される」となるでしょう。



三つ目の椅子に手をかけようとした彼に……。


彼の首に、両サイドから涙を流した女性が抱き着きます。


「もう、離しません。愛しています」


「末永く……末永く共にあろうぞ……」


オリビアと、梓は、最高の笑顔で、涙を流します。


「あの……泣かないで?」


「嫌です」


「馬鹿者……。人は嬉しすぎても泣くものじゃ」


三人は、そのまま座り込む。


そして、彼は二人が泣きやむまで二人の頭を撫でる。


それを見ていた五人は、大きな拍手をおくり……。


そっと扉を閉めながら出て行った。


****


一時間ほど抱き合って、人生最高の瞬間をおくった三人は、立ち上がる。


「あなた? あのピンクの棺はなんですか?」


「ああ、あのポッドで異世界に行けるようになるんだよ。変な王子にもらった」


「では、まずお主の準備からじゃな! わし共々、城の皆に挨拶じゃ」


「そうですね。紹介は早い方がいいです!」


「俺ってここの王様になるの?」


「違います。このお城は只のシンボルとして建てただけです」


「お主がなるのは、この国の国民代表と、最高神直轄の始末屋じゃ」


「俺が国民の代表? で、始末屋って、師匠達と同じような仕事ですか?」


「うむ! お主なら十分こなせる」


「さあ、行きましょう」


****


三人が扉に向かおうとすると、扉が力強く開かれた。


最初に入ってきたのは、マリーン。


「ふん! くそガキ! 湯殿の準備は万全じゃ! 髭剃りも完備しておる!」


次に、入ってきたのはライブ。


「はい、これ! 私がデザインした、この国の正装です! 浴室においておきますねっ!」


さらに、セシル、エレノア、アレンが入室する。


「僕の部下達を非番の者も含めて、呼び出せるだけ広場に集めておいたよ!」


「私達で、大臣、役人、使用人まで、集められるだけ、広場に集めておいた!」


五人は、満面の笑みで彼に言い放った。


「ほほ~う……」


彼は俯き、ぷるぷると震えている。


「なんじゃ? うれし泣きでもするか?」


「お前等は、あれか?」


「なんですか?」


「お前らぁぁぁぁぁぁぁ! また盗み聞きかぁぁぁぁぁぁぁ!」


彼は、五人を追いかけまわした。


むきになっているのは彼だけで……。


追い回される五人は、どこか嬉しそうだった。


そんな彼が、城の人間に挨拶を済ませたのは、それから一時間後の話。


****


人生の山場を越えたと、彼は安心した。


しかし、彼の人生は常に、山を越えれば岩山があり、壁を越えれば炎の壁が立ちふさがる。


人生最大の窮地は、終わるはずもなかった。


彼は再びの覚悟を迫られる。


先ほどのプロポーズが、笑い飛ばせるほど巨大な問題にぶつかる。


彼の人生始まって以来の強敵は、食事をみんなでとった後に、現れた。


真っ暗な闇にまぎれて、彼に忍び寄ってきた。


彼のチキンで、ヘタレなハートを襲うためにやってきた。


彼の血管、心臓、そして胃を殺すためにやってきたのだ。


強敵の名は……。


SYOYA!


