外伝:残像と逃走が十八番
ガラガラと、荒野に音が響く。
男性が一人、棺のような物を引き摺り、荒野を歩いていた。
その男性にはもう少し速い移動手段が残されているが、それでも歩くと選択したのだ。
男性がふと空を見上げると、雲がほとんど無い快晴の空だ。
男性の心中とは、真逆と言えるだろう。
生きてきた人生の中で、最高の問題に直面した男性は、水筒の水を一口飲むと再び歩き出す。
どう足掻いても、逃げられない問題が、男性をひたひたと付け回す。
「はぁ~……」
溜息をついた男性の顔色は、真っ青とは言わないまでも、明らかに血色が悪かった。
人生最大の山場である問題の解決方法を、幾度も幾度も考えるが、男性は答えを出せない。
正確には、答えは出ているがそれを選択する踏ん切りがつかないでいる。
その為の回避方法をいくら思案しても、行きつく答えは一つだけだった。
それでも、その選択は正しいとは思えない。
いっそ逃げ出してしまおうかとも考えたが、どう考えても間違いだとは男性にも分かっている。
「はぁ~……」
再び溜息をついた男性は、懐から出した携帯用の食料をかじり、俯いて歩き続ける。
もしその男性に、超能力とまでは言わないが、空気を察知する力があれば、これほど悩むことはなかっただろう。
しかし、彼にその能力は……。
備わっていない。
****
「なるほど、そんな事が可能なんですな」
「流石は最高神様ですね」
エデンの城にある書斎で、梓の話を聞いたマリーンとライブは感心していた。
「ほれ、本物の耳もここにある」
髪をかきあげた梓は、人間と同じ位置にある耳を見せる。
「じゃあ、その頭の上の耳はなんになるんですか? そちらも耳ですか?」
「そんな突飛な事はしておらん、耳としては機能せんが今まで通り動くが……頭皮の延長みたいなものじゃ」
「それは……飾りですな」
マリーンの的確な言葉に、梓はうなずいた。
「そうとも言う」
「では、梓さんも正式にこちらの世界で、人間として暮らすんですね?」
「うむ。よろしく頼むぞ」
オリビアの質問に、梓は笑顔で返事をする。
オリビアも笑顔で梓を見つめ、机に置いてあった大量の書類を手渡す。
「なんじゃ!?」
「もちろん、これが梓さんのここでの仕事です」
「ただ飯とは……いかんか」
「当然です。期待してますよ? 神様?」
「お手柔らかに頼むぞ」
「はい」
その二人の光景を、マリーンとライブは腕組みをして眺めている。
「まさか、人間ベースの分身体を送り込むとはのぅ……」
「愛は盲目……ですかね。本体は、ちゃんと最高神の仕事をこなしているそうですから、人手が増えて助かりますけどね」
「アホの子が、血反吐を吐くのが目に浮かぶのぅ」
「お馬鹿さんも、もう少し女性とうまく付き合えれば、いいんですけどね~」
ライブのその言葉で、マリーンの眉はピクリと反応する。
そして、かねてからの疑問をライブにぶつけた。
「お前……信徒候補じゃな?」
「まあ、聖剣になる前はそうですよ」
「お前、意外に端正な顔をしとるな?」
「まあ、弟達には負けますけどね」
「お前、馬鹿に経験があると言っておったな?」
「ええ……まあ……」
「お前、そういった女性と縁がなかったとか言っておったな?」
「え~っと……」
「お前……遊んどったんではないか?言ってみろ!」
ものすごい形相のマリーンが、ライブに顔を近づける。
「……ノーコメントで」
「それは、イエスと取る! ああ~! もう! 最悪じゃぁぁぁぁ!」
マリーンは、自分の長いひげをわざとライブの頬にぶつけながら、椅子にだらしなく座り込む。
「まあ、過去の事じゃないですか」
「なぁ~にが聖人じゃ~! お前は、あいつとは別の種類のクズじゃ~!」
「ちょ……賢者様」
「ライブさんは、ある意味彼よりクズですね」
二人の間に、笑顔のセシルがにゅっと顔を出す。
「あ~あ~! わしなんて嫁さんと何千年も前に、死に別れとるのにの~!」
「も~! 勘弁してくださいよ」
「あ! ライブさん! 肩に水子の霊がついてます」
セシルの言葉に、ライブは反射的に自分の肩を見る。
それを見ていたマリーンが、すかさず言葉を続ける。
「最悪じゃ~! こいつ! 確実に女泣かせとる~!」
「ちょ! 違いますって!」
それを部屋の外から見つめる二つの影があった。
「はぁ~……」
「まあ、何時もの事じゃないか? エレノア?」
「アレンは何も思わないのか?」
「仕事はしっかりするし、あれくらいはいいじゃないか」
「あの三バカトリオは……」