最強の童貞である彼は、どんな敵にも負けない。


常に勇気と殺意と力技で、戦い抜いてきた。


しかし、OFF状態の彼は、キングオブヘタレと言える。


はたして彼は、生き残れるのか……。


もしくは……。


部屋から抜け出した彼は、一人食堂で月を眺める。


「ここにいたのね」


「おお、ここにおったか」


彼の奥さん達が、ちょうど同時に彼を見つけた。


二人は、なぜ彼がここで一人月を眺めているかを知っている。


「どうじゃ? わしの部屋へこんか?」


「私の部屋に来ない?」


二人は、彼の両隣に座る。


彼の目はすでに、不規則に泳ぎ始めた。


「初めて同士、がんばってみんか?」


「私も! 私も生まれ変わって、初めてだよ」


彼の目はついに、回転を始める。


そして、吐血……。


少しだけ目を瞑った二人は、覚悟を決めた。


こうなる事を、どこかで分かっていたのだろう。


「梓さんの部屋に、最初に行って」

「人間同士、オリビアと最初にちぎるがよい」


同じタイミングで譲り合った二人は、お互いに笑う。


一番の親友で、同じ男を死んでも愛し続けたライバル。


二人は、立ち上がると部屋を出る。


「私達は部屋に帰るね。後はあなたが決めて」

「わし等は部屋に帰る。後はお主が決めよ」


部屋に取り残された彼は、俯いていた。


そして、頭をぼりぼりと掻き毟る。


「はぁ~……」


溜息をつき、顔を上げた彼の目は、もう泳いでいなかった。


愛する二人にあそこまで言わせてしまった事に、怒りを覚えたようだ。


怒りの矛先は、情けない自分に対してだ。


パンッっと、両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。


そして、目的の部屋に向かう。


彼が扉を開くと、彼女は笑っていた。


そして、彼は強く……。


壊れてしまわぬ様に……。


傷つけてしまわぬ様……。


彼女を少しだけ強く引き寄せ、唇を重ねた。


そして……。











****


何だかんだと、一か月後。


「ふっふ! ふ~ん!」


「ご機嫌じゃな」


厨房で、料理する彼に、マリーンが話しかける。


「そりゃお前……。楽しいもの!」


「パスタは……うん、ありますね。私からは特にありません」


マリーンの横に、スッと寄ってきたライブは、彼の作るパスタに満足げにうなずく。


「このジャンキーが」


「それよりもお前……」


険しい顔のマリーンは、彼を睨みつけた。


「パンも、今焼いてるよ! 中毒ジジィ!」


「ならば、よい」


マリーンは、一気に爽やかな顔になる。


「威厳もクソもないな。この二人は」


「でも、仕事中より本当に生き生きしているね」


二人の間から、笑顔のセシルがにゅっと顔を出す。


「まあ、あんな人の苦情ばっかり聞いたり交渉をするよりは、肉体労働が向いてるんですよ」


「まあ、お前はサバイバルの申し子じゃからな」


「あ! そう言えば、セシルさん!」


「なんだい?」


「あれ!」


「あれ?」


「あの! 自警部隊の名称変更はなんですか!」


「ああ……あれは~……」


「国を守り隊って! 却下です! 却下!」


「いいと思うんだけどな~」


彼は、三人と喋りながらも、手際よく作業を進めていく。


「セシルさんはあれですね」


ライブが口を開く。


「脳みそがお花畑のけがありますよね」


ピクリと眉毛が動いたセシルが、ライブの背中を指さす。


「あ! ライブさん! 肩に水子の霊!」


「うそ! どこですか!?」


ライブは、背中から何をはらおうと、必死に両手を背中に回し、ばたつかせる。


「俺~……。若造には、クズって言われる筋合い無いと思うな~」


「確かにな」


「さっきも庭師見習いの女の子と、楽しそうに喋ってるの見たんだよね~」


鍋を振るう彼の言葉に、目を瞑り考えていたマリーンが、カッと目を見開いた。


「わしも間違えておった。この大賢者マリーン一生の不覚じゃ!」


「お前の存在自体が、間違いだけどな~」


「お前は変態で、若造はクズ! これで決まりじゃ!」


「おまっ!」


「おっと。付け加えると、お前はどうしようもない底辺の変態じゃ!」


彼の顔色が変わる。


「よし! 焼きたてのパンは、城の人達に配る! 今日は米だ!」


「わしは……わしは、お前を殺してでもパンを得る!」


「またか! イースト菌から生まれた、邪悪な賢者! 勇者とかに滅ぼされてしまえ!」


「何を遊んでおるんじゃ?」


じゃれ合っていた四人に、梓が声をかける。


「あ、梓。この三バカを、俺の邪魔しないようにしてくれよ」


「馬鹿のビッグボスに言われる筋合いはありません」


「はははっ。じゃあ、僕らのボスなんだね~」


「ぬう! セシル! 三バカを認めるな! そこを否定せんか!」


「はぁ~……お主ら……」


そこへ、何時もより豪華な衣装を身にまとったオリビアが、近づいてきた。


「あなた?」


「ああ?」


「お義父様とお義母様、緊張してカチコチですよ?」


「あの二人は、堅苦しいのも、権力者も苦手だからね~」


呆れたような彼は、尚も料理を続けた。


「お義父上もお義母上も、すでに椅子に座って固まっておるぞ?」


「あ~……でも、俺が行ってもほぐせないよ。どうすっかな……」


彼は、眉間にしわを寄せる。


「お~い! 三バカ!」


「五月蝿い! バカキング!」


「その呼称を私は、まだ認めていません。馬鹿代表」


「はははっ。もう、確実に僕の事尊敬してないよね」


「父さんと母さんをほぐしてきてよ。俺、手が離せないんだ。お前ら、空気読めんだろ?頼むよ」


彼の言葉に、三人は歩き出す。


「仕方ないのぅ」


「パスタ! 手を抜かないでくださいね!」