「しかし、もうすぐカルテットになるかも知れないな」
「いや、トリオはトリオのままだろうよ」
エレノアは、眉間に深いしわが入る。
エレノアの言葉が理解できないアレンは、問いかけた。
「意味が分からないんだが?」
「あいつは、あの三人を超越した超お馬鹿だ」
アレンは、理解できたと言わんばかりに、無言で首を縦に振る。
「あいつが戻れば、あの三人が正常に見えるだろうな」
アレンは、再び首を大きく縦に振る。
「さあ、行こう。私達にも仕事は山積みだ」
「ああ、早く終わらせよう」
二人は同時に溜息をつくと、自分達の書斎へと向かった。
「さて、アホな話はこれ位にするか」
「はははっ。そうですね」
晴れやかな顔のマリーンとセシルとは対照的に、ライブは顔をしかめたままだ。
「終わりましたか? 三人とも?」
それを見ていたオリビアが、三人に声をかける。
「おっ? 待っておったのか? これはすまん事をしたのぉ」
「いえいえ。梓さんに一通りの説明は終わりましたので、何方か城の案内と説明を頼めますか?」
顔を見合わせたは、お互いの顔色を伺う。
流石に最高神である梓の相手は、少し考えるところがあるようだ。
一度溜息をついたマリーンが、仕方ないといった雰囲気で、椅子から立ち上がる。
「ここは、年長者のわしがお相手をさせて頂きます」
「うむ。頼むぞ、マリーン」
「御意に」
通常モードのマリーンは、梓に丁寧に頭を下げる。
「では、こちらへ……」
マリーンが梓を誘導しようとした矢先、セシルの部下である兵士が部屋に駆け込んできた。
「セシル隊長! 大変です!」
「ん? どうしたの? モンスターの気配は無いけど……」
真っ赤な顔をしたセシルの部下は、隊長であるセシルに状況を伝える。
「変な男が!」
「変な男?」
「はい! ピンクの棺を引き摺った、変な男が城に侵入してきました!」
「うん? 一人? 大勢?」
「一人です!」
「止められないの?」
「それが……近づくと、よく分からないんですが、吹っ飛ばされるんです! 誰も近づけません!」
「うん? それって……」
「ボロボロのコートで顔を隠した……。おかしな奴なんです! 助けてください!」
「誰が変態だ。殴るぞ? コラ?」
おかしいと評された男性は、兵士の背後からいきなり声をかける。
「ひぃぃぃ!」
兵士は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
しかし、他の五人は笑う。
「大遅刻じゃな」
「はははっ! すごい格好だね」
「毎度毎度、よくそれだけ奇抜な事できますね」
「うむ! よくぞ戻った」
「おかえりなさい、あなた」
状況の理解できない兵士が、その場できょろきょろとしている。
「ああ! 居たぞ!」
「掴まえろ!」
「隊長! そいつです!」
人差し指で、鼻の頭をかいたセシルは、座り込んだままの兵士を引き摺り、部屋をでる。
「あっちは、僕が何とかするよ。じゃあ、また後で」
彼は、部屋に入る。
「うん!? どうしたんじゃ? 馬鹿?」
「深刻な顔してますね? クズ?」
「お前ら後で殴る! そ……それから、マジでちょっと席外してくれる?」
マリーンとライブは、顔を見合わせると部屋を出て、扉を閉めた。
長年一緒にいた二人は、彼の本気を察したようだ。
わざわざ、人生最大の問題を考える為に、歩いて帰ってきた彼。
そして、覚悟を決めた彼は、その場に正座をした。
「どうしたんですか? あなた?」
「遅れた事を、わしらは咎めたりせんぞ?」
大きく息を吸い込んだ彼は、両掌とおでこを床に叩きつけた。
そして、叫んだ。
「勘弁してください! ごめんなさい!」
首を傾げたままの梓が、問いただす。
「主語が無いぞ? さっぱりわからんが?」
頭を上げずに、彼は言葉をつづけた。
「梓さん! ごめんなさい! 俺やっぱり、オリビアが一番好きなんです!」
その言葉に、梓の顔が悲しげに歪む。
それを見ていない彼は、なおも言葉を続ける。
「オリビア! ごめんなさい! 結婚してるのに! 梓が一番好きなんです!」
オリビアと梓が、一瞬だけ固まる。
「二人とも同じだけ、一番好きなんです! 愛しています! ごめんなさい! 二人に嫌われたくない! でも、嘘もつきたくない!」
彼の不器用な言葉を理解した二人は……。
「二人とも……結婚して下さぁぁぁぁぁい! お願いします! ごめんなさい!」
彼は、そのままおでこを床に擦り付ける。
ガタンと彼の耳に、大きな音が届く。
「押すな! 馬鹿者!」
「はははっ……。あ~……いや~……」
音がして振り向いた彼が見たのは、扉の外で盗み聞きをしていた五人だった。
扉を押し過ぎた五人は、その場に将棋倒しになっている。
彼の顔は、どんどん赤みが増していきます。
「はははっ……。しかし、土下座でプロポーズか……」
「下から数えた方が早そうなプロポーズですね」
「あれじゃな。最低じゃな」
「まあ、馬鹿は馬鹿なりに考えたんだろう? 私達の気配も気が付かなかったし……」
「おい……エレノア?」
彼の方を向いたアレンが、青ざめて自分の下にいる妻の肩をたたいた。
「どうした?」
「はははっ……あら~……」
「賢者様……私達……」
「うむ。本気で殺されるかも知れんな」
真っ赤な顔の彼は立ち上がり、目には殺気が燃えていた。
全身から灰色のオーラを出す彼は、手元の椅子を両手で掴む。
「お前ら殺して! 俺も死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「うわあああぁぁぁ!」
彼が本気で投げつけた椅子は、運よく誰にも当たりませんが、鉄骨の入った柱を吹き飛ばすほどの威力がありました。
それを見ていた五人が、さらに青ざめます。
「うがああぁぁぁぁぁぁぁ!」
もう一つ彼に投げられた椅子は、壁を突き破り大気との摩擦で燃え尽きてしまいました。
彼を本気で怒らせた時の怖さを知る五人の脳裏に、死という言葉がよぎりました。
代弁するなら、「やべっ……本気で殺される」となるでしょう。
三つ目の椅子に手をかけようとした彼に……。
彼の首に、両サイドから涙を流した女性が抱き着きます。
「もう、離しません。愛しています」
「末永く……末永く共にあろうぞ……」
オリビアと、梓は、最高の笑顔で、涙を流します。
「あの……泣かないで?」
「嫌です」
「馬鹿者……。人は嬉しすぎても泣くものじゃ」
三人は、そのまま座り込む。
そして、彼は二人が泣きやむまで二人の頭を撫でる。
それを見ていた五人は、大きな拍手をおくり……。
そっと扉を閉めながら出て行った。
****
一時間ほど抱き合って、人生最高の瞬間をおくった三人は、立ち上がる。
「あなた? あのピンクの棺はなんですか?」
「ああ、あのポッドで異世界に行けるようになるんだよ。変な王子にもらった」
「では、まずお主の準備からじゃな! わし共々、城の皆に挨拶じゃ」
「そうですね。紹介は早い方がいいです!」
「俺ってここの王様になるの?」
「違います。このお城は只のシンボルとして建てただけです」
「お主がなるのは、この国の国民代表と、最高神直轄の始末屋じゃ」
「俺が国民の代表? で、始末屋って、師匠達と同じような仕事ですか?」
「うむ! お主なら十分こなせる」
「さあ、行きましょう」
****
三人が扉に向かおうとすると、扉が力強く開かれた。
最初に入ってきたのは、マリーン。
「ふん! くそガキ! 湯殿の準備は万全じゃ! 髭剃りも完備しておる!」
次に、入ってきたのはライブ。
「はい、これ! 私がデザインした、この国の正装です! 浴室においておきますねっ!」
さらに、セシル、エレノア、アレンが入室する。
「僕の部下達を非番の者も含めて、呼び出せるだけ広場に集めておいたよ!」
「私達で、大臣、役人、使用人まで、集められるだけ、広場に集めておいた!」
五人は、満面の笑みで彼に言い放った。
「ほほ~う……」
彼は俯き、ぷるぷると震えている。
「なんじゃ? うれし泣きでもするか?」
「お前等は、あれか?」
「なんですか?」
「お前らぁぁぁぁぁぁぁ! また盗み聞きかぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼は、五人を追いかけまわした。
むきになっているのは彼だけで……。
追い回される五人は、どこか嬉しそうだった。
そんな彼が、城の人間に挨拶を済ませたのは、それから一時間後の話。
****
人生の山場を越えたと、彼は安心した。
しかし、彼の人生は常に、山を越えれば岩山があり、壁を越えれば炎の壁が立ちふさがる。
人生最大の窮地は、終わるはずもなかった。
彼は再びの覚悟を迫られる。
先ほどのプロポーズが、笑い飛ばせるほど巨大な問題にぶつかる。
彼の人生始まって以来の強敵は、食事をみんなでとった後に、現れた。
真っ暗な闇にまぎれて、彼に忍び寄ってきた。
彼のチキンで、ヘタレなハートを襲うためにやってきた。
彼の血管、心臓、そして胃を殺すためにやってきたのだ。
強敵の名は……。
SYOYA!