「はははっ!」



彼は、家族達と恩人のための料理を仕上げていく。


それをうっとりと眺めていたオリビアと梓が、ふと時計を見る。


「いけない! 梓さん!」


「おお! 出迎えに行くか」


二人は、城の玄関ホールへ向かい小走りで進んでいく。


それを確認した彼は、厨房の助手達に最後の指示をだした。


そして、一瞬で服を着替えると玄関ホールに向かう。


****


「おお、出向かえ痛み入る」


「遠路はるばるお疲れ様でした。アドルフ様」


翌日、エデンとレーム大陸各国首脳会議が開催される。


前日に到着が可能だったのは、運良くか悪くかアドルフだけだった。


そんな状況で彼は、恩人を夕食に招待した。


アドルフは、主要な人物とそれぞれ挨拶していく。


彼の実の両親は、緊張のため挙動が怪しくなっていた。


彼にエスコートされたアドルフ将軍は、豪華な食卓へ座る。



そのささやかで豪華な夕食は、彼のアドルフに対する感謝の言葉と挨拶で始まった。


「アドルフよ。レームの生態系はどうなっておる?」


「はい。改善されています。被害者も減少していますよ」


「そうか。何よりだ」


「ちょ! ジジィ! なんで偉そうなの?」


「年齢的にも実績でも、わしは本当に偉いんじゃ」


「やめろよ! 恩人なんだって! 育ててくれたんだって!」


「因みにわしは、もっと偉いぞ?」


「梓ぁぁぁ! 愛してるけど、今はやめて! 勘弁して!」


その食卓には、暖かな光と笑いがあった。



「愛しているか……」


「あいつも、二人のおかげで変わったと思わないか? アレン?」


エレノアの言葉に、アレンは無言で笑う。


「お前! 人のパンまで食べるな!」


「これは……これはわしの物じゃ!」


「賢者様……はしたない。威厳が無くなりますよ?」


「そういう若造こそ、パスタの大皿を独り占めしておるではないか!」


「お前ら、恩人の前だって言ってるだろうが! なんで、そんなに食事だけ本能むきだしなの!? 馬鹿なの!?」


殴りかかろうとする彼を、二人の奥さんが押さえつけている。



「はははっ」


アドルフは、笑っているセシルに小声で話しかける。


「どうだ? 順調か?」


「はい……。僕の贖罪はこの国に貢献し、世界を平和にすることです」


「そうか」


セシルはアルティア聖王国で、多くの人の命を奪ってしまった。


彼は操られて、仕方が無いと処罰は下されていない。


事件自体も彼により無かった事にされているが、死んだ人間は都合よく生き返りはしない。


セシルは、自分で贖罪の為にエデンへと来たのだ。


セシルは彼に、一度だけ本音を打ち明けた事がある。


彼からの答えは、「バリバリ働いて、平和って奴で借金返済しましょう!」だった。


「はい。僕は今、心の底から笑えます。そして、仲間……家族のおかげで前に進めます」


セシルの顔を見たアドルフは、ワインを傾け静かに笑った。



「もう! あなた!」


「よさんか! これ!」


はしゃぎ過ぎた彼は、奥さん達にお叱りを受けた。


その光景を、食卓の全員が笑う。


心から、全員が笑うのである。


これは、彼が全てをかけて手に入れた、最高の幸せ。


当たり前の、愛する家族に囲まれた幸せだ。


食事が終わっても、酒盛りは続き、その日遅くまでその部屋から笑い声が響いた。


「あばばばば……」


「ちょ! せっかく新調した正装ですよ!」


「吐血をするな! 飲み込め!」


****


翌日、エデンの大会議室には、体がプルプル震える彼がいた。


「だって、カーラにメアリー来るよ……。俺。死ぬんじゃね?」


「大丈夫ですよ! 落ち着いて!」


「会いたいけど、会いたくない……。俺、やばいんじゃね?」


「ふるえるな! くそガキ!」


会議室の扉が開かれ、彼には懐かしい面々が顔をそろえていた。


アニス評議長に、メアリーナ姫。


ゴルバ将軍に、カーラ女王。


アルティアの国王や、ニルフォの代表も来ています。


そんな各国の首脳達を、彼は主催国の席に座り笑顔で迎えた。


そんな彼を見た何人かは、感極まって泣いている。


「あれ? 笑顔?」


「ぬう?」


不審に思ったマリーンは、彼の体に手を伸ばす。


マリーンの手が触れた瞬間、彼の体は蜃気楼のように消える。


「ぬうう! 残像じゃ!」


「逃げました! 馬鹿が逃げました!」


各国首脳の……特に女性たちに青筋が見えます。


「ああ! 賢者様! あれ!」


「おった! おったぞ!」


会議室のテラスから、空を眺める彼を見つけた皆が、駆け寄ります。


「お前は! う……うん?」


駆け寄った彼は、魔法でしまいこんでいた専用の刃を取り出し、空を睨んでいます。


「エルミラ達が、あれに寄生された世界を切り離す事には成功したが、逃走して次元の狭間で魔力を吸収しておる」


奥から歩いてきた梓が、彼に説明をします。


「梓、俺は次元の狭間なら……」


「うむ。お主の強大な魔力では、ほかの世界に容易には侵入、干渉できんが、狭間ならば自由に動ける」


彼の全身から、灰色のオーラが漏れ出します。


「師匠も、今は手一杯らしい。俺がいかないとまずそうだ。おい! ジジィ! 若造!」


「逃げたわけじゃなかったんですね?」


「わしはてっきり……」


「ええ~……。もう少し信用しようよ……」


「「無理」」


彼は溜息と同時に、首を左右に振った。


そして、真剣なまなざしでマリーンとライブを見つめる。


「悪い。後、頼むわ」


「うむ」「はい」


空中に飛び上がった彼は、目の前の空間に刃を振るいました。


「はあああああ!」


そして彼は、今日も空と次元の狭間を駆け抜ける。




FIN

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