最強の童貞である彼は、どんな敵にも負けない。
常に勇気と殺意と力技で、戦い抜いてきた。
しかし、OFF状態の彼は、キングオブヘタレと言える。
はたして彼は、生き残れるのか……。
もしくは……。
部屋から抜け出した彼は、一人食堂で月を眺める。
「ここにいたのね」
「おお、ここにおったか」
彼の奥さん達が、ちょうど同時に彼を見つけた。
二人は、なぜ彼がここで一人月を眺めているかを知っている。
「どうじゃ? わしの部屋へこんか?」
「私の部屋に来ない?」
二人は、彼の両隣に座る。
彼の目はすでに、不規則に泳ぎ始めた。
「初めて同士、がんばってみんか?」
「私も! 私も生まれ変わって、初めてだよ」
彼の目はついに、回転を始める。
そして、吐血……。
少しだけ目を瞑った二人は、覚悟を決めた。
こうなる事を、どこかで分かっていたのだろう。
「梓さんの部屋に、最初に行って」
「人間同士、オリビアと最初にちぎるがよい」
同じタイミングで譲り合った二人は、お互いに笑う。
一番の親友で、同じ男を死んでも愛し続けたライバル。
二人は、立ち上がると部屋を出る。
「私達は部屋に帰るね。後はあなたが決めて」
「わし等は部屋に帰る。後はお主が決めよ」
部屋に取り残された彼は、俯いていた。
そして、頭をぼりぼりと掻き毟る。
「はぁ~……」
溜息をつき、顔を上げた彼の目は、もう泳いでいなかった。
愛する二人にあそこまで言わせてしまった事に、怒りを覚えたようだ。
怒りの矛先は、情けない自分に対してだ。
パンッっと、両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。
そして、目的の部屋に向かう。
彼が扉を開くと、彼女は笑っていた。
そして、彼は強く……。
壊れてしまわぬ様に……。
傷つけてしまわぬ様……。
彼女を少しだけ強く引き寄せ、唇を重ねた。
そして……。
略
****
何だかんだと、一か月後。
「ふっふ! ふ~ん!」
「ご機嫌じゃな」
厨房で、料理する彼に、マリーンが話しかける。
「そりゃお前……。楽しいもの!」
「パスタは……うん、ありますね。私からは特にありません」
マリーンの横に、スッと寄ってきたライブは、彼の作るパスタに満足げにうなずく。
「このジャンキーが」
「それよりもお前……」
険しい顔のマリーンは、彼を睨みつけた。
「パンも、今焼いてるよ! 中毒ジジィ!」
「ならば、よい」
マリーンは、一気に爽やかな顔になる。
「威厳もクソもないな。この二人は」
「でも、仕事中より本当に生き生きしているね」
二人の間から、笑顔のセシルがにゅっと顔を出す。
「まあ、あんな人の苦情ばっかり聞いたり交渉をするよりは、肉体労働が向いてるんですよ」
「まあ、お前はサバイバルの申し子じゃからな」
「あ! そう言えば、セシルさん!」
「なんだい?」
「あれ!」
「あれ?」
「あの! 自警部隊の名称変更はなんですか!」
「ああ……あれは~……」
「国を守り隊って! 却下です! 却下!」
「いいと思うんだけどな~」
彼は、三人と喋りながらも、手際よく作業を進めていく。
「セシルさんはあれですね」
ライブが口を開く。
「脳みそがお花畑のけがありますよね」
ピクリと眉毛が動いたセシルが、ライブの背中を指さす。
「あ! ライブさん! 肩に水子の霊!」
「うそ! どこですか!?」
ライブは、背中から何をはらおうと、必死に両手を背中に回し、ばたつかせる。
「俺~……。若造には、クズって言われる筋合い無いと思うな~」
「確かにな」
「さっきも庭師見習いの女の子と、楽しそうに喋ってるの見たんだよね~」
鍋を振るう彼の言葉に、目を瞑り考えていたマリーンが、カッと目を見開いた。
「わしも間違えておった。この大賢者マリーン一生の不覚じゃ!」
「お前の存在自体が、間違いだけどな~」
「お前は変態で、若造はクズ! これで決まりじゃ!」
「おまっ!」
「おっと。付け加えると、お前はどうしようもない底辺の変態じゃ!」
彼の顔色が変わる。
「よし! 焼きたてのパンは、城の人達に配る! 今日は米だ!」
「わしは……わしは、お前を殺してでもパンを得る!」
「またか! イースト菌から生まれた、邪悪な賢者! 勇者とかに滅ぼされてしまえ!」
「何を遊んでおるんじゃ?」
じゃれ合っていた四人に、梓が声をかける。
「あ、梓。この三バカを、俺の邪魔しないようにしてくれよ」
「馬鹿のビッグボスに言われる筋合いはありません」
「はははっ。じゃあ、僕らのボスなんだね~」
「ぬう! セシル! 三バカを認めるな! そこを否定せんか!」
「はぁ~……お主ら……」
そこへ、何時もより豪華な衣装を身にまとったオリビアが、近づいてきた。
「あなた?」
「ああ?」
「お義父様とお義母様、緊張してカチコチですよ?」
「あの二人は、堅苦しいのも、権力者も苦手だからね~」
呆れたような彼は、尚も料理を続けた。
「お義父上もお義母上も、すでに椅子に座って固まっておるぞ?」
「あ~……でも、俺が行ってもほぐせないよ。どうすっかな……」
彼は、眉間にしわを寄せる。
「お~い! 三バカ!」
「五月蝿い! バカキング!」
「その呼称を私は、まだ認めていません。馬鹿代表」
「はははっ。もう、確実に僕の事尊敬してないよね」
「父さんと母さんをほぐしてきてよ。俺、手が離せないんだ。お前ら、空気読めんだろ?頼むよ」
彼の言葉に、三人は歩き出す。
「仕方ないのぅ」
「パスタ! 手を抜かないでくださいね!」
「はははっ!」
彼は、家族達と恩人のための料理を仕上げていく。
それをうっとりと眺めていたオリビアと梓が、ふと時計を見る。
「いけない! 梓さん!」
「おお! 出迎えに行くか」
二人は、城の玄関ホールへ向かい小走りで進んでいく。
それを確認した彼は、厨房の助手達に最後の指示をだした。
そして、一瞬で服を着替えると玄関ホールに向かう。
****
「おお、出向かえ痛み入る」
「遠路はるばるお疲れ様でした。アドルフ様」
翌日、エデンとレーム大陸各国首脳会議が開催される。
前日に到着が可能だったのは、運良くか悪くかアドルフだけだった。
そんな状況で彼は、恩人を夕食に招待した。
アドルフは、主要な人物とそれぞれ挨拶していく。
彼の実の両親は、緊張のため挙動が怪しくなっていた。
彼にエスコートされたアドルフ将軍は、豪華な食卓へ座る。
そのささやかで豪華な夕食は、彼のアドルフに対する感謝の言葉と挨拶で始まった。
「アドルフよ。レームの生態系はどうなっておる?」
「はい。改善されています。被害者も減少していますよ」
「そうか。何よりだ」
「ちょ! ジジィ! なんで偉そうなの?」
「年齢的にも実績でも、わしは本当に偉いんじゃ」
「やめろよ! 恩人なんだって! 育ててくれたんだって!」
「因みにわしは、もっと偉いぞ?」
「梓ぁぁぁ! 愛してるけど、今はやめて! 勘弁して!」
その食卓には、暖かな光と笑いがあった。
「愛しているか……」
「あいつも、二人のおかげで変わったと思わないか? アレン?」
エレノアの言葉に、アレンは無言で笑う。
「お前! 人のパンまで食べるな!」
「これは……これはわしの物じゃ!」
「賢者様……はしたない。威厳が無くなりますよ?」
「そういう若造こそ、パスタの大皿を独り占めしておるではないか!」
「お前ら、恩人の前だって言ってるだろうが! なんで、そんなに食事だけ本能むきだしなの!? 馬鹿なの!?」
殴りかかろうとする彼を、二人の奥さんが押さえつけている。
「はははっ」
アドルフは、笑っているセシルに小声で話しかける。
「どうだ? 順調か?」
「はい……。僕の贖罪はこの国に貢献し、世界を平和にすることです」
「そうか」
セシルはアルティア聖王国で、多くの人の命を奪ってしまった。
彼は操られて、仕方が無いと処罰は下されていない。
事件自体も彼により無かった事にされているが、死んだ人間は都合よく生き返りはしない。
セシルは、自分で贖罪の為にエデンへと来たのだ。
セシルは彼に、一度だけ本音を打ち明けた事がある。
彼からの答えは、「バリバリ働いて、平和って奴で借金返済しましょう!」だった。
「はい。僕は今、心の底から笑えます。そして、仲間……家族のおかげで前に進めます」
セシルの顔を見たアドルフは、ワインを傾け静かに笑った。
「もう! あなた!」
「よさんか! これ!」
はしゃぎ過ぎた彼は、奥さん達にお叱りを受けた。
その光景を、食卓の全員が笑う。
心から、全員が笑うのである。
これは、彼が全てをかけて手に入れた、最高の幸せ。
当たり前の、愛する家族に囲まれた幸せだ。
食事が終わっても、酒盛りは続き、その日遅くまでその部屋から笑い声が響いた。
「あばばばば……」
「ちょ! せっかく新調した正装ですよ!」
「吐血をするな! 飲み込め!」
****
翌日、エデンの大会議室には、体がプルプル震える彼がいた。
「だって、カーラにメアリー来るよ……。俺。死ぬんじゃね?」
「大丈夫ですよ! 落ち着いて!」
「会いたいけど、会いたくない……。俺、やばいんじゃね?」
「ふるえるな! くそガキ!」
会議室の扉が開かれ、彼には懐かしい面々が顔をそろえていた。
アニス評議長に、メアリーナ姫。
ゴルバ将軍に、カーラ女王。
アルティアの国王や、ニルフォの代表も来ています。
そんな各国の首脳達を、彼は主催国の席に座り笑顔で迎えた。
そんな彼を見た何人かは、感極まって泣いている。
「あれ? 笑顔?」
「ぬう?」
不審に思ったマリーンは、彼の体に手を伸ばす。
マリーンの手が触れた瞬間、彼の体は蜃気楼のように消える。
「ぬうう! 残像じゃ!」
「逃げました! 馬鹿が逃げました!」
各国首脳の……特に女性たちに青筋が見えます。
「ああ! 賢者様! あれ!」
「おった! おったぞ!」
会議室のテラスから、空を眺める彼を見つけた皆が、駆け寄ります。
「お前は! う……うん?」
駆け寄った彼は、魔法でしまいこんでいた専用の刃を取り出し、空を睨んでいます。
「エルミラ達が、あれに寄生された世界を切り離す事には成功したが、逃走して次元の狭間で魔力を吸収しておる」
奥から歩いてきた梓が、彼に説明をします。
「梓、俺は次元の狭間なら……」
「うむ。お主の強大な魔力では、ほかの世界に容易には侵入、干渉できんが、狭間ならば自由に動ける」
彼の全身から、灰色のオーラが漏れ出します。
「師匠も、今は手一杯らしい。俺がいかないとまずそうだ。おい! ジジィ! 若造!」
「逃げたわけじゃなかったんですね?」
「わしはてっきり……」
「ええ~……。もう少し信用しようよ……」
「「無理」」
彼は溜息と同時に、首を左右に振った。
そして、真剣なまなざしでマリーンとライブを見つめる。
「悪い。後、頼むわ」
「うむ」「はい」
空中に飛び上がった彼は、目の前の空間に刃を振るいました。
「はあああああ!」
そして彼は、今日も空と次元の狭間を駆け抜ける。
FIN




